「五経正義(ごきょうせいぎ)」は、唐代に国家が主導して編纂・公定化した五経(『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』)の標準注釈セットの総称です。中心人物は孔穎達(574–648)で、貞観年間に学者グループを組織し、漢魏六朝以来の諸注を整理・統合して「疏(そ)」=解釈の総まとめを作成しました。これが「正義」と呼ばれるのは、単なる一説ではなく、国家が科挙・官学の基準として採用し、学術と行政の共通言語に位置づけたからです。五経正義は、古注(鄭玄注、王弼注、杜預注など)を土台にしつつ、異説の取捨と整序を行い、文義(字句の意味)・制度(礼法や官制)・歴史(編年と事件の意義)・思想(宇宙論と倫理)を横断的に解説しました。以後、宋の刊行・明清の重刻を経て「十三経注疏」の要として伝わり、朝鮮・日本・ベトナムでも官学の標準テキストとなります。要するに五経正義とは、「五つの古典を読む国家標準の読み方」であり、東アジアの知的基盤を数世紀にわたって規定した注疏体の金字塔です。
成立と編纂の背景――貞観の学術政策と「注疏体」の確立
唐の太宗は、律令・礼制・史書の整備と並行して、官学カリキュラムの統一を重視しました。前代までの儒学は今文・古文の学派、地域や家法による解釈差が大きく、官僚採用の公平性や行政運営の統一に支障をきたしていました。そこで、太宗は大学(太学)と弘文館を中心に学者を召し、五経に関する古注(鄭玄、王弼、杜預ほか)・唐初の音義・制度史料を渉猟して、官学用の標準注釈を整えるよう命じます。実務の統括者が孔穎達で、顔師古・司馬貞・賈公彦ら同時代の碩学が周辺で支えました(書ごとに執筆の中核は異なります)。
五経正義の文体的特徴は「注疏体」です。これは、(1)経(原典本文)、(2)注(主として後漢〜魏晋の権威注:『易』は王弼、『書』『礼』『詩』は鄭玄、『左伝』は杜預など)、(3)疏(唐人が「注」を解きほぐし、諸説を比較し、取捨して統一見解を立てる解説)という三層構造を基本にします。疏は単なる要約ではなく、用字の通釈・音韻・句読・典章制度の参照・異本の紹介・寓意の解釈を行う広域の注解であり、学説史のレヴューと判決を兼ねる「編集的判断書」でした。この形式によって、学派・地理・時代にばらつく解釈を、国家が採用する「一本の読み」に整えることが可能になりました。
編纂は貞観年間に本体がまとまり、高宗期にかけて頒行・整備が進みます。唐代の学校と科挙(とくに明経科)では、五経正義が講義・試験の拠り所となり、条文の解釈は疏の文言に準拠する運用が定着しました。こうして五経正義は、単なる書物を超えて「制度」と化し、注釈の選好が官僚の採否・政策文書の作法・法令の制定にまで波及する、知のインフラとなっていきます。
各典の構成と内容の要点――易・書・詩・礼・春秋の「正義」
『周易正義』は、王弼注を基幹に据えつつ、義理(原理)と象数(卦爻の像と数)の二系統を調停し、占筮書から思想書への展開を整理します。卦名・爻辞の句読や字義を確定し、十翼(彖伝・象伝・繋辞など)の相互関係を明示。占断技法に耽溺せず、「時中」「剛柔」「利害の衡量」といった政治・処世の規範へ橋渡しします。
『尚書正義』は、周以前の詔命・謀議・誥誓を収める『書経』に対し、篇章の真偽・編次・用語の制度的含意を詳らかにします。鄭玄注や古文尚書の伝承を尊重しつつも、異説の衝突点(篇の出自や本文の異同)を整理し、徳治と法治、天命と民意の釣り合いという『書』の政治哲学を、律令国家の語彙で読み直しました。後世、清代考証学(閻若璩ら)が古文尚書の真偽を再検証すると、五経正義の立場は批判・修正の対象ともなりますが、制度史的注解の豊富さは今なお参照価値が高いです。
『毛詩正義』は、毛伝(毛亨・毛萇の系譜)と鄭玄箋を踏まえ、三百五篇の語義・地名・風俗・音律を解説します。比・興・賦の修辞を道徳化し過ぎず、地域歌謡としての国風と、王朝祭祀の雅・頌を一体に読む枠組みを提供しました。婚恋・労働・戦争・諷諫といったテーマの多層性を、礼制・音楽・祭祀の知識と連結させる点が特徴です。
『礼記正義』は、日常規範から国家儀礼までを扱う『礼記』の断章を、条理立てて配列・注解します。衣服・冠礼・喪葬・郷飲酒礼・学校制度・王の徳目・官僚の作法など、法制度と礼俗の境界を横断する章が多く、正義は鄭玄注を会通しながら、用語の定義と制度の運用例を丁寧に示します。いわゆる「三礼」(『周礼』『儀礼』『礼記』)のうち、『周礼』『儀礼』にも注疏(賈公彦疏など)が整えられ、学校では相互参照が常態化しました。
『春秋正義(左伝正義)』は、魯の年代記『春秋』を物語的に解き明かす『左氏伝』(杜預注)を底本として、会盟・戦役・外交儀礼の事実関係と、それに込められた価値判断(称謂の義例)を整理します。公羊・穀梁の伝統も参照されますが、唐代の官学では左氏学が主流で、正義も左伝中心に構築されました。微言大義――文字の選択に道徳判断を織り込む技法――は、史書の文体と史官倫理に長期的影響を与えます。
機能と影響――官学・科挙・法制・文章の標準化
五経正義の最大の機能は、教育と採用の標準化です。太学・国子監・州県学の教材は正義準拠となり、科挙(明経科・進士科の論経策問)では疏の文言・解釈が正答の基準に採用されました。これにより、地域・門派ごとに異なる「家注」を越えた共通の試験言語が成立し、官僚の討論・奏案・詔勅も、正義の語彙・論法を共有することで意思疎通のコストが下がりました。
第二に、法制・礼制の参照枠です。礼記正義・周礼疏・儀礼疏は、冠婚葬祭や朝儀のプロトコルを提供し、尚書正義・春秋正義は、君臣関係・外交秩序・軍事行動の規範化に理論的根拠を与えました。唐令・式や儀注の制定には、正義の条文がしばしば脚注的に援用され、官文書の語彙も正義の句法に依拠します。
第三に、文章・修辞・史学の規範です。詩の比興、春秋の微言、書の詔命文は、文章教育のモデルとなり、八股文以前の作文術の骨格を形づくりました。『左伝正義』の叙事法、『尚書正義』の奏議体の分析、『礼記正義』の条理の立て方は、史書執筆・法曹文書・科挙答案の模範形を与えます。
流通と継承――宋以降の刊本、明清の重刻、清考証学と『十三経注疏』
五経正義は、唐代の国家頒行を起点に、宋代の官刻(監本)で広く流布します。印刷術の普及により、南宋・元・明にかけて多様な刻本が生まれ、学派差を超えた共通の底本が形成されました。明清期には、校勘と重刻が進み、清末の阮元が集成した『十三経注疏』は、五経正義を中核に、各経の注疏を一体に収める決定版として長らく標準でした。近代の点校本は、異本を照合し、句読・標点・校記を整え、学習・研究の利便を高めています。
もっとも、継承は単純な固定化ではありません。清代考証学は、音韻・訓詁・金石学を駆使して、五経本文と古注の真偽・系譜を再検討しました。尚書の古文篇の真偽、礼記諸篇の由来、春秋三伝の相互関係など、正義が採った判断の一部は修正の対象となります。しかし、その場合でも正義の疏は参照枠であり続け、学説史の基準点として機能しました。すなわち、「正義に拠りつつ、正義を越える」というのが、近世以降の学術の基本姿勢でした。
東アジアへの波及――朝鮮・日本・ベトナムの官学と正義
朝鮮半島では、成均館と地方書院で五経正義が講義の基幹となり、科挙(科田・文科)の経義試験は正義準拠で運営されました。高麗・朝鮮王朝の法制・儀礼書にも、礼記正義や三礼疏の影響が濃く、冠婚葬祭の作法から外交儀礼に至るまで、正義の語彙が行政言語を規定しました。
日本でも、奈良・平安期に大学寮へ五経博士が置かれ、唐本の五経正義が教授・試験の根本となりました。律令国家の礼制(公事・朝儀)や外交文書作成の際、礼記・尚書の文例が参照され、和歌・漢詩・有職故実の学でも、詩・礼・春秋の教養が共有されました。江戸期の朱子学は四書中心に再編されつつも、礼制・有職の研究や国学との論争において、五経正義の語彙は重要な素材であり続けます。ベトナムでも科挙と文官教育の中心に位置し、阮朝末期まで正義の権威は維持されました。
方法と読解のコツ――「疏」をどう読むか、注疏のナビゲーション
五経正義に入門する際は、次の三点を意識すると理解が進みます。第一に、層の見取り図を持つことです。経→注→疏の順に読み、どこまでが原典、どこからが後世の解釈なのかを常に意識します。疏は諸説を並べるため、一見冗長ですが、対立点と採択理由を可視化するのが目的です。
第二に、制度と語義の往復です。礼記正義・尚書正義では、文字の意味と制度運用(礼法、官制、刑罰、田制)が絡み合います。字書・制度史の基礎資料(『釈名』『通典』等)を参照しつつ読むと、注疏の議論が立体的に見えます。詩正義では、地名・植物・楽律の注釈が多いため、地図や植物図、音楽史の基礎知識が助けになります。
第三に、学説史の視点です。疏は「正解の提示」であると同時に、学説の整理でもあります。どの説を退け、何を採ったか、その判断の基準(典拠の確かさ、文脈整合性、制度との整合)を意識すると、唐代知識人の合理性が見えてきます。清代考証学や近現代研究と突き合わせることで、正義の強みと限界を具体的に把握できます。
評価と意義――「国家の読み方」と学術の公共圏
五経正義の歴史的意義は、第一に、国家が古典の読み方を公共財化したことにあります。異説の多さは学術の豊かさである一方、行政運営には統一された実務言語が必要です。正義は、学術の自由と制度の安定の間に橋を架け、議論の土台(共通前提)を確立しました。
第二に、東アジア規模の知のインフラを形成したことです。正義は、紙・印刷・学校・試験という物的条件と結びついて、越境的に拡散しました。これにより、朝鮮・日本・ベトナムの学者が、時代と空間を超えて同じテキストを参照し、互いの議論を乗り入れできる「共通プラットフォーム」ができました。
第三に、注釈という営みの規範化です。五経正義は、資料批判・語義の確定・制度参照・異説の比較・採択理由の提示という、注釈学の方法論を可視化しました。近代的な学術の手続き(ピアレビューやメタレビュー)に通じる部分があり、東アジアの人文学に持続的影響を与えています。
同時に、限界も明確です。国家権威の背後で注釈が固着化し、異説の可能性や新証拠の導入が阻まれることがありました。とくに尚書古文の真偽、礼記諸篇の出自などは、後世の考証によって再検討が迫られました。したがって、五経正義を学ぶことは、権威をうのみにすることではなく、権威が作られた手順と論理を学び、必要に応じてアップデートする態度を身につけることでもあります。
テキストと版のガイド――どの版を読むか、どこから始めるか
学習者には、校勘の整った近代点校本(中華書局本など)の『十三経注疏』から入るのが無難です。まず『毛詩正義』『礼記正義』の短い篇を拾い読みし、注疏の構造に身体を慣らします。『周易正義』は王弼注の哲学的語彙に戸惑いやすいので、概説書と併読すると理解が進みます。『尚書正義』は制度語彙が多いため、用語集や制度史概説を手元に置くと読みやすく、『春秋左伝正義』は物語性が高く入りやすい反面、地名・氏族名の整理が必要です。各書で、疏が引く先行注(鄭玄・杜預・王弼)の性格を把握すると、議論の立体感が増します。
以上のように、五経正義は、古典解釈の「公定版」であり、同時に注釈学の営みそのものの手本です。テキストとしての強度、制度としての射程、地域横断の流通という三つの面で、東アジアの長期的な知の風景を形づくりました。現代の私たちが向き合うときは、注疏のロジックを読み取り、必要に応じて新たな資料・方法で検証しながら、古典と公共性の関係――国家がどのように「正しい読み」を作り、社会がそれをどう受け止め・更新してきたのか――を具体的に考えることが重要です。

