新中間層 – 世界史用語集

新中間層(しんちゅうかんそう)とは、主に19〜20世紀の工業化・都市化の進展の中で生まれた、サラリーマン・事務員・専門職・技術職・下級管理職などを中心とする「新しいタイプの中間的な社会階層」を指すことばです。これに対し、近代初期から存在した自営業の商店主や職人、小規模工場主などは、しばしば「旧中間層」と呼ばれて区別されます。新中間層は、自分で店や工場を所有するのではなく、会社・官庁・大企業などに雇われて給料を得る「ホワイトカラー」としての側面が強い集団でした。

工場で働く肉体労働者(ブルーカラー)ほど生活が不安定ではないものの、資本家や大地主ほどの富や権力を持つわけでもない。ちょうどその中間に位置する存在として、新中間層は近代社会のなかで急速に数を増やし、政治・文化・消費生活の面で重要な役割を担っていきました。世界史では、とくに第2次産業革命以降のヨーロッパやアメリカ、日本の都市社会で、新中間層が政党政治や大衆文化、福祉国家の支え手となったことがしばしば取り上げられます。

ただし、「中間層=中流」と単純にイコールで考えてしまうと、かえってこの概念の特徴が見えにくくなります。新中間層とは、単なる所得の中ぐらいの人びとではなく、「雇われのホワイトカラーとして、組織に属しながら専門的な仕事を行い、近代的な生活スタイルを共有する人びと」という、歴史的に新しい社会集団を指す用語です。その成長の背景や、旧中間層・労働者階級との違いを追っていくと、近代〜現代社会の構造が立体的に見えてきます。

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中間層という考え方と「新中間層」登場の背景

まず、「中間層」という言葉の意味を簡単に整理します。近代の階級論では、社会を大きく「支配階級(資本家・大地主など)」「労働者階級(賃金労働者)」に分ける考え方がよく用いられます。しかし実際の社会には、その中間に、小売商・職人・小規模工場主・下級官吏・教師・医師など、さまざまな人びとが存在します。彼らは他人を雇う側でもあり、同時に自分の労働によって生活する側でもあるため、「中間的な階層」として「中間層」と呼ばれてきました。

19世紀の初期資本主義の段階では、この中間層の中心は、自分の店や工房、土地を所有する自営業者・独立小経営者でした。このような人びとは「旧中間層」あるいは「伝統的小ブルジョワジー」とも呼ばれます。彼らは身分制社会の没落とともに台頭し、市民革命の担い手の一部ともなりましたが、巨大資本や百貨店・チェーン店などが登場すると、次第に競争に押されていきます。

一方、19世紀後半〜20世紀にかけて進んだ第2次産業革命と企業の大規模化・官僚制化は、別の形の中間層を生み出しました。鉄鋼・化学・電気・自動車といった新産業の発展、銀行・保険・証券などサービス部門の拡大、国家機能の肥大化などにより、膨大な事務作業・管理業務・技術業務・専門的知識を必要とする職種が生まれたのです。

これらの仕事を担ったのが、会社員・タイピスト・会計係・鉄道職員・技術者・下級管理職などのホワイトカラー労働者でした。彼らは会社や官庁に雇われて給料を得る点では労働者ですが、ブルーカラー工場労働者とは異なる労働条件や生活様式、価値観を持つことが多く、やがて独自の「新中間層」として意識されるようになります。

総じて言えば、新中間層の登場は、産業資本主義が成熟し、大企業と官僚制組織が社会のすみずみに浸透していく過程の中で、「組織に雇われる専門的ホワイトカラー」が大量に必要になったことの結果でした。電話・タイプライター・鉄道・電信などの技術革新も、こうした事務職・管理職・専門職の増大を後押ししました。

旧中間層と新中間層のちがい

中間層のなかでも、「旧中間層」と「新中間層」はどのように違っていたのでしょうか。いくつかの観点から整理してみます。

第一に、「所有」のちがいです。旧中間層の典型は、小規模な店や工房、土地を自分で所有し、家族労働や少数の使用人を使って生計を立てる自営業者でした。彼らの生活は、市場の景気や競争に左右される不安定さはありますが、仕事の進め方や職場の決定については大きな自由を持ち、「自分の店」「自分の仕事」という所有感・自立感が特徴でした。

これに対して新中間層は、会社や官庁などの組織に雇われ、賃金や給料を受け取る立場にあります。彼らは職場の設備や資本を所有しておらず、労働力を提供する点では賃金労働者と変わりません。しかし、その仕事は機械労働ではなく、書類仕事・企画・監督・技術開発・医療・教育など、頭脳や専門知識を使うホワイトカラー労働であり、しばしば一定の裁量と社会的名誉を伴いました。

第二に、「生活スタイル」のちがいです。旧中間層の生活は、店と住居がほぼ一体であり、家族総出で働く形が一般的でした。商店街や職人街など、仕事場と居住空間が重なり合うコミュニティが形成され、仕事の時間と生活の時間をきちんと分ける感覚は比較的弱かったと言えます。

新中間層は、都市のオフィスに通勤し、仕事場と住居を分けて暮らす生活を送るようになります。朝決まった時間に会社に出勤し、夕方に帰宅するサラリーマン的生活は、近代都市特有のリズムを持っており、週末や余暇には家族で映画・カフェ・レジャーを楽しむといった大衆消費社会の生活スタイルとも結びつきました。

第三に、「意識や価値観」のちがいです。旧中間層は、自営業者としての自立や家業の継承を重んじる傾向が強く、身分制社会からの上昇を目指す市民的価値観とも結びついていました。一方、新中間層は、組織への忠誠や安定した給料、昇進・出世、教育を通じた子どもの社会的上昇を大切にし、「安定した中流生活」を理想とする価値観が広がりました。

ただし、こうした違いはあくまで傾向であり、現実には旧中間層と新中間層が混じり合い、境界は曖昧でした。それでも、20世紀前半のヨーロッパ・日本などで、「サラリーマン」「官吏」「専門職」などの新中間層が目立つようになると、人びとは従来の小商人・職人とは異なる「新しい中間層」が社会の中心になりつつあることを意識するようになっていきます。

新中間層と近代社会:政治・文化・日本の事例

新中間層は、単に経済的な階層区分のひとつというだけでなく、近代社会の政治や文化に大きな影響を与えました。その役割をいくつか見てみましょう。

政治の面では、新中間層はしばしば政党政治と福祉国家の重要な支持基盤となりました。彼らは、資本家ほどの資産は持たないものの、工場労働者ほど不安定な立場でもなく、「社会の安定と秩序」「治安と教育」「基本的な社会保障」を求める傾向が強かったからです。20世紀のヨーロッパでは、社民主義政党やキリスト教民主主義政党などが、新中間層の支持を得て、議会制民主主義と福祉国家政策を推し進めていきました。

一方で、新中間層の一部は、不況や政治的不安定のなかで、ファシズムや権威主義的な政治を支持する方向にも傾きました。第一次世界大戦後のドイツやイタリアでは、急速なインフレや雇用不安によって、中小商人や下級官吏・ホワイトカラーが没落の危機にさらされ、その不安や不満がナチスやファシスト党の支持につながった側面があります。このため、「新中間層は、民主主義の安定要因にもなれば、極端な政治運動の支持基盤にもなりうる」という二面性が指摘されています。

文化の面では、新中間層は大衆文化の主要な担い手でした。一定の可処分所得と余暇を持つサラリーマン家庭は、新聞・雑誌・映画・ラジオ・レコード・漫画・軽文学などの「大衆メディア」の重要な消費者となり、都市のカフェやデパート、遊園地なども彼らを主要な顧客として発展しました。モダンなファッションやスポーツ、娯楽も、しばしば新中間層のライフスタイルと結びつきます。

日本でも、大正〜昭和戦前期にかけて、官吏・会社員・教師・銀行員などの新中間層が急増しました。都市には「サラリーマン」ということばが定着し、彼らの通勤風景や制服、給料日、ボーナス、社宅生活などが小説や漫画、映画の題材として取り上げられました。白木屋や三越といったデパートは、新中間層の妻たちをターゲットにした「モダンな買い物空間」として人気を集め、カフェやダンスホール、映画館も彼らの余暇を彩る場となりました。

また、日本の新中間層は、政党政治と軍部・官僚の対立が激しくなるなかで、さまざまな政治的選択に直面しました。戦前の日本では、政友会・民政党などの政党を支持する層もあれば、軍部の台頭や国家総動員体制を一定程度受け入れる層もありました。新中間層の揺れ動く意識は、その後の日本社会の方向性を左右する一因ともなりました。

戦後になると、日本を含む多くの先進国で、「中流意識」を持つ新中間層が社会の多数派となり、「一億総中流」などと言われる時代も訪れます。持ち家、家電製品、自家用車、子どもの高等教育などを共通の目標とする生活像は、新中間層の典型的なライフスタイルとして描かれました。ただし、これは戦後の高度成長期に特徴的な現象であり、雇用の不安定化や格差拡大が進む近年では、「新中間層」のあり方も再び揺らいでいます。

新中間層という概念をどうとらえるか

最後に、「新中間層」という用語そのものの意味合いについて考えてみます。新中間層は、資本家階級と労働者階級という単純な二分図では捉えきれない、現代社会の複雑さをあらわすために使われてきました。それは、所有者ではないが専門職として権限と責任を持つ人びと、労働者でありながら一定の安定と生活水準を享受する人びと、組織に属しながらも自分のキャリアと生活スタイルを形成していく人びとを指す概念です。

世界史の文脈では、新中間層はしばしば、「工業化と都市化にともなって増大したサラリーマン・専門職・下級管理職など」をまとめて表現するために用いられます。その具体的な姿は、国や時代によって異なりますが、共通しているのは、「大企業や官僚的組織の内部で働き、知識や情報、管理能力を武器とする人びと」が社会の安定と変動の両方に関わっている、という点です。

新中間層の研究はまた、「中流」という言葉のイメージを問い直す作業でもあります。多くの場合、「中流」とはある程度の安定と豊かさ、教育の機会、文化的な消費生活を指しますが、その背後には、組織への依存や競争、失業・リストラへの不安、将来への期待と不安が複雑に絡み合っています。近年のグローバル化や情報化、非正規雇用の拡大などは、まさに新中間層の基盤を揺るがしており、「新中間層の没落」といった議論も登場しています。

世界史を学ぶうえでは、「新中間層」という言葉に出会ったとき、それを単に「中流階級」と言い換えるだけで済ませるのではなく、「工業化・都市化・官僚制・大衆社会の成立」という文脈の中で、どのような人びとを指しているのかを具体的にイメージすることが大切です。ヨーロッパのサラリーマン、日本の官吏・会社員、ソ連や社会主義圏の技術者・管理職など、それぞれの社会における新中間層の姿を比較してみると、現代世界の共通点と相違点が見えてきます。

このように、新中間層は、近代以降の社会構造や政治・文化を理解するうえで欠かせないキーワードのひとつです。資本家と労働者という二極だけで世界を見るのではなく、そのあいだに広がる多様な人びとの存在にも目を向けることで、歴史の見え方は一段と繊細で立体的なものになっていきます。