アラベスク(arabesque)は、反復する幾何学文様と流麗な植物唐草、そしてカリグラフィ(書字装飾)を組み合わせた装飾スタイルを指す用語です。中世以降のイスラーム美術を代表する語として広く用いられますが、その起源は地中海世界と西アジアのさまざまな装飾伝統が交差する中で成熟したものです。壁面・床・天井から、書物・工芸・織物・金属器にいたるまで多様な媒体を飾り、視線を連続的に導くリズムと、途切れぬ生成を思わせる無限性を特徴とします。
「アラベスク」という語は近世ヨーロッパで生まれた命名で、16世紀イタリア語 arabesco(「アラブ風」)がフランス語を経て普及しました。イスラーム世界そのものでは、幾何学的帯模様を指すギーリー(girih)、蔓草文様を指すイスリーミー(eslimi/arabesque)、写本装飾を意味するテズヒップ(tezhip)など、より細分化された語が用いられます。したがって本稿の「アラベスク」は、イスラーム世界で発達した非具象の装飾語彙を広く総称する便宜的名称として理解します。
アラベスクの価値は単なる「禁像の結果」という説明に尽きるものではありません。確かに聖所や礼拝空間では偶像表現を避ける傾向が強いですが、王宮壁画や器物には写実的・動物的な表現も存在しました。むしろ肝心なのは、幾何学・植物・文字が相互に呼応する総合的な造形言語が育ち、秩序と変化、単純と複雑のバランスが、宗教的・知的・感覚的な満足を同時に与えたという点です。
定義と起源:地中海の装飾伝統とイスラームの成熟
アラベスクの源流は、一方で古代ギリシア・ローマ以来の蔓草(ヴィネ・スクロール)やアカンサス意匠、ビザンツのモザイク・象眼・写本装飾にあり、他方でサーサーン朝の織文やスタッコ装飾に見られる連鎖文様に求められます。7~8世紀以降、イスラーム帝国の拡大に伴い、これらの要素がシリア、イラク、エジプト、イラン、マグリブ、アル=アンダルスへと広がり、モスク・宮殿・浴場・住居・器物の装飾として混淆しながら再構成されました。
ウマイヤ朝の大モスク(ダマスクス、エルサレム)や砂漠離宮の壁画・モザイクには、初期の植物スクロールと幾何学の統合が見られます。アッバース朝期には、編み紐状の連結と星型分割を基本とする幾何学文様が洗練し、同時にクーフィー体の角張った書字が建築・器物の帯文として広く用いられました。以後、ファーティマ朝、セルジューク朝、マムルーク朝、ナスル朝(アルハンブラ宮殿)など各地域の王朝が、石膏彫刻・タイル・木工・石造の技術を駆使して、地域色に富むアラベスクを成熟させていきます。
「アラベスク」は単独のモチーフではなく、「無限に延びる」装飾の仕組みです。格子や星形分割による下絵(コンパスと定規で作る作図体系)に、蔓草・蕾・葉・パルメットを重ね、さらに文字帯・章題枠・メダイヨンでリズムを与える——こうした多層性が視覚的快楽と精神的集中を同時に生み出しました。
造形要素と技法:幾何・植物・カリグラフィの三位一体
幾何学文様は、アラベスクの骨格です。正三角形・正方形・正六角形を基本に、対角線と弧の反復で星形(8角星、10角星、12角星など)やロゼットが生成されます。帯状の編み紐(ストラップワーク)を組み合わせるギーリー(girih)は、とくにイラン圏で高度に発達し、五つの基礎タイル(デカゴン、ボウタイ等)を繰り返すことで大面積に破綻なく展開できる強みを持ちます。こうした作図は数学的厳密さに支えられつつも、職人の勘と比例感覚が大きな役割を果たしました。
植物唐草(イスリーミー)は、幾何の骨格に生命感を与えます。蔓はS字・C字の曲線で伸び、蕾(バド)、パルメット、ハタイ(仮想の花)、ザクロやブドウの房などが節度ある抽象化で連なります。自然主義的写生ではなく、反復の秩序と曲線の推進力で「生長のイメージ」を表すのが狙いです。時に幻想的な怪物草(アラビスク・モンスティエ)や動物文を織り込むこともありますが、全体のリズムを壊さないよう抑制が効いています。
カリグラフィ(書字装飾)は、言葉そのものを文様化します。古いクーフィー体は建築の帯文や写本の欄外を直線的に締め、後期のナスヒー体やスルス体は流線で唐草に寄り添います。アラベスクに文字を統合することで、啓典の章句、祈祷文、建立銘、王名・寄進者名が、装飾の一部として意味を持ちます。文字は可読性を保ちつつも、線の太細・払いや連綿で音楽的なリズムを生みます。
媒体と技法は多岐にわたります。建築では、石膏(スタッコ)の浅彫り、彩釉タイル(ズィッリージュ、クエルダ・セカ、ハーファ・ナッカーシー)、煉瓦組積の目地で文様を出す手法、木製格子(マシュラビーヤ)、金属扉の象嵌(ダマスキン)、大理石象嵌(ピエトラ・ドゥーラ)などが用いられました。工芸では、金銀象嵌の真鍮器、インターシャ(寄木)や螺鈿、絨毯の織り文、写本の金地彩飾(イルミネーション)などが代表的です。媒体が変わっても、反復・連結・流線という共通の「文法」が維持されます。
地域と時代の展開:アンダルスからオスマン、サファヴィー、ムガルへ
アル=アンダルス(イベリア)では、ナスル朝グラナダのアルハンブラ宮殿がアラベスクの総合美術館のような位置を占めます。スタッコの微細彫刻、サテンのような光沢のタイル、詩句の帯、アーチの連なりが、光と水の反射と相まって「終わりなき反復」の空間を作り出しました。マグリブではモロッコのズィッリージュが幾何学タイルの極致を示し、都市空間の壁面全体を抽象の織物に変えました。
マムルーク朝(エジプト・シリア)は、石造建築の層状装飾と金属器の象嵌で知られ、円盤状のメダイヨンにアラベスクとベンダール(帯模様)を巧みに配しました。書字紋章(ベンダー)や幾何の枠に唐草を絡ませるデザインは、後世のオスマンにも継承されます。
オスマン帝国では、トプカプ宮殿やブルサ・イスタンブルのモスク群に、コバルト青とトルコ青(イズニック・タイル)の鮮烈な色面が展開しました。ラーレ(チューリップ)、カーネーション、ヒヤシンスなど花卉の自然主義的モチーフが、幾何と唐草に柔らかく接続されるのが特色です。一方で書字は大規模な円形章(トゥグラ)や長大な帯で威厳を示し、建築と工芸の双方でアラベスクの語彙が更新されました。
イランのサファヴィー朝は、エスファハーンの王のモスク・ロトフォッラー・モスクに見られるように、タイル全面に広がる青の宇宙と、黄・白・緑の微妙な配色が特徴です。ギーリーとイスリーミーが緊密に絡み合い、穹窿内部では星型分割が宇宙論的な秩序を示します。ペルシア絨毯は、メダイヨン中心に放射状の唐草を展開し、繊維の世界でアラベスクの複雑さを極限まで高めました。
南アジアのムガル帝国は、ペルシア語文化の継承の上に、ピエトラ・ドゥーラ象嵌(アグラのタージ・マハル等)や写本彩飾で華麗なアラベスクを示しました。ムガル朝では花卉の写実性が高まり、植物学的正確さと抽象秩序の折衷が生まれます。ラージプトの宮廷やデカンの工芸でも、アラベスクは地域語彙と結びつきました。
意味・機能と近代以降の受容:無限性の美学からデザイン資源へ
アラベスクは、礼拝空間で信者の注意を唯一神へ指向させる補助線として機能しました。具象像の不在は、むしろ秩序立つ反復と流動で空間を満たし、視線を彷徨わせながら集中へ導きます。数学的規則性は「統一の下の多様性」を可視化し、唐草の曲線は生命の循環を暗示します。こうした象徴性は説明抜きに感覚へ訴え、宗教を超えて普遍的な魅力を持ちます。
近世ヨーロッパでは、イスラーム由来の幾何・蔓草の語彙が「モレスク(moresque)」や「アラベスク」と呼ばれて装飾芸術に吸収され、装丁・版画・金工・ロココのスクロール装飾にも影響を与えました。近代以降は、ウィリアム・モリスの壁紙やアール・ヌーヴォーの曲線美学、20世紀後半のパターンデザインにも再解釈が見られます。現代のグラフィックやUIデザインでは、タイルリングやレスポンシブ・パターンの考え方として、アラベスクの「システムとしての美」が応用されています。
また、数学・結晶学の視点から、イスラーム幾何文様の一部が準結晶的配置(長距離秩序と周期性のない対称)を示す可能性が指摘され、歴史的技法の高度さが注目されてきました。教育現場では、コンパスと直定規による作図を通じて、比・対称・反復の概念を体感的に学ぶ素材として用いられています。
最後に用語の混同に注意します。日本語で「アラベスク」は、①本稿の装飾美術、②バレエの基本ポーズ(片脚を後方に水平に伸ばす形)、③音楽曲名(ドビュッシー《アラベスク》などの自由な装飾的小品)を指す場合があります。試験やレポートでは文脈を明示し、装飾史を扱う際は幾何・唐草・カリグラフィの三要素、代表作(アルハンブラ、イズニック、エスファハーン、タージ・マハル等)、主要技法(ズィッリージュ、クエルダ・セカ、スタッコ、象嵌)をセットで説明すると理解が深まります。
総括すると、アラベスクはイスラーム世界の長い交流史が生んだ「線と反復の言語」であり、数学と植物的生命感、言葉の聖性が結びついた稀有な造形体系です。宗教・王権・市民生活を横断する装飾として空間体験を設計し、近代以降は世界のデザイン資源として再解釈され続けています。秩序と変化を両立させるこの装飾思想は、過去の遺産であると同時に、現代の設計課題にも応える普遍性を備えていると言えます。

