インド共和国は、南アジアに位置する多民族・多言語・多宗教国家で、1950年に憲法が施行されて現在の共和国体制が始まりました。面積・人口ともに世界上位を占め、古代からの文明圏を基層に、植民地支配からの独立、計画経済と民主主義の定着、経済自由化と情報化を経て、今日では地域大国かつ世界政治・経済の重要なアクターとして振る舞っています。国家の柱は、成文憲法にもとづく議会制民主主義、連邦制、世俗主義(セキュラリズム)、司法の独立です。多数の言語・宗教が共存し、中央と州が分権しながら行政を担い、市民権の保障と社会的弱者保護のための政策が重ねられてきました。本稿では、成立と憲法秩序、政治制度と連邦、経済・社会の変容、対外関係と現代の課題という四つの視点で、インド共和国の全体像をわかりやすく整理します。
成立と憲法秩序:独立、憲法制定、共和国化
インドは1947年に英領インドから独立し、英連邦王国として自治を開始しました。同年、宗教構成や政治状況を背景に英領が分割され、主としてヒンドゥー教徒が多い地域を中心にインド連邦、ムスリムが多数を占める地域を中心にパキスタンが成立します。この分割は大規模な住民移動と暴力を伴い、新国家の出発点に深い影を落としました。
独立直後、制憲議会が招集され、1949年11月に新憲法が採択、1950年1月26日に施行され、インドは「主権・社会主義・世俗的・民主共和国」を標榜する共和国(Republic of India)となりました。憲法は膨大な条文と付表からなり、基本権(言論・信教・集会・職業選択の自由、法の下の平等など)を列挙するとともに、国家の行為目標として「国家政策の指針(Directive Principles of State Policy)」を掲げます。選挙権は成人普通選挙にもとづき、議会は二院制(下院ローク・サバー、上院ラージャ・サバー)です。憲法はまた、言語・文化・教育に関する少数者権や、指定カースト(SC)・指定部族(ST)への留保(リザベーション)制度の根拠、州再編や緊急事態の宣言手続きなど、国家運営の多様な局面を詳細に規定しました。
最高法規としての憲法は、司法審査(Judicial Review)を通じて守られ、最高裁は基本構造(Basic Structure)論をもって改憲の限界を画します。この原理は、議会の多数派であっても民主主義や法の支配、権力分立、連邦制といった憲法の核を損なう改変は許されないとする考えで、インドの立憲主義の要となっています。憲法は複数回の改正を経て、選挙制度・地方分権・所有権と土地改革・緊急事態条項の運用などに手当てが加えられてきました。
宗教と国家の関係をめぐっては、「世俗的(secular)」という語が憲法前文に明記され、国家が特定宗教に偏らず、信教の自由と宗教間の平等な扱いを保障する姿勢が確認されました。もっとも、個人身分法(婚姻・相続・養子など)には宗教共同体ごとの規定が並立するため、統一民法(Uniform Civil Code)の是非など、世俗主義の運用をめぐる議論は現在も続きます。
政治制度と連邦:議院内閣制、州の自律、地方分権
インドの国家元首は大統領で、象徴的・儀礼的権能とともに一定の任命・緊急権限を持ちますが、行政の実権は首相と閣僚からなる内閣に属します。下院で多数派を得た政党または連合の指導者が首相に任命され、内閣は議会に対して連帯責任を負います。選挙制度は下院が小選挙区制(相対多数)を基本とし、上院は州議会等による間接選出を中心に構成されます。政党政治は、独立後長らく国民会議派(コングレス)が優位を保ちましたが、1970年代末以降は多党化が進み、地域政党の台頭、連立政権の周期化を経て、21世紀には全国政党の競合と州政治の多様化が併存する構図となりました。
連邦制は、強い中央と自律的な州の組み合わせが特徴です。旧藩王領の統合と民族・言語・歴史を踏まえた州再編を経て、現在は複数の州(States)と連邦直轄地(Union Territories)から成ります。憲法は立法権限を連邦リスト・州リスト・共同リストに配分し、中央が通貨・国防・外交・通信などを、州が警察・保健・教育・農業などを主に担います。ただし財政と計画の面で中央の影響は強く、歳入配分や補助金、特別計画を通じた政策調整が行われます。州の長は知事で、中央から任命されるため、州—中央関係には政治的緊張が内在します。
地方分権では、1990年代に第73・第74次憲法改正が行われ、農村のパンチャーヤト(村・郡・県の三層評議会)と都市の自治体に憲法上の地位が与えられました。これにより、女性や指定カースト・指定部族のための議席留保、地方財政委員会の設置、住民参加の制度化が進み、教育・保健・上下水道・道路・市場管理などの基礎サービスで住民参加型のガバナンスが広がりました。
インド政治の近現代史では、非常事態(1975~77年)における公民権停止や検閲強化、選挙敗北を通じた政権交代、1990年代以降の連立政治、1991年の経済自由化をめぐる政策論争、宗教・言語・地域のアイデンティティ政治の台頭、情報化とメディアの変容、選挙委員会の運用改善など、民主主義の強靭さと脆弱さの両面が繰り返し現れました。最高裁や選挙委員会、監察機関(CAG等)といった独立機関は、統治の牽制役として重要な役割を果たします。
経済と社会:計画、自由化、多様性、福祉
独立直後のインドは、重工業と基盤整備を重視する計画経済(混合経済)を採用し、公共部門の大企業群(鉄鋼・エネルギー・機械・通信)と、輸入代替の保護政策を柱に産業化を進めました。農業では「緑の革命」により高収量品種や灌漑、化学肥料が導入され、小麦などの生産性が大きく向上しました。これにより食料安全保障は改善しましたが、地域間格差や環境負荷、農業構造の硬直化といった課題も残しました。
1991年、外貨危機を契機に経済自由化・規制緩和・貿易開放が断行され、関税の引き下げ、為替制度の改革、許認可の簡素化、民営化の推進が進みました。2000年代以降、ITサービス、ビジネス・プロセス・アウトソーシング、通信、小売、製薬、自動車、ソフトウェアといった分野が成長し、都市圏を中心に中間層が拡大します。他方、農村・零細部門・非正規雇用の比重が依然として高く、インフォーマル経済の整備、労働者保護、社会保障の普遍化、都市インフラの拡充が継続課題です。
社会政策では、貧困削減と包摂のための制度が整えられてきました。食料配給(PDS)、農村雇用保障(MGNREGA)、初等教育の無償化と就学支援、学校給食、母子保健、識字プログラム、住居・トイレ建設支援、基礎医療保険、アドハー(識別番号)を活用した給付の直接送金などが順次導入・拡充されています。さらに、指定カースト・指定部族・後進階級(OBC)に対する高等教育や公務就職での留保制度は、機会均等と代表性の確保を狙う措置です。ジェンダー平等、児童婚や持参金慣行の抑制、家内労働・ケア労働の可視化、女性の政治参加拡大(地方評議会での女性割当)も重要な政策分野となっています。
文化・言語の多様性はインド社会の大きな特徴です。連邦レベルでは複数の言語が「公用語」として列挙され、中央の補助公用語として英語が広く使用されます。ヒンディー、ベンガル、テルグ、マラーティー、タミル、グジャラート、マラヤーラム、カンナダ、パンジャービー、ウルドゥーなど大言語に加え、多数の地域言語と少数言語が生活世界を彩ります。宗教もヒンドゥー、イスラーム、キリスト教、シク教、仏教、ジャイナ教、ゾロアスター教などが共存し、祝祭・儀礼・食文化・芸能・衣装・映画(ボリウッドや地域映画)の領域で豊かな表現が展開します。
都市化とメガシティの成長は、住宅、交通、上下水道、廃棄物管理、公衆衛生、環境負荷の管理の喫緊の課題を生みました。デジタル化・モバイル普及・オンライン決済は、行政と市場の効率化を後押しする一方、プライバシーやプラットフォーム規制、労働の非正規化といった新たな論点ももたらしています。気候変動の影響—猛暑・洪水・水資源の偏在—に対する適応策とエネルギー転換は、国家戦略の中核的テーマとなりました。
対外関係と現代の課題:非同盟から多角外交へ
インドの外交は、独立直後から非同盟を旗印に、主権平等と反植民地主義、国際協調を掲げてきました。冷戦期にはソ連との協力を軸に、米国や中国との距離感を調整しつつ、第三世界の連帯を主導します。1971年の印パ戦争とバングラデシュ独立支援は、地域安全保障の転換点でした。1990年代以降は経済自由化を背景に、米国やEU、東アジアとの関係を深め、原子力協力やハイテク協力、投資・サプライチェーンの連結を進めています。
地域政策では、南アジア地域協力連合(SAARC)やベンガル湾多分野技術経済協力(BIMSTEC)を通じて、貿易・エネルギー・交通連結性の向上を図ります。インド洋では海上交通路の安全確保、対海賊・災害救援、沿岸国との協力が重要で、海軍の近代化と港湾・造船の整備が進みました。対中関係は協力と競合を併せ持ち、国境問題や経済関係のマネジメントが安全保障上の焦点です。対パキスタン関係では、領土・テロ・相互不信が構造的課題として残り、対話と緊張緩和の試みが周期的に行われます。
国際秩序の議題では、国連安保理改革、気候変動交渉(共通だが差異ある責任の原則)、エネルギー移行、グローバル・サウスの代表性強化、デジタル公共財と開発協力、保健危機対応、宇宙・サイバー規範などで、インドは積極的な立場を示しています。経済面では製造業強化とインフラ整備、スタートアップの育成、農業の持続可能性、技能教育、人材移動の円滑化、都市ガバナンスの近代化が優先課題です。
現代の政治・社会においては、宗教間・民族間の調和、言論の自由と表現空間、司法の独立と行政の説明責任、データ保護と監視技術の統制、選挙資金の透明性、地方分権の深化、環境と開発のバランスなど、多面的な論点が並びます。民主主義の運用における制度的強靭性—自由で公正な選挙、独立機関の自律、メディアの多元性、市民社会の活力—は、巨大で多様な社会を統治するうえで不可欠の土台です。
総じて、インド共和国は、長い歴史と多様な文化を背負いながら、成文憲法にもとづく民主主義と連邦制を実験し続けてきた国家です。独立から現在に至るまで、体制の自己修復力と社会の活力に支えられ、貧困削減・教育と保健の改善、産業と技術の育成、国際的プレゼンスの拡大を段階的に積み重ねてきました。他方で、包摂と公正、自由と安全、開発と環境の均衡をどう図るかという問いは、今後もインドの国家運営の核心であり続けます。こうした多層の課題を抱えつつも、制度の更新と市民の参加により、インドは21世紀の世界における重要な公共圏の担い手であり続けるのです。

