獲得経済 – 世界史用語集

獲得経済(かくとくけいざい)とは、人びとが自然界にすでに存在する資源――野生の動植物、魚介、木の実、蜂蜜、水や塩など――を採集・狩猟・漁撈という手段で手に入れて生活を営む経済のあり方を指します。田畑で作物を育てたり家畜を飼ったりして、計画的に食料を「生産」するのではなく、季節のめぐりや生態系の回復力を見極めながら、必要なときに必要な量を自然から獲得するのが基本です。人類史では旧石器時代から中石器時代、地域によっては新石器時代の一部に至るまでの長大な期間、地球のほとんどの地域で主流だった生活様式であり、現代でも北極圏や熱帯雨林、砂漠周縁などに、様々な形でその技術や知恵が受け継がれています。獲得経済を理解することは、農耕や牧畜を基盤にした「生産経済」との対比だけでなく、人間が自然とどのように付き合い、分配や協力、知識の共有をどのように組み立ててきたかを知る鍵になります。

獲得経済の特徴は、移動性が高く、資源の季節的な偏りに合わせて柔軟に生活圏を変えること、家財や住居が軽量・簡便であること、道具や技法が環境に適応して精緻化していること、そして社会関係が血縁や婚姻を超えて、食料の分配や相互扶助を軸に編まれていることです。生産手段(畑や家畜群)の所有が限定的なため、富の固定化が進みにくく、地位や権威は個人の狩猟技術や知恵、交渉力、寛大さ(分配の手腕)などで測られがちです。こうした点は「平等主義的」とも言われますが、実際には性・年齢・技能による役割分担が存在し、自然と社会の制約の中で多様なバランスをとっています。本稿では、資源利用と移動、技術と道具、社会組織と分配、環境への影響と持続性、そして生産経済への移行(農耕革命)との関係を、世界の事例と考古学の知見を交えながらわかりやすく解説します。

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資源と季節に寄りそう暮らし:移動・テリトリー・生態学的知識

獲得経済の出発点は、地域の生態系を精密に読み解くことにあります。例えば、北方のツンドラでは大型獣(トナカイ、バイソン、マンモスに相当する旧石器期の種など)の回遊ルートを把握し、狩猟のタイミングを群れの動きに合わせます。温帯の森林では、春の山菜、夏の魚群、秋の堅果(ドングリ・クリ・クルミ)、冬の小獣や保存食材といった季節サイクルを縦糸に、標高や湿度による植生帯の違いを横糸にして、年周の予定表(サブシステンス・ラウンド)を組みます。熱帯雨林では、果実の結実周期や河川の増減水、蜂の営巣場所、薬用植物の採取地など、きわめて多様な知識が必要です。

生活圏は固定的な境界線で区切られるというより、親族や隣接集団との合意によって共有された「緩やかな領域(テリトリー)」として運用されます。資源が豊富な季節には集会的に大人数が集まり、儀礼や婚姻の取り決め、道具の交換、狩猟の共同作戦が計画されます。資源が薄くなる季節には小規模な採集・核家族単位に分かれて散開し、環境への負荷を分散します。この収縮と拡散のリズムが、資源の持続性と社会の結束を同時に支えます。

移動は必ずしも「放浪」ではありません。むしろ、河谷・湧水・岩陰・渡りの隘路など、長期の経験で選ばれた要地を結ぶ定型的な動線があり、そこに一時的な住居(テント、樹皮小屋、竪穴的な半永久施設)が整えられます。食料の保存や運搬の工夫(燻製・乾燥・発酵、石器での粉砕と粉食、背負い具や籠)が、季節の谷間をつなぐ重要な技術です。

技術と道具:石器から複合技法へ、環境適応の工夫

獲得経済の道具は、素材の入手性と用途に合わせて驚くほど洗練されています。旧石器の石刃・尖頭器・スクレイパーは、獲物の解体、皮なめし、木工、骨角器の製作など多用途に使われました。止め刺しや投射の効率を高めるため、投槍器(アトラトル)や弓矢といったエネルギー蓄積・解放型の道具が各地で発明され、命中精度と安全性が飛躍します。骨や角、貝は釣り針・銛・縫い針として利用され、植物繊維は籠・網・ロープ・衣服の素材になりました。地面を掘るための木製の掘棒や石の鍬は、根菜の採取や貝塚の造成、炉の整備に用いられます。

火の管理は核心技術です。焚火は調理と保温に加え、煙で虫を防ぎ、肉の燻製や魚の乾燥で保存期間を延ばします。焼石調理(加熱した石を水に入れて温度を緩やかに伝える)は、壊れやすい容器や調理場でも利用可能な汎用手法でした。樹皮や腸・胃袋を容器に転用し、後には土器の導入によって煮沸と糊化が容易になり、デンプンの消化効率が上がります。土器の普及は一部地域で非常に早く、必ずしも農耕の始まりと直結しません。漁撈主体の獲得経済が大型貝塚や土器文化を育む例も世界各地に見られます。

技術の選択は、単なる効率比較ではありません。環境への影響、携行性、迅速な修理のしやすさ、素材の更新可能性(更新速度)を総合的に見て決まります。大型獣の集中的捕獲は短期的には豊富なタンパク源をもたらしますが、回復力の弱い個体群では資源を枯渇させかねません。そのため、追い込み猟と待ち伏せ、個体群の回復期の禁猟、幼獣・雌の保護といった、倫理と経験則が実践知として蓄積されてきました。採集においても、根こそぎ採りを避け、根株を残す、採集圧を季節と場所で回す、といった持続性のルールが口承で伝えられます。

社会組織と分配:平等主義の実像、贈与と互酬の経済

獲得経済の社会は、固定資本が少ない分、人的ネットワークと情報が最大の資産です。狩猟の成功は天候や偶然に左右されるため、集団は食料の共有を通じてリスクを平準化します。大物の獲物は捕獲者の単独所有とならず、解体の手順や部位割り当ての慣習(誰がどの部位を受け取るか)が定まっていることが多いです。配分の公正さを維持するため、成功者の自慢をいさめる冗談文化や、過度な優越を抑制する慣行(「釘を打つ」ような言い回し)が観察されます。これは単なる道徳ではなく、次の不作に備える社会保険の仕組みです。

贈与と互酬(持ちつ持たれつ)の経済は、交易や婚姻関係の拡張にも働きます。遠隔地の良質な石材や装飾品、塩・黒曜石・貝などは、儀礼や贈与の連鎖を通じて広域に流通し、集団間の紐帯を強化します。こうしたネットワークは、飢饉や疫病、資源枯渇といったショックへの回復力(レジリエンス)を高めます。指導者が存在しても、恒常的な強制力を持つ権力機構とは限らず、仲裁と調停、狩猟・採集の知恵、語り部としての権威が中心です。首長制や階層化が進むのは、資源の偏在や保存・蓄積技術の発達、交易のボリューム増加などの条件が重なった場合で、獲得経済でも沿岸のサケ漁や貝・海獣資源の豊かな地域では、貯蔵を基盤に身分的差異が生まれた例があります。

性・年齢による役割分担は、環境と技術の制約に即して柔軟に決まります。採集と小動物捕獲、幼児のケアを組み合わせる活動はしばしば女性が担い、遠距離の追跡や危険の高い大型獣狩猟は主に成人男性が担当することが多いですが、地域と時期により重なりや交替が見られます。子どもは遊びと模倣を通じて技術と地理を学び、老人は地名や季節サイクル、薬草の知識、社会の物語を保存する記憶の庫となります。知識の継承は文字に頼らず、歌や神話、儀礼、遊戯の形で埋め込まれます。

環境へのインパクトと持続性:火入れ・選択的圧力・ニッチ構築

獲得経済はしばしば「自然に無害」とみなされますが、実際には環境改変の技法が多用されます。典型例が火の管理(ファイアスティック・ファーミング)で、草原の維持、狩猟の視界確保、特定植物の萌芽促進、害虫・マムシの駆除などの目的で、小規模で計画的な火入れが行われました。これにより、森林—サバンナのモザイク状景観が形成され、採集・狩猟の生産性が上がります。河川では堰や簀立てを設け、遡上魚の捕獲効率を上げる工夫がありますが、過剰な仕掛けは資源枯渇を招くため、慣習的規制が伴います。

人間の活動は、動植物に選択圧をかけ、微細な形で“半家畜化・半栽培化”をもたらします。大粒で落ちにくい穀粒の選好、棘の少ない果実、近づいても逃げにくい獣の個体群が、人間の関与下で増えることがあります。これは生産経済への一方通行ではなく、獲得経済の枠内でも起きる「ニッチ構築」の現象です。貝塚やゴミ捨て場(ミッデン)は土壌を肥沃化し、特定植物の群落を育てます。こうした長期的な人為影響は、考古学で堆積物や花粉分析、炭化種子、動物骨の比率変化として読み取られます。

持続性は、技術よりも制度と規範に依存します。禁猟期間、採集の分担、採捕具のサイズ制限、儀礼によるタブー化などが、資源の回復と再配分を支えます。外部からの交易需要や人口圧が急増すると、このバランスが崩れ、乱獲や競合が起こりやすくなります。獲得経済は脆弱ではなく、むしろ精妙な適応系ですが、外的ショックには敏感で、制度の再設計が追いつかないと破綻することがあります。

生産経済への移行と併存:農耕革命の多様な道筋

「獲得」から「生産」への移行は単線的でも急激でもありません。世界の多くの地域で、野生資源の採取と小規模な栽培・管理が長く併存しました。例えば、肥沃な三日月地帯では野生穀物の採集と土器・住居の定着化が先行し、やがて栽培化した小麦・大麦やヤギ・ヒツジの管理が広がりました。東アジアでは、堅果や魚介に依存した獲得経済が土器文化を成熟させ、後に陸稲・水稲の栽培が段階的に組み込まれます。アメリカ大陸でも、トウモロコシ・豆・カボチャの複合栽培が広がる過程で、狩猟・採集との組み合わせが長期に続きました。

移行の誘因は多層的です。気候の安定化(完新世の温暖化)により、植物の生育が予測可能になったこと、人口密度の上昇で獲得だけでは食料が不足しがちになったこと、保存・蓄積技術の発達により「貯める」利益が高まったこと、交易や儀礼の需要(酒・塩・繊維・動物皮など)に応える必要が生じたことなどが挙げられます。他方で、飢饉リスクや労働負担、感染症の増加、栄養の偏りといった農耕のコストもあり、地域社会は長く両者のバランスを取りました。沿岸や河口、湖沼地帯では、漁撈を核にした豊かな獲得経済が高度な定住と複雑な社会を生み、必ずしも農耕への全面移行を必要としなかった事例が存在します。

したがって、獲得経済は「前段階」ではなく、独自の合理性と洗練をもった暮らしです。農耕・牧畜の普及後も、狩猟採集の技術や知識は補完的に生き続け、飢饉時の安全弁や文化的アイデンティティの源泉になりました。都市文明の成立後も、毛皮・香料・貴石・蜂蜜・干魚など、獲得系資源は交易ネットワークの重要品目であり続けます。

考古学と民族誌が教えること:遺構・遺物・語りの三点測量

考古学は、住居跡(竪穴・テントサイト)、炉跡、石器工房、貝塚、動物骨の切痕や焼痕、微細な花粉・珪藻・炭化種子といった証拠から、獲得経済の生活像を復元します。石器の原産地分析(蛍光X線や同位体)から、原料の移動距離や交易圏を推定することも可能です。民族誌は、現存する狩猟採集・漁撈社会の観察を通じ、分配・儀礼・知識伝承・子育て・紛争解決の具体像を記録します。両者を安易に同一視することはできませんが、相互に補うことで、過去の社会の“働き”をより立体的に理解できます。

重要なのは、獲得経済を「欠如」ではなく「選択」として捉える視点です。何がないか(畑、家畜、国家)ではなく、何があるか(きめ細かな環境知、機敏な移動、分配の制度、柔軟な規模調整)に目を向けることで、人間社会の設計空間が広がります。現代の環境管理や地域資源の活用、共同体の合意形成にも、獲得経済の実践知は通じるところが多いのです。

以上のように、獲得経済は、人類が自然と渡り合う方法の長い歴史を体現しています。季節と資源の循環に寄り添い、移動と分配でリスクを平準化し、火と道具で環境を慎重に作り変える。そこには、過剰な蓄積や急激な拡大とは違う、もう一つの合理性が息づいています。生産経済の時代に生きる私たちにとっても、その知恵は過去の遺物ではなく、現在の選択肢を豊かにする参照枠であり続けます。