ヴァルナとは、古代インドにおける人々の社会的役割と宗教的義務を四大区分に整理した枠組みを指します。しばしば「カースト制度」と同一視されますが、実際には理論的な四区分(ブラーフマナ、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ)を表す観念的モデルがヴァルナであり、地域に根ざした多数の血縁・職能集団(ジャーティ)とは区別されます。ヴァルナは古代の祭式中心社会で均衡と秩序を与える理念として整えられ、身分の上下や職業の分担、婚姻や食事の規範、清浄・不浄の感覚などを方向づけました。他方、歴史が進むにつれてジャーティの実態が複雑化し、植民地統治や近代法の影響も加わって、ヴァルナとジャーティの関係は地域・時代によって大きく変化しました。現代インドでは、憲法により不可触民視の慣行が否定され、差別撤廃と平等の原則が掲げられる一方、社会的実践としての差異はなお残存しています。以下では、ヴァルナの起源、四区分の内容、ジャーティとの関係と歴史的展開、近代以降の変容という観点からわかりやすく整理します。
起源と概念:聖典と社会秩序の接点
ヴァルナという語はサンスクリットで「色・類」を意味し、人間社会を一定の性質と役割で区分する発想を表します。古代ヴェーダ文献、とくに『リグ・ヴェーダ』の「プルシャ讃歌(プルシャ・スークタ)」は、宇宙的人格の身体から四つの区分が生じたと語り、宗教的起源譚によって社会秩序の必然性を示しました。のちの法文献(『マヌ法典』など)は、各区分に付随する義務(ダルマ)や許容される生業、婚姻規範、清浄観を詳述し、祭式共同体と日常生活を結びつけました。ここで重要なのは、ヴァルナが単なる職業ギルドではなく、宇宙秩序(リタ)と人間の義務(ダルマ)を接合する道徳神学的モデルとして構想された点です。
四区分は階層の上下だけでなく、社会機能の分業をも意味しました。典礼・学知を司る者、統治と武にあたる者、交易と生産に従事する者、他の三者を奉仕する者という役割の連携により、共同体が維持されるという考え方です。輪廻(サンサーラ)と業(カルマ)の思想は、各人が現在の身分でダルマを果たすことに宗教的意義を与え、秩序に対する内面的承認を育てました。ただし、これらは理想的描像であり、歴史の現場には流動性や例外も多く存在しました。
言葉遣いについて補っておくと、日本語で「ヴァルナ」は同音の別語と混同されやすいです。例えば海神・戒律の守護神であるヴァルナ(Varuṇa)は全く別の神格であり、またブルガリアの都市ヴァルナ(Varna)とも無関係です。本稿で扱うのは社会区分としてのヴァルナです。
四つのヴァルナと規範:ダルマ・清浄観・通婚圏
第一にブラーフマナ(祭司・学者層)です。ヴェーダの学習と伝承、祭式の執行、倫理・法・天文・医学などの学知の保持を任務とし、宗教的清浄性の保持が最重要とされました。理想像としては質素・禁欲・寛恕が強調され、利潤追求や暴力の職能から距離を置くことが望ましいとされました。社会的威信は高い一方、経済基盤は王侯や村落からの布施・給付地(アグラハーラ)に依存することが多く、地域の権力構造と密接に関係しました。
第二にクシャトリヤ(王侯・武人層)です。統治・防衛・課税の執行・司法の維持を担い、勇気・寛大・規律が徳目とされました。叙事詩『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』は、クシャトリヤ的倫理(名誉・誓約・保護の義務)を物語の核に据え、支配者のダルマと祭司のダルマの相補性を描きます。実際の政治では、王権が祭司の承認(王権儀礼)を必要とし、祭司は王権の保護を要するという相互依存がありました。
第三にヴァイシャ(庶民・生産者・商人層)です。農耕・牧畜・交易・金融など多様な生業に従事し、村落共同体の経済を支える中心でした。古代から中世にかけての市場発展や遠隔交易の拡大は、ヴァイシャ層の自立と共同体組織(ギルド、商人組合)の発展を促しました。寄進・寺院経済の支援を通じて文化・宗教活動に大きな影響を与え、都市文化の担い手ともなりました。
第四にシュードラ(奉仕民)です。他の三ヴァルナに奉仕する労働を担う層として規定され、農作業、職人労働、雑務など広範な実務を担いました。法文献は学習や祭式参加の制約を記しますが、実地の歴史には技能職人や軍事従事者、資産を持つ地主的シュードラなど、多様なあり方が確認されます。すなわち、文献上の規範と地域社会の実態にはしばしば差異があったのです。
四ヴァルナの外側に置かれる集団についても触れておく必要があります。後代の文献や社会通念は、特定の職業(死や屠殺、皮革、清掃と結びつく職能)に携わる人々を「不可触」とみなし、接触や共食を忌避する慣行を生みました。これはヴァルナの理念を越えた実践的区別であり、のちのジャーティ秩序と結びついて差別の制度化へと傾きました。清浄・不浄の観念は食事規範(共食の範囲)、婚姻圏(同族内・同等間の通婚)、住居区分、井戸や寺院の使用権など日常の細部にまで浸透しました。
婚姻については、原則として同等ヴァルナ内での通婚が理想とされ、上下婚や異ヴァルナ婚は例外的・限定的に扱われました。もっとも、叙事詩や地方伝承には異例の婚姻や身分上昇の物語が存在し、社会流動性の可能性を文化的に示唆します。儀礼的上昇を目指して上位習俗を取り入れる動き(後世に「サンスクリタイゼーション」と呼ばれる現象)も、集団戦略として観察されます。
ヴァルナとジャーティ:制度の二層構造と歴史的展開
ヴァルナは理念的四区分ですが、実際の社会を編成したのは数千に及ぶジャーティ(生得的・職能的な小共同体)でした。ジャーティは地域・言語・宗派・職能で細分化され、独自の評議会や慣習法、教育・相互扶助の仕組みを持ちました。各ジャーティは自らを四ヴァルナのどこかに位置づけようとし、名誉や儀礼上の序列を競いましたが、その対応は常に一対一ではなく、多義的でした。たとえば商人ジャーティが自らをヴァイシャと主張しても、地域の上層集団がその主張を認めるとは限らない、といった相対性がありました。
中世には王朝と寺院経済、行路の安全を守るギルド、農村の共同体規範が絡み合い、ジャーティ相互の役割分担が地域的均衡を生みました。バクティ運動は、神への個人的献身を重視し、儀礼序列を相対化する信仰の道を広めました。ジャイナ教や仏教の平等主義的要素も、時に身分的序列への批判を支えましたが、社会の基層でヴァルナ的価値観が消滅することはありませんでした。
近世から近代にかけて、ムガル帝国の行政と徴税、のちのイギリス植民地統治は、ジャーティの再編に大きな影響を与えました。とりわけ植民地期には、国勢調査や法律のために集団が固定的に分類され、地元の柔軟な身分交渉が「公式化」される過程が進みました。分類表に合わせて自己申告の再交渉が起こり、名誉の獲得をめぐる政治が強化されました。ある研究者は、近代国家の統治技術が伝統的身分秩序を「発明」し直した側面を指摘しますが、一方で、現地の長い慣習と宗教観が根強く近代制度を受け止め、両者が重なり合って現実の社会を形づくったという見方も成立します。
独立後のインドでは、憲法が身分差別を禁じ、不可触民視の慣行を違法としました。指定カースト(SC)・指定部族(ST)・その他後進階層(OBC)といった行政カテゴリーに基づく教育・雇用の留保措置(リザベーション)は、歴史的な不利を是正する手段として整備されました。こうした政策は社会移動の機会を開く一方、地域政治の文脈では身分アイデンティティの再動員を促し、選挙や資源配分をめぐる新たな駆け引きを生みました。すなわち、ヴァルナの理念とジャーティの実態は、法と政治の近代的枠組みの中で再定義され続けているのです。
思想的評価と現代的論点:平等・宗教・法の交差点
ヴァルナ秩序は長らく社会的安定と役割分担を支える規範として機能しましたが、近代の平等・人権の観点からは厳しい批判の対象となりました。学者・改革者・宗教者は、ヴァルナが個人の尊厳と自由を抑圧し、差別を正当化する装置になってきた側面を指摘しました。とりわけ不可触視の慣行は、宗教倫理の名を借りて社会的排除を固定化したとして批判され、法的禁止と教育・経済政策の総合的な改革が進められました。
宗教内の議論も多様です。ヒンドゥー教改革運動は、聖典解釈を刷新し、ヴァルナを道徳的・象徴的区分として再解釈する試みを行いました。「出生ではなく行為が決める」という古い格言を取り上げ、実践的徳目の重視を説く立場もあります。他方、被差別集団の指導者や仏教改宗運動などは、出生による身分拘束を根本的に否定し、宗教共同体の外に救済を求める選択を提示しました。こうした多方向の動きは、宗教と社会正義の接点をめぐる現代インドの豊かな思索を生んでいます。
社会学の領域では、清浄/不浄という象徴体系が身分秩序の中核であるという見解、逆に国家・市場・暴力装置といった外的要因が身分秩序を再生産しているという見解など、理論的立場が併存します。生活実践の調査は、職業の多様化や都市化、教育と移動の拡大が身分の境界を揺るがしている実態を示しつつも、婚姻網や親族ネットワークにおける同族通婚の粘り強さも明らかにしています。つまり、ヴァルナ的価値観は否定されつつも、家族戦略や地域コミュニティの利益に絡み合って、しぶとく持続するのです。
比較史の観点からは、古代インドのヴァルナは、古代ギリシア・中国・イスラーム世界の身分秩序と同様、宗教・法・経済・暴力の複合体として理解するのが有益です。農業生産と租税、典礼と知の独占、武力の行使、都市商業の発展と貨幣経済の浸透のどれが優勢かによって、身分秩序の重みづけは変化しました。ヴァルナは普遍的な固定公式ではなく、歴史の中で姿を変える「語りの装置」であり、権力と道徳を正当化する言説としての機能を持ち続けたのです。
最後に誤解を避けるための補足です。現代の教科教育では、便宜上「四姓制度(四ヴァルナ)」と「カースト(ジャーティ)」を併記し、違いを強調する記述が一般的になっています。とはいえ、歴史の現場では両者はしばしば重なり合い、解釈の余地が大きいまま運用されてきました。地域差・宗派差・時代差を前提にしつつ、ヴァルナを固定的で一枚岩の制度としてではなく、宗教思想と社会実践の交差点に立ち現れる可変的な枠組みとして理解することが大切です。そうした視点に立つと、ヴァルナは古代の遺物ではなく、近現代の法、政治、教育、都市化の中で意味づけを変え続けている概念として見えてきます。

