家内奴隷 – 世界史用語集

家内奴隷(かないどれい/domestic slavery)は、主人の家屋敷・宮廷・寺院・商館など「家庭またはその延長空間」に常駐して、家事・育児・給仕・護衛・文書事務・芸能・性奉仕・近侍などを行う隷属身分を指す言葉です。畑や鉱山での大量労働を担うプランテーション奴隷と比べ、人数は少なめで、主人一家と日常的に近接するのが最大の特徴です。身分は売買・捕虜・債務・生まれ(母が奴隷)・人身供犠の転用など多様な経路で固定され、時代と地域により法的位置づけは大きく異なりました。家内奴隷は「家」を回す実務を担う一方、主人の権力や威信を演出する舞台装置でもあり、また暴力・搾取・性的脆弱性と隣り合わせでした。奴隷解放の法整備が進む近代以降も、家事労働の可視性の低さや主従の親密さが規制逃れを生み、今日の家事使用人の人権問題へと形を変えて残ることがあります。以下では、定義と分類、歴史的展開、ジェンダーと家族・所有の交差、移動・解放と社会流動、そして近代への残響について、主要な論点を整理して説明します。

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定義と分類――「家の中の労働」と身分の固定

家内奴隷とは、家屋・宮廷・寺院・商館などの室内空間を主舞台に働く奴隷で、炊事・清掃・洗濯・育児・看護・給仕・会計補助・書記・芸能・警護・接遇など、家の維持と主人の対外的交際を支える業務に従事します。これに対し、農園や鉱山・工事現場で大量動員される奴隷は「生産奴隷」あるいは「野外奴隷」と呼ばれ、労働態様が異なります。両者は排他的ではなく、同一社会で併存し、必要に応じて配置転換が行われることもありました。

身分の由来は、(1) 戦争捕虜や拉致、(2) 債務不履行の身柄拘束、(3) 犯罪奴隷化、(4) 人身売買、(5) 奴隷母からの出生(腹役・胎生奴隷制)、(6) 捨て子・孤児の買受けなどが典型です。法は「人」としての人格を一定程度認めつつも所有物とみなす二重構造を持つことが多く、売買・譲渡・相続の対象となりました。主人の生前意思や遺言によって解放(解奴・解放)が行われる余地もあり、家内奴隷は主人に近接するがゆえに、解放や恩典の機会にアクセスしやすいと同時に、日常的な監督と処罰に晒されやすい立場でもありました。

宗教施設や宮廷に属する家内奴隷は、典礼の準備、衣装・器物の管理、儀礼演出、来客の接遇、秘書役など「権威の演出」を担う役目が強く、主人の権力を可視化する装置となりました。特定技能(言語・書記・音楽・医療・料理)を持つ者は重宝され、価格も高く取引されました。

歴史的展開――家内奴隷の世界的多様性

古代地中海世界では、ギリシアのオイコス(家)とローマのファミリア(家)は、家内奴隷を中核とする労働体系でした。ローマの家内奴隷は、扉番、侍童、厨房、会計、家庭教師(ペダゴーグス)、私設秘書、娼妓などに細分化され、主人の家内支配(パトリア・ポテスタス)の可視化に寄与しました。一定の信頼を得た家内奴隷は、主人の代理として商取引を行うこともあり、解放(マヌミッシオ)後に解放奴(リベルティ)として市民社会に参入する道も開かれていました。

イスラーム世界では、戦争捕虜・交易による奴隷が都市や宮廷に供給され、家内奴隷は侍女・近侍・宦官・文官見習いなどとして従事しました。イスラーム法は、奴隷制を前提にしつつも虐待の抑制や解放の奨励(ザカートやカフファーラを通じた解放勧告)を規定し、とくに女奴隷が主人の子を産んだ場合の「ウンム・ワラド(主人の死後に解放)」など、家族関係を媒介とした身分移行のルールを整えました。オスマン帝国の後宮・内廷は、教育と選抜を伴う複雑な分業をもち、家内奴隷が宮廷政治に深く関与したことで知られます。

アフリカ大陸では、多くの地域社会で家屋労働と農耕・牧畜の境界が可動的で、家内奴隷は家長の権威を拡張する手段でした。西アフリカやインド洋世界の奴隷交易は、宮廷・都市エリートの家内労働需要に応じても展開し、邸宅・商館の給仕・護衛・通訳などが求められました。奴隷の子孫が一定世代後に家族集団へ吸収される慣行や、祭祀・年齢階梯への編入を通じて身分境界が薄まる例もみられます。

東アジアでは、中国の歴代王朝における家内奴婢(奴婢・家僮)や、朝鮮王朝の奴婢制(公奴婢・私奴婢)が代表的です。都市の上層家庭では、炊事・洗濯・育児・織裁・文書補助・送迎などに奴婢が配置され、家門の威信と財の可視化に資しました。朝鮮では17世紀以降、私奴婢の良人化(解放)や身分流動が進み、近世末にかけて制度は縮小していきます。日本でも古代律令期に奴婢制が存在し、官司・豪族の家内業務に従事しましたが、中世以降は奉公人・被官など別様の身分秩序が主となり、近世には法的奴隷制は一般的ではなくなりました。

大西洋世界の近世・近代でも、家内奴隷は重要な位置を占めました。プランテーションの外側で、都市邸宅の料理人・召使・御者・乳母・店番・書記などが配置され、主人家族に密着しました。家内奴隷は監視が行き届くため逃亡が難しい一方、都市的ネットワークへの接触や読み書きの機会を得やすく、解放請願や買戻し(自主解放)に至る事例も一定数存在しました。しかし、性的暴力や子の身分世襲という構造的不平等は、家内空間でしばしば不可視化され、深刻な人権侵害を生みました。

ジェンダー・家族・所有――親密さと暴力の同居

家内奴隷は、主人家族と同じ空間を共有するため、親密さと支配が極端に交錯します。乳母・子守りとして主人の子に密接に関わる一方、法の下では所有物として扱われ、売買や譲渡に晒されました。女奴隷は性の搾取や強制的同居に脆弱で、出産した子の身分(自由/奴隷)は多くの社会で母の身分に従い、世襲化の回路となりました。これは家族の内側で搾取と血縁が結びつく構造を生み、主人家族と奴隷集団の境界を曖昧にしながら固定する、矛盾に満ちた関係を形成しました。

教育と技能は、家内奴隷の運命を左右しました。読み書き・会計・調理・医学・楽芸は高い市場価値を持ち、主人にとって代替困難な「人的資本」となります。技能を持つ奴隷は解放の機会が相対的に多く、解放後は同業で生計を立てたり、旧主との庇護関係(クライエンテラ関係)を続けたりしました。家内空間における「技能の可視化」は、搾取の道具であると同時に、身分移行の実務的な入口でもあったのです。

宗教は、家内奴隷の位置づけに複雑な影響を与えました。慈悲・情け・解放の徳を説く教えは、個別の主人に解放を決断させる道徳的圧力として働く一方、奴隷制そのものの容認・正当化に利用されることもありました。教会・寺院・モスクの家内奴隷は、宗教的象徴を扱う職務に就くことも多く、「聖なる空間の裏方」として不可欠でしたが、同時に聖域が身分的差別を温存する場ともなりました。

移動・解放・社会流動――家内から社会へ

家内奴隷は、主人の移動(地方拠点・別邸・戦地・交易拠点)に随行するため、都市間・地域間の移動経験を持ちやすい集団でした。この移動は、多様な言語・慣習・商習慣への接触を生み、通訳・仲介・小商いの能力を育てました。解放に至る経路としては、(1) 主人の遺言・功労解放、(2) 自主解放金の支払い、(3) 宗教的祝祭・国家的恩赦に伴う一斉解放などがありました。都市では解放奴が同郷・同職のネットワークに入り、行商・飲食・家内労働請負・手工業で自立する例が見られます。

法制度は、解放後の地位を規定します。ローマでは解放奴の市民権の範囲に制限が課され、旧主人への義務(オビキウム)が残りました。イスラーム法圏では、解放後の養家関係(ワラー)が相互扶助の枠となると同時に、旧主の影響が継続する経路にもなりました。東アジアでは、良民化の手続きや戸籍上の「賤籍」からの離脱が鍵で、朝鮮の奴婢から良人への転換は、国王勅命・私契約・訴訟など複合的な道を経ました。いずれも、家内奴隷の解放は単なる身分の変化以上に、生活資源へのアクセス、婚姻市場での地位、居住・移動の自由の確保といった多方面の問題を伴いました。

家内奴隷と雇用家事使用人の境界も歴史的に流動的でした。契約年季奉公や徒弟制は、形式上自由身分であっても、住み込み・長時間労働・厳格な懲戒で「隷属に近い」状態を作ることがあり、法と監督の整備が遅れる時期には、両者は実態として連続していました。近代の労働法は、契約関係の透明化・解雇と移動の自由・賃金の現金払い・休息時間の確保などを通じて、法的奴隷制からの断絶を明確にしようとしましたが、家内空間の閉鎖性は規制の手を届きにくくしました。

近代への残響――廃止・転形・現在の課題

19世紀以降、欧米・ラテンアメリカ・中東・アフリカ・アジアで段階的に奴隷制廃止が進み、法的な家内奴隷は原則として消滅しました。しかし、家内労働の非可視性は搾取の温床となり、移民家事労働者・強制婚・人身取引・契約拘束によるパスポート没収・外出制限など、現代的形態の人権侵害が発生し続けています。労働法・移民法・家族法・刑法の連携、NGOと国家機関の保護、送出国と受入国の協定、サバイバー支援といった複合的対策が問われています。

文化記憶の面では、家内奴隷は文学・美術・映画に繰り返し登場し、主人の豪奢・都市の洗練・宮廷の陰影を演出する存在として描かれてきました。同時に、乳母や下女、書記や従僕の視点から、家内空間での暴力・連帯・抵抗が描き直され、歴史の「裾野」を照らす研究と表現が増えています。家事労働の価値付けと可視化は、過去の家内奴隷制の理解とも連動して、ケア・再生産労働の社会的評価を問い直す契機となっています。

総じて家内奴隷は、「家」という最小の社会単位において、権力・愛着・所有・暴力が結びつく結節点でした。親密さは保護の可能性をもたらす一方、支配の最小単位を家の内部に埋め込み、外部からの監視と法の介入を弱めました。歴史をふりかえると、家内奴隷は国家と市場、宗教と家族、ケアと暴力が交差する場所に立ち続けており、その残響は今日の家事労働・移民・人権の課題へと続いています。家の中の不可視の労働を見える化し、歴史の中の声を拾いあげることが、過去の制度の再現を防ぎ、現在の課題に向き合うための出発点になるのです。