アッラーという語とイスラームにおける唯一神観
「アッラー(Allāh)」はイスラームにおいて唯一絶対の神を指す言葉であり、信仰の核心をなしています。その語源はアラビア語で「神」を意味する一般名詞「イラーフ(ilāh)」に定冠詞「アル(al-)」が付いた「アル=イラーフ(al-ilāh)」が縮約された形とされ、「唯一の神」という意味を持ちます。すなわち「アッラー」とは固有名詞であると同時に、ただ一人の創造神を指す普遍的な概念でもあります。
イスラームにおいては「ラー・イラーハ・イッラッラー(lā ilāha illā Allāh=アッラーのほかに神はなし)」という言葉が信仰告白(シャハーダ)の中心に据えられており、これは単なる宗教上のスローガンではなく、イスラーム的世界観の根幹を表すものです。すなわち、宇宙を創造し、維持し、裁きを行う唯一の神が存在し、その神こそアッラーであるという強固な一神教的立場が徹底されています。
イスラーム以前のアラビア世界とアッラー観
「アッラー」という語自体はイスラーム以前からアラビア世界で用いられていました。イスラーム成立以前のアラビア半島は多神教的環境にあり、部族ごとに多様な神々を崇拝していました。しかしその一方で、「最高神」としての「アッラー」への信仰も存在していたことが知られています。ただし、当時のアッラーは他の神々と並存する存在とされることも多く、必ずしも唯一神として理解されていたわけではありませんでした。
ムハンマドが啓示を受け、イスラームが成立すると、この「アッラー」が唯一絶対の存在として明確に位置づけられました。イスラームはアラビアの多神教を否定し、「アッラーこそ唯一の神であり、ほかに神は存在しない」とする教義を打ち出しました。この点で、イスラームはアラビア社会における宗教観を根本的に変革したといえます。
アッラーの属性とイスラーム神学
イスラーム神学において、アッラーは全知全能にして慈悲深い神とされています。クルアーン(コーラン)には「アッラーの最も美しい名(アル=アスマーウル=フスナー)」と呼ばれる99の属性が列挙されており、その中には「慈悲深き者(アル=ラフマーン)」「慈愛深き者(アル=ラヒーム)」「王(アル=マリク)」「創造者(アル=ハーリク)」などが含まれます。これらはアッラーの本質を人間が理解するための表現であり、イスラーム信仰者は日常生活の中でこれらの名を祈りや誓いに用います。
アッラーの超越性は極めて強調されており、形象化や擬人化は厳しく禁じられています。偶像崇拝はイスラームにおいて最大の罪(シルク)とされ、アッラーを他の存在と同列に置くことは徹底的に否定されます。この点において、イスラームの神観はユダヤ教やキリスト教の神観と連続性を持ちつつも、より徹底した一神教的純粋性を追求しています。
ユダヤ教・キリスト教との関係
イスラームは、ユダヤ教やキリスト教と同じアブラハム系宗教に属しています。そのため、イスラームにおける「アッラー」は、ユダヤ教における「ヤハウェ」、キリスト教における「デウス(Deus)」と同一の唯一神であると理解されます。クルアーンにも、アッラーがモーセやイエスに啓示を与えたと記されており、イスラームはこれらの預言者たちを認めています。ただし、イスラームではキリスト教の三位一体説を厳しく否定し、イエスを神の子ではなく偉大な預言者と位置づけます。
このように、アッラーはユダヤ教・キリスト教の神と連続性を持ちながらも、イスラーム独自の純粋一神教的枠組みにおいて再定義された存在であるといえます。
アッラー信仰の歴史的意義
アッラー信仰の意義は、単なる宗教的概念を超えて、イスラーム世界の社会・文化・政治を形成する根本原理となった点にあります。すべての人間が唯一神アッラーの被造物であるという思想は、イスラーム共同体(ウンマ)の平等観や一体感の基礎となりました。さらに「アッラーへの服従(イスラーム)」という理念は、宗教生活のみならず、法(シャリーア)、政治、倫理にまで浸透し、イスラーム文明の独自性を形作りました。
また、アッラーという概念はイスラーム世界の芸術や文学にも大きな影響を与えました。モスク建築に施されるアラベスクやカリグラフィー(書道)は、偶像崇拝を避けつつアッラーを讃える表現手段として発展しました。クルアーンの朗誦(タジュウィード)も、神の言葉を美しく響かせる行為として重視されています。
総じて「アッラー」は単なる神の呼称ではなく、イスラーム文明全体を貫く根源的な思想の象徴であり、その理解はイスラーム世界の歴史と文化を解明する鍵となります。

