「漢人(かんじん)」は、文脈によって意味が揺れやすい語です。最も広い意味では中国の多数民族である「漢族(Han Chinese)」に相当しますが、時代や地域によっては、漢王朝(前漢・後漢)の臣民、儒教・漢字文化に属する人々、さらには異民族王朝のもとで「漢人」と区分された住民集団など、指し示す範囲が変化しました。現代の社会科学では、国籍(中国籍かどうか)と民族(漢族かどうか)、さらにはディアスポラ(海外在住の華人)を区別して語るのが一般的です。本稿では、用語の基本と変遷、前近代の歴史的用法、近現代の整理と関連語の違い、そして用語を使う際の注意点を、できるだけわかりやすく説明します。
定義と語源・用法の幅―「漢」の指し示すもの
「漢人」の「漢」は、本来は黄河中流域に起源を持つ漢王朝(前206年頃―後220年)に由来します。漢王朝の威信のもとで、漢字・律令・儒学・礼制が東アジア世界に広がり、その文化的中核を担う人々を広く「漢」と呼ぶ慣習が育ちました。したがって、「漢人」は語源的には「漢に連なる人」ですが、歴史的にみると、①漢帝国の臣民、②漢字・儒教を中心とする文化圏の住民、③異民族政権が自らの支配下で他集団と区別するために設定したカテゴリー、④現代中国における法定民族「漢族」、という複数の層が重ね合わさっています。
この語が具体に誰を指すかは、相手の時代・地域・制度次第です。たとえば日本や朝鮮の史料で「漢人」といえば、広く「中国人」「唐土の人」を意味することも少なくありません。東南アジア各地の伝統社会では、華語の「唐人(タンレン/トーラン)」と並び、福建・広東などから渡来した交易民・職人・傭船者の共同体を「漢人」と呼ぶ言い方が定着しました。一方、現代中国語では、国内の56の法定民族のうち最大多数派を指す「漢族(汉族)」が標準用語であり、「漢人」は文語・歴史・台湾語彙や海外華人の自己称などに残ります。
まとめると、「漢人」は固定的な民族名というより、政治権力・文化・言語・居住地によって境界が動く「可変的カテゴリー」です。歴史文献を読むときは、その語が置かれた制度的・地理的文脈を必ず確認することが重要です。
前近代の用法―異民族王朝と「漢人」区分、東アジア・東南アジアでの受容
中国史では、異民族系王朝のもとで「漢人」呼称がはっきりと用いられました。代表的なのが元代の身分区分です。モンゴルの元朝(13―14世紀)は、統治の便宜からおおまかに「蒙古人」「色目人」「漢人」「南人」の四区分を設けました。この「漢人」は、金朝・遼朝の支配域に住んできた漢語系住民(契丹・女真支配の下にあった華北の人々)を中心に指し、江南の住民はしばしば「南人」とされました。ここでの「漢人」は、言語・生活様式・既往支配層を基準にまとめられた行政分類であり、現代の「漢族」と一対一に対応するわけではありません。
明代(14―17世紀)に入ると、王朝自体が漢系を称し、政治的正統性を「漢(華)」に置いたため、対外的には「漢人=自国人民」という広義の用法が強まります。ただし、明朝も辺境で多民族を統治しており、戸籍・軍戸・匠戸・土司などの制度では、地域と職能に応じて住民を区分しました。文化的には、科挙・儒教・漢字によって「漢人」的エリート文化が帝国内を横断しますが、言語・風俗は地域差が大きく、江南と華北、内陸と沿海では生活世界が大きく異なりました。
清代(17―20世紀初頭)では、満洲人(旗人)と「漢人」の区別が統治上の中核となります。清は満洲八旗を軍事・身分の基礎とし、のちに「漢軍八旗(漢人旗)」を編入して八旗構造を拡張しました。都市では満洲旗人の城内居住と漢人の城外居住を区分するなど、物理的な境界が設けられた場所もあります。科挙や官僚制には漢人が大量に登用され、国家運営は実質的に多民族協治でしたが、軍政・宮廷・辺疆支配では「満―漢」の線引きが制度化されました。この文脈での「漢人」は、満洲・蒙古・回部(ムスリム)などの諸集団に対する相対概念として機能します。
周辺地域に目を向けると、朝鮮王朝や日本の史料に現れる「漢人」は、広く「中国の人」を意味します。交易・通信・外交の場では、明・清の使節や商人、技術者を「漢人」と称する記事が見られます。東南アジアでは、海上シルクロードを通じて福建・潮州・広東・客家などの移民が定住し、現地語では「唐人」「福建人」「客家人」などとともに「漢人」が自己・他者呼称として併用されました。彼らは商業・金融・手工業・海運を担い、香料・米・錫・胡椒・砂糖のネットワークを形成し、混合婚姻と文化融合を通じて多様なペラナカン(土生華人)文化を生みました。
近現代の整理―「漢族」「華人」「華僑・華裔」との違い、多様性とアイデンティティ
20世紀に民族学・人類学・国民国家が普及すると、「漢人」をめぐる用語は次のように整理されていきます。第一に、中華人民共和国・中華民国(台湾)ともに、国内の最大集団を「漢族(Han)」と公式に位置づけます。これは法律上の「民族(minzu/zú)」カテゴリーで、戸籍・統計・教育などで用いられます。したがって、現代中国で「漢人」と言うよりは「漢族」というのが行政的には標準です。
第二に、「華人(Chinese overseas/華人)」は、広く中国系の血統・文化背景を持つ海外在住者を指す自称・他称です。国籍は多様で、シンガポール人、マレーシア人、インドネシア人、タイ人、アメリカ人、カナダ人など、現地国籍の市民である場合が大半です。第三に、「華僑(Overseas Chinese in the narrow sense)」は、原義では国外に一時的に居住する中国籍者を意味し、のちに広く海外在住の中国系住民を指す用法も生まれました。第四に、「華裔」は、中国系の出自を持ちつつ他国籍を持つ人々を強調する言い方です。これらは重なる部分がありつつ、国籍・居住地・自己認識の違いを映します。
言語文化の多様性も見落とせません。漢族(広義の漢人)内部には、官話(普通話=北方方言群)・呉語・粤語(広東語)・閩南語(福建語・台湾語)・客家語・閩東語・湘語・贛語・晋語など、相互理解が難しいほど差の大きい言語群が含まれます。文字は共通の漢字を共有していても、口頭言語の差は生活文化・商習慣・移民ネットワークの違いに結びつきます。海外華人社会でも、方言別の会館・宗親会(姓氏団体)・廟が形成され、福建系・潮州系・客家系・広東系などの「ミクロな漢人性」が経済・婚姻・教育に影響してきました。
宗教の面でも、祖先祭祀・民間信仰・仏教・道教・イスラーム(回族との重なりを含む)・キリスト教など、多元的な信仰が「漢人」内部に併存します。食文化は小麦圏(北方麺食)と稲作圏(南方米食)で分かれ、香辛料の使い方、肉食・菜食のバランス、禁忌も地域ごとに大きく異なります。つまり、「漢人」は単一文化ではなく、「漢字・儒教・歴代王朝の記憶」を共有しつつも、地域=言語=食=信仰が重層化した巨大なモザイクです。
政治社会的には、近代以降「漢人/漢族」の語はしばしばナショナリズムや同化政策、逆にエスニック差別の語彙として動員されてきました。清末民初の革命言説では「漢族」が満洲支配からの民族解放の主体として掲げられ、人民共和国建国後は多民族国家の枠組みの中で多数派としての「漢族」と少数民族の関係が政策課題となりました。海外では、現地社会との関係(移民政策・経済活動・教育・宗教)をめぐり、「華人」というカテゴリーが政治・経済・文化でさまざまな意味を帯び、時に偏見や排斥の対象にもなりました。用語の背後に権力・資本・制度があることを見落とさない視点が大切です。
用語上の注意と読み解きのコツ―歴史文脈・制度文脈・自己称に寄り添う
第一に、歴史文献で「漢人」が現れる場合、その時代の政治制度を確認することが肝心です。元代の「漢人」は四等級の一つで、華北の旧金・遼領の住民を中心に指した行政カテゴリーでした。清代の「漢人」は満洲人・蒙古人・回部などと対置され、八旗や緑営の兵制、城内外の居住区分など、具体の制度的線引きに結びついています。明代・朝鮮・日本の史料では、単に「中国の人」を意味する場合が多い一方、外交儀礼や海商の文脈では特定の身分・職能を帯びた集団を指すこともあります。
第二に、現代の用語では「漢族」「華人」「華僑・華裔」を必要に応じて使い分けることが望ましいです。国家統計・法制度・教育制度を論じるときは「漢族」、海外社会のネットワークや文化実践を論じるときは「華人」「華裔」、国籍の問題が絡むときは「華僑/中国籍の海外居住者」といった具合に、主語を明確にすると誤解を避けられます。
第三に、ステレオタイプの回避が重要です。経済倫理・家族主義・学歴志向といった一般化は、一部の時空間では経験則として観察されても、地域・階層・世代・政策によって大きく変わります。言語・食・宗教の多様性、都市・農村の差、内陸・沿海の差、移民第一世代と第三世代の差を意識し、「漢人」を単色で塗らないことが、歴史理解と現代社会の双方で不可欠です。
最後に、自己称と他称のズレに注意します。中国大陸の住民が自らを指すときは「漢族」「中国人(中国籍)」と言い、台湾・香港・マカオ・東南アジアの人々は「華人」「唐人」「福建人」「客家」「潮州人」など、より細かな名乗りを重ねます。史料に現れる呼称は、その社会の権力関係・外部認識・自他境界を反映する鏡です。用語を丁寧に選び、注記や訳語の工夫で揺れを可視化することが、読み手の理解を助けます。
総じて、「漢人」は単なる民族名ではなく、歴史を通じて変形してきた複合的カテゴリーです。漢王朝の記憶、漢字と儒学の文化資本、王朝交替のたびに再編された制度的線引き、近代国家とディアスポラがもたらした国籍・民族・文化の三層構造――これらが重なって「漢人」という言葉の輪郭を作っています。文脈に即してこの語を読み解くことは、東アジアとその周辺世界の歴史を立体的に理解する近道になります。

