『純粋理性批判(じゅんすいりせいひはん)』とは、18世紀ドイツの哲学者イマヌエル・カントが著した哲学書で、「わたしたち人間の理性は、どこまで世界を正しく認識できるのか」「理性にはどんな能力と限界があるのか」を徹底的に検討した本です。初版は1781年に刊行され、その後1787年に改訂版が出されました。内容は非常に難解ですが、近現代哲学の出発点ともいわれるほど大きな影響を与え、「カント以前」と「カント以後」という言い方がされるほど、哲学の考え方を大きく転換させました。
カントが『純粋理性批判』で目指したのは、一言でいえば「形而上学(けいじじょうがく)の裁判」です。神や魂、世界全体の始まりといった、経験では確かめられない事柄について、人間の理性はあれこれ論争をくり返してきました。しかし、その多くは決着がつかず、空論に終わることが多かった。では、そもそも理性はそうした問題を扱う資格を持っているのか、その限界線をはっきりさせよう――これが『純粋理性批判』の出発点です。カントは、理性が経験の中でどのように働いているのかを分析し、「ここから先までは正当に認識できる」「ここから先は原理的に分からない」と線を引こうとしました。
この解説では、まず『純粋理性批判』が書かれた歴史的な背景と、カントがこの本で何をしようとしたのかという全体像を説明します。つぎに、有名な「ア・プリオリ/ア・ポステリオリ」「分析命題/総合命題」「総合的判断ア・プリオリ」といった基本概念、そして「空間と時間」「悟性のカテゴリー」「現象と物自体」といったカント独特の考え方を整理します。さらに、カントがどのようにして「純粋理性の限界」を示し、伝統的な形而上学(神や魂、自由などの議論)を批判しつつ、新しい基礎づけを与えようとしたのかを見ていきます。最後に、『純粋理性批判』がその後の哲学や世界観にどのような影響を与えたのかを概観します。概要だけでも、「カントが人間の理性の力と限界を調べ、科学と形而上学の境界線を引こうとした本」だとイメージできるようにしつつ、詳しく知りたい人は各見出しで中身を追える構成にします。
成立の背景とカントの目的
カントが『純粋理性批判』を書いた18世紀後半のヨーロッパは、「啓蒙の時代」と呼ばれます。理性と科学を信頼し、伝統的な宗教権威や迷信から人間を解放しようとする気運が高まっていた時代です。自然科学の分野ではニュートンの力学が確立され、「自然界は数学的な法則にしたがって動いている」という見方が大きな成功を収めていました。その一方で、神や魂、自由意志といった問題については、依然として哲学者たちが激しく対立していました。
哲学の世界では、デカルトやスピノザ、ライプニッツらに代表される「合理論(理性論)」の流れと、ロックやヒュームらの「経験論」の流れが対立していました。合理論は、理性の力によって世界の根本原理をつかめると主張し、経験論は、すべての知識は感覚経験にもとづくと考えました。とくにヒュームは、人間の因果関係の理解さえも「習慣」にすぎないのではないかと疑い、「厳密な意味での知識」を成立させることが難しいと考えました。この懐疑論は、科学や形而上学の基礎そのものを揺るがすものでした。
カントは、若いころはライプニッツ的な合理論に近い立場にいましたが、ヒュームの懐疑論に触れて大きな衝撃を受け、自分の立場を根本的に見直すようになったといわれます。彼は、「理性には確かに力があるが、その力は万能ではない。むしろ、その能力と限界を正しく見きわめることで、はじめて確かな科学と、節度ある形而上学が成り立つ」と考えるようになりました。これをカント自身は「コペルニクス的転回」と呼びます。天動説から地動説への転換になぞらえて、「対象が認識に合わせるのではなく、認識のしかたによって対象の現れ方が決まる」という発想の転換を意味しています。
『純粋理性批判』というタイトルの「純粋理性」とは、経験に頼らずに働く理性のことです。数学や論理学のように、感覚経験に直接もとづかずに成り立つ認識や、神・魂・自由といった超経験的な問題を扱うときの理性の働きが、ここでの主な対象です。「批判」とは、一般的な意味での非難ではなく、「裁判・審査」に近い意味で使われています。つまりカントの狙いは、「純粋理性の能力と正当な使用範囲を審査し、不当な越権行為を禁止する」ということでした。
こうした目的から、『純粋理性批判』は、おおまかに言えば「理論的認識の部分」と「形而上学批判の部分」に分かれます。前半では、「わたしたちが経験世界をどのように認識しているのか」「その認識を可能にする条件は何か」を分析し、ニュートン力学のような自然科学がどうして確かな知識として成り立ちうるのかを説明しようとします。後半では、その分析にもとづいて、「神・魂・世界の始まり」といったテーマについて理性がどこまで語りうるのか、伝統的な形而上学の議論を一つひとつ吟味していきます。
カントの認識論の枠組み――ア・プリオリと空間・時間・カテゴリー
『純粋理性批判』を理解するうえで、まず押さえておきたいのが、カントの有名な区別です。ひとつは、「ア・プリオリ(経験に先立つ)/ア・ポステリオリ(経験にもとづく)」という区別です。もうひとつは、「分析的判断/総合的判断」という区別です。この二つを組み合わせることで、カントは人間の知識の種類を整理し、特に「総合的判断ア・プリオリ」という特殊なタイプの知識に注目しました。
「ア・プリオリ」とは、経験に頼らずに成立する知識のことです。たとえば「7+5=12」という算数の命題は、実際に7個と5個のリンゴを数えなくても、頭の中だけで真だと分かるような命題です。一方、「今日は雨が降っている」のような命題は、窓の外を見たり天気予報を確認したりする経験なしには真偽が分かりませんから、「ア・ポステリオリ」な命題です。「分析的判断」とは、主語の概念の中にすでに含まれている内容を述べる命題で、「すべての独身男性は結婚していない」のようなものです。「総合的判断」とは、主語に新しい情報をつけ加えるタイプの命題で、「この机は重い」のようなものが典型です。
カントが注目したのは、数学や自然科学の基本法則には、「総合的でありながらア・プリオリ」である命題が多い、という点でした。「直線は二点間の最短距離である」「自然界では、すべての出来事には原因がある」などの命題は、単なる概念分析では出てこない新しい内容(総合的)を含みつつ、経験に頼らない普遍的・必然的な知識(ア・プリオリ)として扱われています。では、なぜこのような「総合的判断ア・プリオリ」が可能なのか。これを説明することが、『純粋理性批判』の大きな課題の一つでした。
その説明のためにカントが導入したのが、「空間と時間は、世界の性質そのものではなく、人間の感性のア・プリオリな形式である」という考え方です。わたしたちは、外界の対象を「空間の中に位置づけられたもの」として、また出来事を「時間の流れの中に起こるもの」として経験します。しかしカントによれば、空間と時間は、対象が人間に現れる際の「枠組み」であって、対象そのものに属する性質ではありません。つまり、空間と時間は人間の側の認識の形式であり、この形式があるからこそ、幾何学や算術のような総合的判断ア・プリオリが可能になるのだとされます。
さらに、カントは「悟性のカテゴリー」と呼ばれる概念群を想定しました。因果性、実体、全体と部分、可能性と現実性、必然性など、経験世界を理解するうえで欠かせない基本的な概念です。これらのカテゴリーもまた、経験から経験的に一般化したものではなく、人間の悟性がもともと備えているア・プリオリな枠組みだとされます。わたしたちは、感覚によって与えられた多様な印象を、空間・時間の中に配置し、カテゴリーを通して「もの」や「出来事」として把握してはじめて、「経験世界」をつくりあげている、というのがカントの主張です。
このような立場をカントは「超越論的観念論(トランセンデンタル・イデアリズム)」と呼びました。ここでの「観念論」とは、「人間の認識のしかたが、世界の現れ方を規定している」という意味であり、「世界が頭の中の幻だ」という意味ではありません。カントにとって重要なのは、「わたしたちが知る世界は、人間の感性と悟性の枠組みを通して現れた〈現象〉であり、その背後にある対象そのもの〈物自体〉は、人間の認識を越えたものだ」という区別です。
純粋理性の限界――形而上学批判と理性の自己反省
カントの超越論的観念論にもとづくとき、経験の対象としての「現象」については、空間・時間とカテゴリーのおかげで、自然科学的な知識が成り立つことが説明できます。しかし、同時に明らかになるのは、「カテゴリーはあくまで経験世界にしか適用できない」という点です。つまり、因果性や実体といった概念を、経験を越えた対象――神や魂、世界全体の始まりや終わり――にまで拡張してしまうと、そこからは必然的に矛盾が生じてしまう、というのがカントの診断です。
『純粋理性批判』の後半では、「理性が自分の力を超えて働いたときにどのような錯覚に陥るか」が、具体的に分析されます。たとえば、「わたしの魂は不死である」という主張や、「世界にははじめがある/はじめはない」といった主張、「神という絶対的存在が必ず存在する」といった主張が、どのような理性の推論から出てきて、どこで無理をしているのかが検討されます。カントは、これらを「理性のパラロギスム(誤った自己論証)」「世界のアンチノミー(どうしても解けない二律背反)」「神の理想」といった章立てで分析し、伝統的な形而上学が犯してきた錯誤を明らかにしようとしました。
たとえば、世界のアンチノミーの一つとして、「世界は時間的に始まりがある/世界は時間的に始まりがない」という命題の対立が扱われます。カントは、どちらの立場も、カテゴリー(原因・全体など)を経験の限界を超えて適用してしまっている点で誤りだと考えました。つまり、「世界全体を一つの対象として、因果性などの概念をあてはめようとすること自体が、理性の越権行為だ」というのです。
同様に、神の存在証明についても、カントは従来の三つの有名な論証(本体論的証明、宇宙論的証明、目的論的証明)を一つひとつ検討し、いずれも成り立たないことを示そうとします。彼にとって重要なのは、「理論理性としての純粋理性は、神の存在を証明することも、否定することもできない」という点を明確にすることでした。神や魂、自由といった対象は、経験の外側にあるため、知識の対象として扱うことはできない、というのがカントの結論です。
しかし、だからといってカントが神や自由を完全に否定したわけではありません。彼は『純粋理性批判』の中で、「わたしたちは自由や神を〈知る〉ことはできないが、実践(道徳)の領域においては、一定の前提として〈仮定する〉ことが必要になる」と示唆します。この問題は、後に『実践理性批判』や『判断力批判』で本格的に扱われることになりますが、『純粋理性批判』の段階でも、「理性には理論と実践という二つの側面があり、それぞれに固有の役割と限界がある」という方向づけがなされています。
こうした議論全体を通じて、カントが行ったのは、「理性が自分自身を裁判する」という作業でした。理性は、世界を認識し、科学を成立させる強力な道具ですが、その力を過信して、経験を越えたものにまで適用してしまうと矛盾や空論に陥ります。そこで一度立ち止まり、「理性自身が自分の権限を厳しく点検し、正当に扱いうる対象と、扱ってはならない対象を区別する」ことが必要になる。これこそが、「批判哲学」と呼ばれるカント独自のスタイルです。
『純粋理性批判』のその後への影響
『純粋理性批判』は、その難解さゆえに当初は誤解も多く、カント自身も『プロレゴメナ』などの解説書を別に書いて自説を説明する必要がありました。しかし、しだいにドイツやヨーロッパの知識人の間でその意義が認められ、19世紀の哲学に大きな影響を与えることになります。フィヒテ、シェリング、ヘーゲルらのドイツ観念論は、カントの批判哲学を出発点としつつ、それを乗り越えようとした試みとして理解されます。また、新カント派と呼ばれる思想家たちは、19〜20世紀にかけてカントの認識論を現代科学や文化哲学の文脈で再解釈しました。
カントの「認識は人間の側の枠組みによって規定される」という発想は、20世紀の哲学や人文科学にも通じる重要なヒントを提供しました。現象学、構造主義、科学論など、多くの分野で、「世界そのもの」ではなく「世界をどう経験し、どう構成しているか」に注目する態度が見られますが、その遠い源流の一つに『純粋理性批判』があります。また、「理性の限界を自覚することが、むしろ理性の正しい使い方につながる」という考え方は、科学万能主義や単純な懐疑論のどちらにも偏らない一つの立場として、今も参照されています。
世界史の学習という観点から見れば、『純粋理性批判』は、啓蒙の時代における理性信仰を一度立ち止まって吟味し、科学と信仰、自由と必然、経験と形而上学の関係を整理し直そうとした試みだと捉えることができます。カントは、理性を疑うのではなく、理性を信じるがゆえに、その力と限界を自分で測ろうとしたのだと言えます。
『純粋理性批判』という用語に出会ったときには、イマヌエル・カントが18世紀末に著した哲学書であり、「人間の純粋理性がどこまで世界を認識できるのか、その条件と限界を分析し、科学の確かさと形而上学の妥当な範囲を定めようとした本」だとイメージしておくとよいです。そのうえで、ア・プリオリ/ア・ポステリオリ、現象と物自体、空間と時間、カテゴリーなどのキーワードを手がかりにして内容をたどっていけば、この難解な書物が目指したものの輪郭が、少しずつ見えてきます。

