スターリング=ブロック(ポンド=ブロック) – 世界史用語集

スターリング=ブロック(ポンド=ブロック)とは、1930年代の世界恐慌後、国際経済が分断されていく中で、イギリスを中心に「ポンド(スターリング)」を軸とする国々が形成した為替・貿易のまとまりを指す言葉です。1931年にイギリスが金本位制を離脱してポンドの価値が変動するようになると、イギリスと深く結びついていた国々は、ポンド建て決済や為替の安定を重視して、ポンド圏(スターリング地域)として行動をそろえる傾向を強めました。世界史用語としては、金本位制崩壊後の「ブロック経済」の代表例として、ドル=ブロック(アメリカ中心)、金=ブロック(フランス中心)などと並べて学ぶことが多いです。

ポイントは、スターリング=ブロックが単なる「通貨のグループ」ではなく、貿易政策・外貨管理・帝国経済の再編と結びついた“経済圏”だったことです。世界恐慌で各国が輸入を抑え、関税を上げ、失業が深刻化すると、国際貿易は縮小し、自由貿易を前提とする国際協調が弱まります。その中でイギリスは、帝国・植民地・英連邦(当時の枠組み)との結びつきを強め、ポンド決済で回る市場を確保しようとしました。スターリング=ブロックは、世界経済が「世界市場」から「閉じた圏域」へ傾く流れの象徴です。

このブロックが重要なのは、経済の分断が政治や外交にも影響し、結果として国際対立を深めた点にあります。ブロック経済は短期的には国内景気の下支えや外貨不足への対応に役立つことがありましたが、他国にとっては排除や差別に見え、貿易摩擦や通商戦争を誘発しやすくなりました。さらに、資源や市場を「自分の圏内で確保する」発想は、植民地支配の強化や勢力圏拡大とも結びつき、1930年代後半の国際秩序不安に拍車をかけます。スターリング=ブロックは、世界恐慌が経済だけでなく、国際政治の構造を変えていく過程を理解するための重要語です。

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成立の背景:世界恐慌と金本位制の崩壊、そして「守りの経済」

スターリング=ブロックを理解するには、まず世界恐慌(1929年以降)が国際経済に与えた衝撃を押さえる必要があります。恐慌によって株価が暴落し、企業が倒産し、失業が激増すると、各国政府は国内産業を守るために輸入制限や関税引き上げへ動きます。国際貿易が縮むと、輸出で外貨を稼ぐ国は苦しくなり、通貨の価値を保つことも難しくなります。こうして、国際協調の象徴だった金本位制が維持しにくくなっていきました。

金本位制は、通貨を金と結びつけ、為替相場を安定させる仕組みですが、恐慌下では金準備の不足や資本流出が起きると、通貨防衛のために金利を上げざるを得ず、景気がさらに悪化する悪循環に陥りやすいです。イギリスは第一次世界大戦後の経済構造や対外収支の問題を抱えたまま、1931年に金本位制を離脱します。これによりポンドは自由に変動し、為替は不安定化しますが、同時に通貨切り下げによって輸出競争力を回復する余地も生まれました。

ただし、通貨が変動する世界では、貿易の決済や債務返済の不確実性が増します。とくにイギリスと深く結びついた植民地・自治領・貿易相手国にとって、ポンドでの決済が安定して行えることは重要でした。そこでポンドを外貨準備として保有し、対ポンド為替を一定の範囲で維持し、貿易・資金移動をポンド圏の中で回す動きが強まります。スターリング=ブロックは、自由貿易の拡大ではなく、危機の中で「守りの経済」を作る方向へ世界が動いた結果として成立しました。

仕組みと運用:ポンド圏、為替管理、帝国特恵の結びつき

スターリング=ブロックの実態は、単に「同じ通貨を使う」ことではありません。参加国はそれぞれ自国通貨を持つ場合が多く、重要なのは「外貨の中心としてポンドを使う」「ポンド建ての決済を優先する」「対ポンドの為替政策をそろえる」といった点です。これにより、ポンド圏内部では為替の不確実性がある程度減り、貿易と資金の流れが比較的安定します。反対に、ポンド圏の外との取引は外貨不足や為替制限の対象になりやすく、経済圏としての境界が強まります。

こうした枠組みは、外貨管理とも相性が良いです。恐慌期には外貨が不足しやすく、輸入を続けるには外貨の配分を管理する必要が出てきます。政府が外貨を管理し、重要物資の輸入を優先し、贅沢品や競争的輸入を抑えると、経済はより計画的・統制的になります。スターリング=ブロックは、こうした統制が「ポンドを中心とする圏内で」運用されることで、圏外との分断を深める役割を果たしました。

さらに、スターリング=ブロックを語るときに欠かせないのが、イギリス帝国の経済再編です。1932年のオタワ会議で示されるような帝国特恵関税(帝国内で関税を優遇し、域外には高関税をかける発想)は、ブロック経済の典型です。イギリスは帝国市場を優先し、植民地や自治領はイギリスの工業製品を受け入れ、その代わりに原料や食料を供給するという形が強化されます。これにより、イギリスは市場と原料供給の安定を図り、参加側はイギリス市場へのアクセスを確保する代わりに、経済政策の自由度が制約される面もありました。

つまりスターリング=ブロックは、通貨・貿易・帝国関係が一体になった仕組みです。世界史で「ブロック経済」として覚えるときも、為替の枠組みだけに注目するのではなく、関税・市場・原料・資金が一つの圏内で回るように設計された点を押さえると理解が深まります。

他ブロックとの比較:ドル=ブロック、金=ブロックとの違い

スターリング=ブロックは、同時期の他の経済ブロックと比較すると特徴がはっきりします。まずドル=ブロックは、アメリカを中心にドルの安定と市場規模を背景に形成されやすい圏で、アメリカの金融力と輸出市場が支えになります。スターリング=ブロックは、それに対して帝国・英連邦の結びつきが強く、政治的なネットワークが経済圏の形を補強しました。つまり、ドル=ブロックが「巨大経済と金融」で引力を持ったのに対し、スターリング=ブロックは「歴史的・制度的つながり」が強みになった面があります。

金=ブロックは、主にフランスを中心に、金本位制をできるだけ維持しようとした国々のまとまりとして語られます。金本位制維持は通貨価値の安定という利点を持ちますが、恐慌期には通貨防衛のための緊縮政策が必要になり、景気回復が遅れやすいという弱点もありました。イギリスが金本位制を離脱し、ポンドを切り下げて回復を図ったのに対し、フランス中心の金=ブロックはしばらく金本位制にこだわったため、政策選択の違いがブロック分化の原因にもなります。

こうして見ると、スターリング=ブロックは「金本位制の時代が終わったあと、どう安定を作るか」という問題への一つの答えでした。ただしその安定は国際協調による普遍的な安定ではなく、特定の圏内の安定でした。世界恐慌後の国際経済は、普遍的ルールよりも圏域ごとのルールへ傾き、相互の摩擦が増していきます。スターリング=ブロックは、その流れの中心にありました。

影響と帰結:国際経済の分断が戦争の時代を後押しする

スターリング=ブロックが短期的に果たした役割としては、イギリスとポンド圏の国々が貿易と決済を確保し、恐慌からの回復をある程度支える面が挙げられます。通貨切り下げによる輸出促進、帝国内市場の確保、為替不安の緩和などは、景気の底割れを防ぐ方向に働きました。しかし、その効果は「圏外との関係」を犠牲にする形で得られた部分もあります。圏外の国にとっては市場から締め出される感覚が強まり、報復的な関税や通商摩擦が起きやすくなります。

この分断は、国際政治にも影響します。経済ブロックが強まると、資源や市場の確保を「自分の勢力圏で」行おうとする考えが広がり、勢力圏の拡大を正当化しやすくなります。1930年代後半には、ドイツや日本、イタリアがそれぞれのブロック的構想を掲げ、既存の国際秩序への挑戦を強めていきます。スターリング=ブロック自体が直接戦争を起こしたわけではありませんが、ブロック経済という発想が国際協調を弱め、相互不信を増やし、世界を「競争する圏域」の集まりにしていったことは、戦争の時代の土壌になりました。

第二次世界大戦後、国際社会はこの反省を踏まえ、ブロック化を乗り越える方向で国際経済秩序を再建します。ブレトンウッズ体制のような枠組みは、為替の安定と貿易拡大を国際ルールとして整える試みで、1930年代のブロック経済とは逆向きの発想です。ただし、戦後もポンドの地位はすぐには消えず、スターリング地域的な関係はしばらく残ります。とはいえ、世界史で「スターリング=ブロック」を学ぶ主眼は、世界恐慌が金本位制を崩し、国際経済を分断し、政治的対立を深めた一連の流れを理解することにあります。

まとめると、スターリング=ブロック(ポンド=ブロック)は、1931年のイギリス金本位制離脱後に、ポンドを軸に為替・決済・貿易をまとめた経済圏で、帝国特恵と結びつきながら恐慌期の「ブロック経済」を代表しました。短期的には圏内の安定に寄与する一方、国際経済の分断を進め、通商摩擦と国際対立を強める方向にも働きました。この用語は、恐慌から戦争へ向かう1930年代の世界を、経済面から読み解くための重要な鍵です。