ラガシュ・ウンマ戦争 – 世界史用語集

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戦争の背景

ラガシュ・ウンマ戦争は、紀元前25世紀頃の古代メソポタミア南部において、都市国家ラガシュとウンマの間で繰り広げられた長期的な抗争です。この争いの主因は、両都市の国境地帯にある肥沃な農耕地「グ・エディン」の領有権でした。メソポタミアでは灌漑農業が経済の基盤であり、水路や農地の支配は都市国家の存亡に直結しました。ウンマは人口増加や資源不足から領土拡大を望み、ラガシュ領の農地を度々侵略しました。一方、ラガシュは軍事力と宗教的正統性を背景に防衛を図り、この対立は数十年にわたる周期的な戦争へと発展しました。

戦争の経過と記録

この戦争については、ラガシュ王エアンナトゥムの治世における勝利を描いた石碑「ハゲワシの碑」が有名です。この碑文には、ラガシュ軍がウンマ軍を打ち破る場面や、戦後に結ばれた国境協定の内容が楔形文字で刻まれています。協定では、境界線を示す石標の設置や農地の使用権が明文化され、違反時の神々の罰が宣告されました。しかし、この取り決めは長く守られず、ウンマは再び侵入を繰り返しました。後世の王ルガルザゲシの時代には、ラガシュが最終的に敗北し、両都市の争いはシュメール全体の覇権争いに吸収されていきました。

歴史的意義

ラガシュ・ウンマ戦争は、世界最古級の領土紛争として知られ、国境問題や資源管理をめぐる古代国家間の対立を示す貴重な事例です。また、「ハゲワシの碑」に見られるように、戦争記録と政治的正当化を目的とした碑文の伝統は、後のメソポタミア王国にも受け継がれました。この戦争は単なる軍事衝突にとどまらず、灌漑水路や農地の管理、条約の締結など、初期国家の外交・行政制度の発展に深く関わっています。現代の歴史学や考古学においても、この事例は古代都市国家の性質や国際関係を理解する上で欠かせない研究対象となっています。