コロナトゥス（コロナートゥス／colonatus）とは、後期ローマ帝政期に地中海世界の各地で広がった小作農制度を指す概念で、土地に縛り付けられた小作人（コローヌス：colonus）が、大土地所有者（ラティフンディウムの領主）に地代・労役・随伴的義務を負って耕作する仕組みを意味します。3世紀末から4世紀にかけての財政・軍事改革（ディオクレティアヌスやコンスタンティヌスの政策）と結びつき、国税（とくに人頭税・地租の複合であるカピタティオ＝ユグラティオ）を確実に徴収するため、耕作者を土地台帳に登録し、自由な移動や職業変更を制限しました。このため、コローヌスは法的には依然自由民でありながら、事実上は土地と領主に隷属する地位へと固定され、後世の中世農奴制（セルフ：serfdom）の先駆的形態としばしば捉えられます。以下では、成立背景と用語の射程、法制度と身分の具体、経済・社会への影響、そして中世への連続と相違を、史料と研究の論点を交えつつわかりやすく解説します。
成立背景—危機の世紀と国家財政・軍事の再編
3世紀のローマ帝国は「軍人皇帝時代」と呼ばれる政治的動乱、蛮族侵入と内戦、貨幣の悪鋳とインフレ、都市と地方の経済基盤の動揺に直面しました。都市自治体の名望家（キュリアレス）が担っていた徴税・公共負担は破綻し、国家は安定的な歳入と兵站を確保する新機構を必要としました。ディオクレティアヌスは属州の再編と官僚制の層の厚化、軍制の二分化（機動軍と限界防衛軍）、物価勅令による統制に加え、課税の単位を土地・人頭の複合的指標（ユグム／カピタ）で把握する台帳制度（指図税制）を整えました。
このとき鍵となったのが、耕作者を土地と課税台帳に固定する発想です。人口移動や逃散が相次ぐなかで、国家は「誰がどの土地からいくら納めるか」を確定させるため、耕作者の移動に枠をはめ、徴税の責任主体を明確化する必要がありました。コンスタンティヌス期には、コローヌスの逃亡・移動を禁じ、逃亡者を原所属地に返還する規定が加えられ、領主には連帯責任（収税補填）と引き換えに裁判・警察・徴税の補助機能が委ねられます。こうして、国家財政・軍事の安定化と大土地所有の利益が一致する構造が形成されました。
社会経済の面では、ラティフンディウムにおける労働力構成が奴隷単独から、解放奴隷や自由小農、借地農を含む多様な形態へと変化していました。戦争捕虜の供給減少と奴隷の高コスト化、貨幣経済の不安定化は、固定的な地代・現物納付を基礎とする小作が合理的であるという判断を後押ししました。コロナトゥスは、こうした「労働力の複合化」のうえに国家の課税論理が重なって制度化されたものと理解できます。
法制度と身分—コローヌスの地位、土地への固着、領主権
コロナトゥスの中心には、耕作者コローヌスの法的地位があります。コローヌスは基本的に自由民で、売買の客体ではなく、契約（賃貸借）にもとづき地代や労役を負います。しかし、4世紀以降の立法はこの自由を実質的に狭めました。著名な規定として、332年のコンスタンティヌスの布告があり、逃亡したコローヌスを捕縛して元の土地へ返還し、匿った者に罰金を科す旨が示されます。やがて「アドスクリプティキイ（adscripticii）」—土地台帳に「付記された」者—という語が用いられ、彼らは土地ごとに課税・供出の責任を負う身分とされました。
この「土地への固着」は、二つの方向で効きます。第一に、個人の移動・職業選択が制限され、同一の耕地・村落に世代をまたいで拘束されること。第二に、領主が耕作者の拘束・返還を請求でき、村落の内部秩序を監督する権限を持つことです。領主の権限は、裁判・警察・徴税補助などの「公的機能」の肩代わりとして拡張され、荘園の私的自治（セニョリー）に近い性格を帯びます。ただし、形式的には国家の主権秩序のもとにあり、完全な封建的免除権（インムニタス）が普遍化したわけではありません。地域・時期によって、官僚の監督と領主権の強弱は大きく揺れました。
コローヌスの義務は、地代（現物・貨幣）、定められた労役（マンシオの維持、道路・水路の修繕等）、収穫物の一定割合の納付（アノナ）などで構成されます。他方で、彼らには居住・耕作の安定、暴力的買収からの保護、生活の一部における自律（家族生活・小規模な家畜保有）といった「保護」の側面もありました。奴隷と異なり、婚姻と家産の継承が認められ、一定の契約権能も持ちますが、離脱の自由を欠くことで実質的隷属性が強まりました。
この制度の周辺には、多様な半自由身分が存在します。たとえば「ラエタス／ラエティ（laeti）」と呼ばれる移住民兵的共同体、「ゲンティレス（gentiles）」の同盟者、「レヴァカタリイ（levacatarii）」など、定住と軍務・租税義務を組み合わせた集団です。コロナトゥスは、それらと交錯しつつ、農業生産の基礎を担う大きなプールとして機能しました。
経済・社会への影響—都市から農村へ、ラティフンディウムの再編と地域差
コロナトゥスの定着は、帝国の経済重心をさらに農村へ押し戻しました。都市の市議会（キュリア）と市民の公共負担が弱る一方で、郊外・地方の大土地所有とその屋敷経営が、課税・治安・生産の拠点になります。荘園には穀物倉、搾油所、葡萄圧搾施設、乾燥場、作業小屋が整備され、近隣に小家屋（コローヌスの住居）と耕地パッチワークが広がりました。現物の徴収・配分が支配的になると、長距離の商業は縮小し、地域内での物々交換・相互扶助が増えますが、一方で軍需・宮廷需要・都市のパン供給を支える輸送ルート（アノナの穀物輸送）は維持されます。
労働力の構成は地域差が大きく、アフリカ属州の穀倉地帯、ガリア・ヒスパニアの混合経営、東方州の灌漑農業地帯では、それぞれコローヌスと奴隷、季節労働者の比率が異なりました。地中海東岸では都市的伝統が強く、小土地所有と賃労働が併存する傾向があり、イタリア半島では古い荘園と新しい軍事入植の混交が見られます。寒冷化や災害、疫病は逃散や盗賊化を誘発し、国家と領主は逃亡コローヌスの捜索・返還規定を再三強化しました。
税制の観点では、コロナトゥスはカピタティオ＝ユグラティオの実施を容易にしました。土地台帳（カドゥアストラ）の作成・更新、評価単位の標準化、課税年度の固定化により、徴収の見通しが立ちます。結果として、地方社会における「積年の負担」を均等化する意図があった反面、実際には評価の恣意と官吏の汚職、領主の地位を利用した過剰徴収が横行し、コローヌスの生活を圧迫しました。貨幣流通の不安定は、現物納付と軍票・証書の受け取りを増やし、交換コストを高めます。
家族のライフコースに目を向けると、コローヌスの子は原則として親の地位を継承し、土地台帳上の登録に従って同じ荘園に留まります。婚姻は同荘園内、あるいは領主間の合意が得られる範囲で認められ、持参財・家畜の移動は制限を受けました。こうした「出身による地位の固定」は、社会の垂直的流動性を弱め、士官・聖職者・都市職人への上昇経路を狭めます。その代わり、地域社会内の相互扶助と紐帯は強化され、村の長老・監督者（デクルリオ）を介した内部統治が日常化します。
中世への連続と相違—農奴制の起源か、それとも並行現象か
世界史の教科書では、コロナトゥスはしばしば「中世農奴制の起源」と要約されます。たしかに、土地への固着、地代・労役の義務、領主の司法的権能、相続による地位継承といった特徴は、中世の農奴と重なります。5～6世紀にかけて西ローマ帝国が解体すると、ゲルマン諸王国はローマの税・地代・治安制度を部分的に継承し、領主層は公権（徴税・裁判）の委任を受けて私的領域を広げました。こうして、ローマ末期のコロナトゥス的関係は、新しい王国のもとで荘園的秩序へと再編されていきます。
しかし、単線的な「起源」説には注意が必要です。第一に、東ローマ（ビザンツ）や地中海東部では、都市的伝統・貨幣経済・国家官僚制が相対的に維持され、コロナトゥスの展開も地域ごとに異なりました。第二に、西欧の農奴制は9～10世紀の治安悪化・封建的軍事秩序の編成、土地開発と開墾、教会的保護（聖域）などの要因が重なって形成されており、ローマ末期からの直線的継承では説明しきれません。第三に、コローヌスは法的には自由民で、奴隷制との違いは明確でした。中世の農奴も地域と時代で自由度が大きく異なり、「固定的隷属」という単純な像は実情にそぐいません。
研究史では、コロナトゥスを「国家の課税装置が生んだ身分固定」と見る立場と、「大土地所有の私的支配の拡大」と見る立場、両者の相互作用とみる折衷的立場があります。また、法文献（テオドシウス法典・ユスティニアヌス法典）の規定が実際どの程度履行されたか、パピルス文書や碑文、荘園会計記録の分析から検証が試みられています。いずれにせよ、コロナトゥスは「古典古代から中世への移行」を捉える上での鍵概念であり、国家・領主・農民の三者関係の再編を読み解く視角を提供します。
現代的な観点では、土地台帳・課税標準・職業の世襲化・移動の規制といった政策ツールが、危機時の国家にとって魅力的に映ることがあります。コロナトゥスの経験は、短期的な徴税安定と引き換えに、長期的な生産性・イノベーション・人の自由な移動が損なわれるリスクを示唆します。制度設計においては、財政の安定と社会の開放性のバランスがいかに難しいかを物語っているのです。
まとめると、コロナトゥスは、後期ローマ帝国の財政・軍事再編のもとで耕作者を土地に結びつけた小作制度であり、領主権と国家課税が重なり合う独特の秩序を生みました。そこには、移動と職業の自由の制限、地代・労役の義務、家族の地位継承といった要素が編み込まれ、地域差を伴いつつ帝国各地に広がりました。この制度は中世の荘園・農奴制と多くの連続性を持ちますが、同一ではなく、複合的な歴史過程の一部として理解することが重要です。コロナトゥスを通して見えるのは、国家の都合と在地社会の現実、法文と慣行、自由と拘束のせめぎ合いに揺れる古代末期の人間の生活世界なのです。
