旧約聖書 – 世界史用語集

旧約聖書とは、ユダヤ教とキリスト教が共有する聖典群のうち、イエス以前の時代に編まれた書物全体を指す呼び名です。ユダヤ教では「タナフ(律法・預言書・諸書)」と呼び、キリスト教ではそれを土台に書物の配列や数え方を変えて受け継ぎました。天地創造からイスラエルという民の誕生、出エジプト、王国の興亡、預言者の言葉、知恵文学や詩篇にいたるまで、〈神と人間、約束と歴史〉の関係が多彩な物語・詩・法・祈りで語られています。難しそうに聞こえますが、核はシンプルで、〈世界は神によって創られ、人は神と約束を結び、その約束を守る・破る・立ち返るというドラマを歴史のなかで歩む〉という筋立てです。今日の道徳・法・文学・芸術・政治思想に広く影響を与え、世界史を学ぶうえで外せない基礎教養となっています。

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成り立ちと構成――タナフ、七十人訳、正典のちがい

旧約聖書の「原型」は、ユダヤ教が伝えてきたヘブライ語聖書、通称タナフです。タナフは三つの区分から成り、トーラー(律法:創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)、ネビイーム(預言書:ヨシュア・士師・サムエル・列王記などの「前預言書」と、イザヤ・エレミヤ・エゼキエル+十二小預言書の「後預言書」)、ケトゥビーム(諸書:詩篇・箴言・ヨブ記・雅歌・ルツ・哀歌・コヘレト・エステル・ダニエル・エズラ=ネヘミヤ・歴代誌など)に大別されます。言語は主としてヘブライ語ですが、ダニエル書やエズラ記の一部にはアラム語が用いられました。

紀元前後のディアスポラ・ユダヤ人社会では、ギリシア語で聖書を読む需要が高まり、前3~前2世紀にかけてヘブライ語聖書をギリシア語に訳した「七十人訳(セプトゥアギンタ)」が整えられました。これはヘブライ本文と書物の配列・内容に差異があり、ユダヤ教では後にヘブライ本文が規範化される一方、初期キリスト教は七十人訳を多用しました。ここから、のちの教派ごとの「正典の数え方」の違いが生まれます。プロテスタントはヘブライ語正典(タナフ)に一致する39書(ギリシア語配列では旧約39書)を採用し、カトリックはトビト・ユディト・マカバイ・知恵の書・シラ書(ベン・シラ)・バルク・エステル補遺・ダニエル補遺など七十人訳系の書を「続編(第二正典)」として含めます。正教会はさらに広い正典観を持ち、第三マカバイなどを含む伝統もあります。

成立年代は書によって大きく異なります。古層の詩や物語が口承で伝えられ、それが王国時代(前10~前6世紀)に文書化され、亡国と捕囚(前6世紀)・帰還後の編集を経て、ペルシア・ヘレニズム・ローマ時代に至るまで改訂・編纂が重ねられました。つまり旧約は単一著者の本ではなく、〈何世代にもわたる書き手と読者の対話の堆積〉だと理解するのが適切です。

物語の流れと中心テーマ――創造、選び、出エジプト、王国、預言、知恵

旧約の舞台は、創世記の天地創造と祖先物語から始まります。アブラハムの召命、子孫への祝福と土地の約束、ヤコブ(イスラエル)とその十二部族の物語は、〈民の起源〉を語る枠組みです。出エジプト記では、奴隷化されたイスラエルを神がモーセを通して解放し、シナイ山で律法(十戒を中心とする契約)を与えます。荒野での試練をへて、約束の地カナンに入るヨシュア記、部族同盟的時代の士師記へと続き、やがてサウル・ダビデ・ソロモンの王国が成立します。

ダビデはエルサレムを都とし、ソロモンは神殿を建てましたが、王国は北(イスラエル)と南(ユダ)に分裂し、北はアッシリアに滅ぼされ、南もバビロニアに征服されて捕囚に至ります。預言書は、この歴史のなかで〈契約に立ち返れ〉〈貧者を虐げるな〉〈偶像に頼るな〉と語り、破局の意味と回復の希望を解き明かします。捕囚と帰還後には、神殿再建、律法の再確認、共同体のアイデンティティの掘り直しが行われ、詩篇・知恵文学(箴言・ヨブ記・コヘレト)・物語(ルツ・エステル・ダニエル)などが、信仰と日常のことばで人間の苦悩・喜び・正義・無常を捉え直します。

中心テーマはいくつもありますが、三つに絞れば、(1)〈契約と律法〉――神と民の約束を守ることが祝福の道であるという思想、(2)〈正義と憐れみ〉――裁きと慈しみの緊張のなかで、貧者・寄留者・孤児寡婦を守る倫理、(3)〈記憶と希望〉――敗北や捕囚という挫折を、神の語りかけとして受け止め、未来の回復(メシア・神の国)を待ち望む視線、です。これらは単なる宗教の教えにとどまらず、近代の人権思想・法・文学の語彙にも深く響いています。

テキストと伝承――マソラ本文、死海文書、写本文化と解釈

私たちが今日読む旧約は、長い写本文化と校訂の成果です。ユダヤ教の学者たちは、母音のない子音文字のヘブライ語を正しく読むため、紀元後初頭から中世にかけて「マソラ(伝承)」と呼ばれる読み点やアクセント、欄外注記を整えました。現在の標準本文は、10世紀前後のティベリア系マソラ本文(レニングラード写本など)に基づいています。20世紀には前2~前1世紀の羊皮紙群「死海文書」が発見され、原型の多様性と、後代本文の安定性の両方が裏づけられました。七十人訳(ギリシア語)やサマリア五書(サマリア人のトーラー)も、本文の比較・復元に重要な証人です。

解釈の伝統も多層です。ユダヤ教ではミシュナ・タルムード・ミドラーシュという法的・説教学の伝統が発達し、テキストを生活の細部に当てはめる技法(ハラーハーとアガダー)が洗練されました。キリスト教では教父たちが、旧約をキリストに至る「救済史」として読み、寓意(アレゴリー)・文字通り(レター)・道徳(モラル)・終末(アナゴギー)の四様の読みを整えました。近代以降は、文献学・考古学・歴史学による批判的研究が進み、資料層の識別(例えば創世記の重層性)や、古代近東法・神話との比較が行われています。学び方は一つではなく、信仰の場の読みと学術的読みは相補的である、と捉えるのが健全です。

受容と影響――宗教・文化・政治に広がる旧約の言葉

旧約聖書は、宗教の枠を超えて文化の基盤を形づくりました。文学では『神曲』『失楽園』からロシア・アメリカ小説にいたるまで、創世・出エジプト・詩篇の言葉が繰り返し引用されます。美術では、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂(創造)、レンブラント(サムソン、バト・シェバ)、シャガール(出エジプト)など、主題の宝庫となりました。音楽では、ハイドンのオラトリオ『天地創造』、ヘンデル『メサイア』の前半を貫く預言・詩篇のテキストが有名です。法と政治では、十戒や契約の思想が、近代契約論・立憲主義・人権の言語に影響を与えました(もちろん直接の因果を単純化はできませんが、語彙と想像力の供給源であったことは確かです)。

同時に、旧約の言葉が暴力や差別の正当化に用いられた歴史もあります。選民思想の誤用、異教・異民族への敵対の過剰な読み替え、奴隷制を擁護するための断章取義などです。現代の読解は、歴史的文脈の理解、人間の尊厳という倫理原則、他者の苦しみへの感受性を前提に、テキストの豊かさと危うさの両方に向き合うことが求められます。

宗教内部でも、ユダヤ教・キリスト教・イスラームのあいだで「共通祖先アブラハムの宗教」という自覚が育ち、対話の出発点として旧約の物語が再読されています。イスラームのクルアーンにも、旧約の人物や物語が独自の形で語られ、相互参照の歴史が続きます。

用語上の注意として、「旧約」という日本語はキリスト教側の伝統的呼称で、「新約」に対置されます。ユダヤ教では「旧」という言い方を用いず、タナフ(律法・預言書・諸書)の三区分名で呼ぶのが一般的です。また「約」は契約(コヴェナント)を意味し、神と民の関係の中心概念です。翻訳や版の違い(口語訳・新共同訳・聖書協会共同訳など)は本文の訳語や節番号に差があるため、学習では版の確認が大切です。

総じて、旧約聖書は、一つの「本」ではなく、一連の〈図書館〉です。そこには神話的起源譚、国家と宗教の制度化、敗北と回復の記憶、個人の嘆きと賛歌、知恵と皮肉、恋の歌さえも収められています。読み方に唯一の正解はありませんが、歴史的背景と文学的形を手がかりにすると、古びた言葉が現代の私たちにも驚くほど近く響きます。旧約を学ぶことは、〈約束をたよりに生きる〉という、人間の普遍的な営みを知ることでもあります。