漢族(かんぞく、Han Chinese)は、中華圏で最大多数を占める民族カテゴリーで、現代中国(中華人民共和国)の法定56民族のうちの一つとして定義されます。人口は世界最大級で、中国本土の多数派であるだけでなく、台湾、香港、マカオ、さらに東南アジアや欧米などディアスポラにも広がっています。漢字・漢語・儒教的価値観・祖先祭祀・家族制度などを文化的な共有財として持ちながら、実際の生活世界は地域・言語・食・宗教・歴史経験の差によって多様です。歴史用語としての「漢人」「華人」との使い分け、元・清など異民族王朝下での身分区分、近代国家による民族分類(民族識別)など、時代により意味が揺れる点も理解が必要です。ここでは、起源と形成、言語と地域多様性、歴史的変遷と国家との関係、近現代の分布と用語の整理という四つの観点から、漢族の全体像をわかりやすく説明します。
起源と形成――「漢」の名の由来とエスニック形成の長い時間
「漢」の語は、前漢・後漢という帝国名に由来します。漢王朝の支配が確立し、官僚制・律令・儒学・漢字文化が帝国の隅々まで浸透すると、被治者・被教化の集団に「漢」の名が冠されました。したがって、漢族のエスニック形成は、血統の単線的な継承ではなく、政治的支配・文化的同化・経済的交流が幾重にも重なった歴史的プロセスです。
古代の華北・黄河流域には多様な方国・部族が存在し、戦国・秦漢の統一過程で方言・習俗・物質文化が次第に統合されました。漢代には移住・屯田・軍事植民が広がり、魏晋南北朝では北方騎馬民や西域の諸集団との混淆が進みます。隋唐期にはシルクロード交易と国際都市の文化的融合が加速し、宋以降は華南の開発・人口移動が進展、明清期には華北・華中・華南・西南でそれぞれ異なる「漢」の地域類型が成熟しました。つまり、漢族は早期に固定した「民族」ではなく、王朝の変遷と移住の波に応じて輪郭を変えながら拡大した歴史的共同体です。
地理的拡大とともに、氏族・宗族(同姓の親族集団)が農村社会の統合単位となり、祠堂・族譜・祭祀を支柱に社会的相互扶助と秩序を維持しました。都市では行会・行幇(職能組合)、学館・書院などが知と経済のネットワークを形成し、文字・試験・契約を通じた信頼が共同体の糊となりました。こうした制度文化の層が、政治的支配の交替にも耐える「漢」の持続性を底支えしました。
言語と地域多様性――「漢語」の内なる多言語世界
漢族の言語は総称して漢語(Chinese)と呼ばれますが、内部は互いに通じにくいほど差の大きい言語群から成り立ちます。一般に「方言」と呼ばれますが、言語学的には独立言語に近い差異も多く、官話(北方方言=現代標準中国語の基盤)、呉語(上海周辺)、粤語(広東語・香港)、閩南語(台湾語・福建南部)、閩東語、客家語、湘語、贛語、晋語などが大きな枝分かれをなします。
共通の漢字文化は、これらの発音差を越えて文語交流を可能にしました。科挙の答案や官文、商業契約、宗教典籍は、音の違いを吸収する「文字の共通語」として機能し、口頭言語の多様性と文字言語の統一が併存しました。近代以降、学校教育とメディアの普及、都市化により普通話(標準中国語)の浸透が進みましたが、地域言語の文化的価値や家族内の使用は今も広く残り、歌・映画・演芸・ネット文化などで表現の多様性を支えています。
食文化も地域差が顕著です。華北の小麦麺・餃子、江南の淡味・点心、四川・重慶の辛味、広東の点心と広東粥、福建・潮州の海鮮、客家の鹹香と保存技術など、多様な「味の版図」は気候・作物・交易史の反映です。住居や祭礼、衣装、家族構造(直系・分家)、女性の社会参加の度合いなども、地域と階層で大きく異なり、単一の「漢族文化」を想定するのは実情に適しません。
歴史的変遷と国家との関係――元・清の身分区分から近代民族へ
中国史では、異民族王朝のもとで「漢」と他集団の区分が統治の枠組みとなりました。元朝は住民を大まかに蒙古人・色目人・漢人・南人に分け、行政・司法・科挙で差等を設けました。ここでの「漢人」は主として華北の旧金領住民を指し、江南は「南人」とされるなど、現代の「漢族」と一対一の対応ではありません。清朝は満洲人(旗人)と漢人の区別を基本に、八旗(満洲・蒙古・漢軍)と緑営を使い分け、都市でも城内旗人と城外漢人の居住区分を設けるなど、制度的な線引きを導入しました。
明代は自ら「漢の正統」を標榜しつつ多民族統治を行い、科挙・礼制・戸籍・里甲を通じて「漢」的な統治文化を帝国の標準としました。こうした長期の歴史経験は、「漢=国家の中心」という観念と、「漢=多民族帝国の一構成員」という二重性を漢族に刻みました。
近代に入ると、民族(民族=minzu)の概念が西洋学術と日本語の媒介で東アジアに広がり、清末・民国期には「中華民族」という政治的共同体概念が提唱されます。中華人民共和国は56民族体制を確立し、漢族はその多数派として定義されました。1950年代の民族識別(民族識別工作)では、言語・文化・歴史・地域・自己認識などを尺度に各民族が確定され、漢族は多様な地域集団を含む大枠として扱われました。ここでの「漢族」は、歴史上の「漢人」「南人」などのカテゴリーを統合する近代的な法定民族です。
宗教については、漢族内部に仏教・道教・民間信仰(祖先祭祀・土地神・媽祖など)・一部のキリスト教・イスラーム改宗者など多様な実践が併存します。祖先祭祀・廟会・風水・暦(節気)といった日常宗教は、地域により色合いが異なり、祭礼の経済(寄進・互助)や商人ネットワークの形成とも連動してきました。
近現代の分布・ディアスポラ・用語整理――漢族・漢人・華人のちがい
現在、漢族は中国本土の多くの省で多数派ですが、広西・雲南・貴州・青海・新疆・チベットなどでは多民族が混在し、都市への移住・観光・産業開発に伴って人口構成が変動しています。台湾では漢族系住民が多数を占める一方、原住民族が固有の文化と権利を主張する多元社会が展開しています。香港・マカオは華南系(広東語・客家・潮州など)の文化的基層が濃く、コスモポリタンな商業都市としての経験が加わりました。
海外では、19世紀以降の海上移民や労働移入、戦乱・政治の波を受け、東南アジアに大規模な漢族系コミュニティ(華人社会)が形成されました。福建・潮州・客家・広東など出身地別の会館・宗親会は、商業・金融・相互扶助のハブとなり、ペラナカン(ババニョニャ)など現地文化との混淆が豊かなバリエーションを生みました。北米・欧州・オセアニアにも新旧の移民が広がり、教育・IT・医療・飲食など多領域で活動しています。
用語の整理としては、①「漢族」=現代中国の法定民族カテゴリー(国内統計・戸籍・教育で用いる)、②「漢人」=歴史語としては元・清などで「満・蒙・回」などと対置された住民、広義には中国文化圏の漢字・儒教を担う人々、③「華人」=国籍を問わず海外の中国系住民の自称・他称、④「華僑」=狭義には海外在住の中国国籍者、⑤「華裔」=他国籍の中国系出自者、という区別が便利です。文章の文脈に合わせて使い分けることで、誤解を避け、歴史と現状の両方を正確に描けます。
経済・社会の課題としては、都市と農村、沿海と内陸、北と南の格差、少数民族地域との関係、言語政策と文化保護、移住・都市化に伴うコミュニティの再編など、漢族内部での多様性管理が重要です。アイデンティティの面では、国家=民族=文化の三層の重なりが時に緊張を生み、グローバル化とデジタル化の流れの中で、地域言語・食・儀礼・芸術の再評価が進む一方、標準語・標準文化の普及も加速しています。
総じて、漢族とは「漢字・漢語・儒教的制度文化の長い歴史を共有する巨大なモザイク」であり、固定的で単色の民族ではありません。政治的統合、経済の往来、宗族と都市のネットワーク、文字という共通基盤が織り成す柔らかな統一性が、漢族の実像を形作っています。用語の揺れと歴史の厚みを念頭に置いて読むとき、漢族という語は、東アジア世界を理解するための頼りになる羅針盤になります。

