語族 – 世界史用語集

語族(ごぞく、language family)とは、複数の言語が共通の祖先言語から分かれて生まれたと考えられる集団のことです。家系図でいう親子・兄弟のように、言葉にも血縁関係があるという見方で捉える枠組みです。たとえば「母」に当たる語は、日本語の「はは」と英語のmother、ドイツ語Mutter、イタリア語madreのように形が似ている場合があり、語形・音・文法の対応を積み重ねると、「これらは遠い昔の同じ祖語から来た言葉だ」と判断できることがあります。こうして、インド・ヨーロッパ語族やシナ・チベット語族、アフロ・アジア語族といった大きなまとまりが描けるのです。

ただし、語族は「似ているから一緒」といった印象だけでは決められません。学問的には、計画的に語形を比べ、規則的な音の対応(音対応)や基礎語彙の一致、文法の共通点などを検証します。借用語や地域的な似通い(言語連合)が紛れ込むことも多いため、見かけの類似を慎重に取り除きながら、祖語の姿を再構成していきます。本稿では、語族の基本、証明の方法、世界の主要語族の概観、そして誤解しやすいポイントや最新の研究手法まで、やさしい言葉で整理して解説します。

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語族とは何か――祖語・分岐・家系樹の考え方

語族とは、共通祖先(祖語)から複数の子ども言語が枝分かれして生まれた集合を指す概念です。時間がたつほど発音・語彙・文法が変化し、互いに通じにくくなって別言語として扱われるようになります。この分岐の道筋を、家系樹(ファミリー・ツリー)として描くのが伝統的なモデルです。樹の根に祖語があり、幹から枝が分かれ、さらに枝先で現代の個々の言語へ広がるというイメージです。

家系樹の考え方には長所と短所があるとされています。長所は、共通起源という「縦のつながり」を明快に示せる点です。短所は、隣り合う言語同士の影響(借用や混交)といった「横のつながり」を描きにくい点です。現実の言語は、交易・征服・移住・通婚などで互いに語彙や言い回しを融通し合います。そのため、今日では、家系樹(縦)と波状モデル(横)を組み合わせて、血縁と接触の両面から歴史を復元する見方が一般的になっています。

語族の単位は大小さまざまです。たとえばインド・ヨーロッパ語族は、印欧祖語から分かれたゲルマン(英独北欧)、ロマンス(伊仏西葡など)、スラヴ(露烏波など)、インド・イラン(ヒンディー、ペルシア等)などを含む巨大グループです。一方、ウラル語族(フィンランド語、ハンガリー語など)やオーストロネシア語族(マレー・インドネシア語、タガログ語、マダガスカルのマラガシ語まで広がる海の語族)など、地理も歴史も多様です。どのレベルを「語族」と呼ぶかは慣習にも左右されますが、基本は「共通の祖語を想定できる最小のまとまり」であると理解しておくと見通しが立ちます。

同系判定の方法――比較言語学の道具箱

ある言語が同じ語族に属するかを判断するには、体系的な比較が不可欠です。中心となるのは「比較法」と呼ばれる方法で、節目となる三つの柱があります。第一に、規則的な音対応の確認です。たとえば、印欧語の中では、祖語のある子音がゲルマン語派で一定の規則で変わる(グリムの法則)といった現象が見られます。個々の語がたまたま似るのではなく、母音や子音の変化に法則性があるかを見ます。

第二に、基礎語彙の比較です。親族名称、数詞、身体部位、基本動詞(来る・行く・食べる・見るなど)といった、借用されにくい語を中心に照らし合わせます。たとえば「二」はラテン語duo、英語two、ドイツ語zwei、ロシア語dvaのように対応を示しますが、日本語の「二(に)」は形も由来も異なり、印欧語族とは系統が別だと分かります。

第三に、文法と語形成の対応です。名詞の格変化、動詞の活用、派生接辞の形など、語彙を超えた仕組みの一致は強い証拠になります。単なる語の似方では、借用語や偶然の一致を排除しきれませんが、音対応と文法形態の規則的な共通性がそろうと、同系関係の信頼度が高まります。

比較法の補助として、語源学(エティモロジー)による個別語の来歴追跡、言語接触を扱う接触言語学、音韻変化の計量モデル、統計的手法(語彙の共有率から距離を推定する方法)などが活用されます。なお、語彙の共有率だけで年代を機械的に算定する「グロットクロノロジー」は、仮定が粗く誤差が大きいとして今日では慎重な扱いが標準です。最近は、音対応を自動抽出する計算モデルや、地理情報と合わせて拡散ルートを推定する研究も進んでいますが、最終判断はやはり人手の吟味と史料の裏づけが鍵になります。

世界の主な語族――地理と歴史の大づかみ

世界には数千の言語があり、それらは数十の大語族と、いくつかの孤立語に分かれます。ここでは主要なものを地理順にごく大づかみに紹介します。

インド・ヨーロッパ語族は、ヨーロッパの大半と南アジア・イラン高原へ広がる巨大な系統です。ゲルマン語派(英語・ドイツ語・北欧諸語)、ロマンス語派(イタリア語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語・ルーマニア語)、スラヴ語派(ロシア語・ポーランド語・チェコ語・セルビア語など)、ケルト、ギリシア、アルメニア、バルト、アルバニア、そしてインド・イラン語派(ヒンディー、ベンガル、マラーティー、シンハラ、ペルシア等)を含みます。

シナ・チベット語族(チベット・ビルマ語族を含むとする広義の見方)は、中国語諸方言群(官話・呉・粤など)と、チベット語、ビルマ語、雲南・ヒマラヤ周辺の多くの言語を束ねます。声調や語順などの共通性が指摘されつつも、内部分類は現在も研究が進行中で、祖語の姿や分岐時期には議論が残ります。

アフロ・アジア語族は、北アフリカと西アジアに広がり、セム語派(アラビア語、ヘブライ語、アムハラ語)、ベルベル語派、エジプト語(古代)、クシ語派、チャド語派などから成ります。セム語派の語根体系(たとえば母音挿入で語形を変える三子音語根)はよく知られ、古文書の層も厚い語族です。

ニジェール・コンゴ語族は、サハラ以南アフリカの大部分を覆う最大級の語族で、スワヒリ語(バントゥ語群)、ヨルバ語、イボ語、ズールー語など、多数の言語を含みます。名詞クラスと呼ばれるカテゴリー体系や、豊かな派生形が特徴的です。ナイル・サハラ語族は仮説段階の大語族として扱われることがあり、今も内部関係の詰めが続きます。

オーストロネシア語族は、台湾を起点にフィリピン・インドネシア・オセアニアへ広がり、海の航海とともに拡散した語族です。マラガシ語がマダガスカルに存在するのは、インド洋をまたぐ航海民の移動の証拠として知られます。オーストロアジア語族(ベトナム語、クメール語など)、タイ・カダイ語族(タイ語・ラオス語など)も東南アジアの主要な系統です。

ウラル語族は、フィンランド語、エストニア語、ハンガリー語などを含み、音韻調和や格の体系が発達しています。トルコ語・カザフ語・キルギス語・ウイグル語などはテュルク諸語と呼ばれる近縁グループで、かつて「アルタイ語族」と総称された枠組みは、今日では共通祖語が想定できるか疑問視されることが多く、むしろ言語連合(似た特徴が接触で共有された)として説明する見方が主流です。

南アジアではドラヴィダ語族(タミル語、テルグ語、カンナダ語、マラヤーラム語など)がインド南部を中心に広がります。東アジアでは、日本語は一般に「日本語族」として単独の小語族とされ、琉球諸語とともに「日本語派」を成す見方が広く採られます。朝鮮語も「朝鮮語族」として単独の系統に置かれるのが通説で、両者を直接結ぶ確実な証拠は今のところ得られていません(語彙の似方や語順の共通は、借用や地域的な影響でも説明しうるため慎重に扱われます)。

北東アジア・北米の境界では、エスキモー・アレウト語族、ナ・デネ語族(アサバスカ諸語、ナバホ語など)といった系統があり、アメリカ大陸にはさらに多種多様な語族が存在します。多くは記述・保存の急務が叫ばれており、体系的比較の素材となる文献や録音の整備が進められています。

誤解しやすい点と最新動向――孤立語・言語連合・マクロ語族の議論

語族を学ぶ際に誤解しやすいのは、「似ている=同系」という早合点です。似ている理由は三つあります。(1)血縁(共通祖語由来)、(2)借用(接触による移入)、(3)偶然の一致です。たとえば、隣接する言語が似るのは借用のせいかもしれず、遠く離れていても基礎語彙の規則的な対応が見つかれば血縁の可能性が高まります。したがって、語彙が似て見えるだけでは不十分で、音対応と文法の手がかりを伴った総合判断が必要です。

孤立語(アイソレート)は、現時点で親戚が確認できない言語を指します。コーカサスのバスク語や日本語(日本語族として孤立的)などが例に挙げられます。孤立であることは「どこにも親戚がない」ことを必ずしも意味せず、資料が失われて見えなくなっているだけの可能性もあります。古文書の発見や新しい記述研究によって、将来、位置づけが変わることもありえます。

言語連合(シュプラッハブント)は、血縁ではなく接触による似通いが地域全体に広がった状態を指します。バルカン半島では、ギリシア語・アルバニア語・ルーマニア語・スラヴ諸語など、語族の異なる言語が、冠詞の後置や不定詞の衰退といった共通特徴を示します。これを血縁で説明すると誤りになるため、地域史と社会言語学的な視点が不可欠です。

マクロ語族(複数の語族を束ねる巨大な上位系統)をめぐる仮説も提案されてきました。ノストラティック(印欧+ウラル+アルタイ等の連合)、デネ・コーカサス(ナ・デネ+シノ・チベット等)などが知られますが、検証可能な音対応の層が薄く、借用や偶然を排除しきれないとして広範な合意には至っていません。時間があまりにも深くなると、音変化や借用が累積して、比較可能な痕跡が薄れてしまうためです。大胆な仮説は研究の刺激になりますが、教育や一般解説では、合意のあるレベル(確度の高い語族・語派)を優先するのが無難です。

一方で、新しい動向もあります。計算言語学・データサイエンスの導入により、辞書・語彙リスト・音声データを大規模に集め、音対応候補を自動抽出したり、地理情報と合わせて拡散経路を推定したりする試みが盛んです。また、古文献のデジタル化により、歴史的な語形の証拠が検索しやすくなりました。こうした手法は万能ではありませんが、比較法の予備段階を加速し、検証作業を支える強力な補助輪になっています。

最後に、語族分類は学問であると同時に、社会と政治の影響も受けやすい領域です。国名や民族名と語族の名は一致しないことが多く、「国が違えば言語も別」「民族が同じなら言語も同じ」といった単純化は危険です。標準語の整備や学校教育、メディアの影響で、方言連続体のどこに線を引くかが政治的・文化的に決まる場合もあります。語族は血縁を扱う概念であって、優劣や文明度を比べる道具ではありません。多様な言語がそれぞれの歴史を持ち、等しく研究に値することを忘れない姿勢が大切です。