骨角器 – 世界史用語集

骨角器(こっかくき)とは、動物の骨や角・牙・歯・貝殻などの硬い有機素材を加工して作られた道具の総称です。石器や金属器に比べて目立たない印象がありますが、人類史の長い時間を通じて、狩猟・採集・漁労・衣服づくり・装身・儀礼などの現場で広く用いられました。素材は軽くて弾性や粘りがあり、先端を鋭くしたり薄くしなやかに整えたりしやすいという特徴があります。たとえば釣り針、銛(もり)や槍先、縫い針や錐(きり)、ヘラや刃部を備えたスクレイパー、矢じり(とくに返しをもつもの)、ハープーン(刺突や係留用の有刺銛頭)、そりの滑走板補強、衣服の留め具や髪飾りなど、多様なバリエーションが知られます。骨角器は、気候や環境に応じて手近な動物資源を最大限に活かす知恵の結晶であり、石や金属では代替しにくい作業(しなりや軽さを要する動き)にしばしば不可欠でした。本稿では、定義と特性、製作技術と使用痕の見分け方、世界と日本の代表的事例、保存と調査の方法という観点から、骨角器の全体像を分かりやすく整理します。

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定義・分類と素材の特性――「しなる刃」「軽い先端」を作る道具

骨角器の素材は大きく、長骨(腕・脚などの管状骨)、扁平骨(肩甲骨・肋骨など)、角(シカ・ヘラジカ・レイヨウなどの角質・骨性角)、牙・歯(イノシシ・クジラ・セイウチ等)、甲殻(カメ甲、貝殻)に分けられます。長骨は中空で繊維方向が揃っているため、縦割りにして薄い板状にしやすく、弾性に富む部材(釣針・縫い針・ヘラ)に適します。角は層状構造をもち、曲げや衝撃に強いため、矢じりやハープーンなど反復的な荷重に耐える先端具に向いています。牙・歯は緻密で硬度が高く、装飾や精密工具(錐・小刀状具)に加工されました。貝殻は薄くて硬く、光沢があり、スクレイパーや刃状具、装飾品に好まれました。

分類上は、機能と形態に基づく体系が一般的です。(1)刺突具(槍先・矢じり・銛頭・ハープーン)、(2)切削・削剥具(スクレイパー・ナイフ状具・ヘラ)、(3)穿孔具(錐・縫い針)、(4)漁労具(釣針・二枚式アンカー針・仕掛部材)、(5)衣類・編組具(シャトルやヘラ、針)、(6)楽器・装飾・儀礼具(笛、ビーズ、ペンダント、装飾的ピン)、(7)運搬・移動具の部材(そりの滑走面補強、カヌーの綴じ目ピン)などに分けられます。骨角器と石器の複合(複合弓・複合鏃)、木器との複合(槍軸や柄への嵌め込み)も多く、〈複合技術〉の視点が重要です。

骨角器の利点は、軽さ・弾性・加工性・保温性(手に冷たくない)にあります。とくに寒冷圏では、金属が普及する以前から骨角器が日常の主役でした。反面、欠点は耐久性と保存性で、土壌の酸性度や微生物活動によって分解されやすく、遺跡では見つかりにくいことがあります。したがって、発見された骨角器には〈選択的保存〉のバイアスがかかっている点を、研究では常に意識する必要があります。

製作技術と使用痕――割る・挽く・磨く・熱で曲げる

骨角器の製作は、原素材の選定から始まります。狩猟で得た大型獣の長骨・肩甲骨・角などを、まず粗加工します。代表的手順は、(1)〈割り取り〉:石器のハンマーや楔で縦割りにし、板状・棒状の素材を得る、(2)〈挽き割り・鋸引き〉:石刃や刃部を用いて切れ目を入れ、制御された割断を行う、(3)〈削り出し〉:スクレイパーやグラインダーで形を整える、(4)〈研磨〉:砂や研磨材で表面・エッジを滑らかにする、(5)〈穿孔〉:回転・往復運動で穴を開ける、(6)〈熱処理・蒸し曲げ〉:温水や蒸気、火で加熱して曲げやひねりを与え、冷却で形を固定する、です。角や牙は内部まで密で粘りがあるため、時間をかけた削りと研磨が欠かせません。釣針やハープーンの返し(バーブ)を作る場合は、微細な鋸引きやノッチ付け、切り起こしが伴います。

加工痕は、製作と使用を見分ける鍵です。〈製作痕〉としては、縦方向に走る削り条痕、挽き割りの平行溝、穿孔周囲の逆テーパー、研磨による面の均質化などが挙げられます。〈使用痕〉には、先端の丸み(鈍化)、微小欠損(マイクロチッピング)、側縁の研磨・光沢、潤滑物(脂肪・魚油)による光沢変化、繊維や皮との摩耗パターン、返しの欠落や曲がりなどが観察されます。使用痕を顕微鏡で観る〈ユースウェア分析〉や、実験考古学で再現した道具との比較は、機能推定の信頼性を高めます。たとえば、魚を突くハープーン先端には、繰り返しの水中衝撃で先端が微妙に扁平化する傾向、縫い針の孔周辺には糸の摩耗で部分的に艶が出る傾向が見られます。

接合技術も重要なテーマです。骨角製の先端部を木軸に装着する際には、差し込み(テノン)やソケット(ホゾ穴)、巻き締め(腱・皮紐・樹脂)、切り欠きによる楔固めなどの手法が用いられました。防水・固定には松脂やアスファルト、樹皮由来の接着剤が活躍し、寒冷地では腱の乾燥収縮を利用した強固な締結が一般的でした。これらは素材の異なる部材を一体化し、〈軽さと強さ〉を両立させる工夫です。

世界の骨角器――旧石器から金属器時代、海と氷雪の技術

旧石器時代後期には、骨角器の高度化が各地で見られます。ヨーロッパのマグダレニアン文化では、洗練されたハープーン、槍投げ棒(アトラトル)のフック、装飾を施した針やペンダントが大量に出土し、狩猟・漁労・服飾の複合技術が発達しました。シベリアや北東アジアでは、有刺銛頭やソリ用補強材、トナカイ飼養に伴う角素材の利用が広がります。アフリカの中・後期石器時代(ルペンボら)にも、骨製の尖頭器や装飾品が見られ、気候・獣相に応じた適応が確認されます。

大洋沿岸・島嶼の文化では、骨角器は漁労の核心でした。太平洋の多くの社会で、シャンク(釣針脚部)とポイント(針先)を別材で組み合わせる複合釣針や、二枚式のアンカー形針が発達し、珊瑚礁や遠洋魚に合わせた多様な仕掛けが用いられました。貝やサメ歯を刃とするナイフ、カヌーの縫合孔を留める骨ピン、帆具のリングやガイドも骨角素材が担います。北極圏では、セイウチやクジラの骨・牙を用いたソリ枠、カヤックの肋材、ハープーン、浮き(膀胱)との組み合わせによる捕鯨技術が知られます。氷雪環境では金属の供給が限られ、骨角器の軽さと耐寒性が生命線でした。

金属器時代に入っても、骨角器は消えません。鉄や青銅の刃物が普及しても、弓の補強板(角張り弓の角材)、弦枕、弦輪、弓矢のノック部、馬具のスペーサー、楽器のピックやナット、織機のシャトルやへらなど、軽量・低摩擦・弾性が有利な部位に骨角素材は残り続けます。装身具では、牙・角・骨ビーズが社会的地位や儀礼の象徴として機能し、加工表面の光沢や彫刻は美術工芸の領域へ拡張しました。クジラ歯や象牙は遠距離交易の主要品となり、倫理的・環境的問題を含みながらも、工芸史に大きな足跡を残します。

日本列島の骨角器――縄文の海、弥生の農、古代の技

日本列島では、海や川の恵みに支えられて骨角器が豊富に使われました。縄文時代には、シカ角やイノシシ骨、クジラ・イルカなどの海獣骨、魚骨・貝殻を素材とする釣針・銛頭・矢じり・装身具が各地の貝塚から出土します。とくに北日本・太平洋側の漁労遺跡では、返し付き銛頭や二枚組釣針、漁網を扱う骨製のシャトル・ヘラ、皮剥ぎ用スクレイパーなど、具体的な漁撈技術が復元できます。中空骨の縦割りと研磨、熱処理による曲げ加工、腱・樹脂での接着など、製作痕が鮮明な資料が多く、実験考古学との往還が盛んです。

弥生時代には稲作の拡大とともに、農具・織機部品への骨角素材の利用も見られます。田植え・収穫に付随する紐・網・織りの道具、弓に関わる補強材、釣り・漁労具の継続使用など、海川との結びつきも維持されました。古墳時代から古代にかけては、馬具・弓具・装身具・楽器部品に骨角器が多用され、角張り弓(複合弓)の角材、鞴(ふいご)の部材、和琴のナットや撥、笄(こうがい)・簪(かんざし)などに加工技術の高さが見えます。寺院や官衙跡からは、骨製の碁石・サイコロ・筆軸部材などの小器物も出土します。

地域性も重要です。北海道・オホーツク文化や擦文文化では、海獣狩猟と密接な骨角器体系(ハープーン、カヤック部材、装身具)が発達し、東北・北陸ではシカ角の豊富さを活かした矢じり・槍先が目立ちます。南西諸島では、貝製品とともに骨角器が装飾・漁労両面で豊富です。保存環境の差(酸性土・アルカリ性、貝塚の緩衝作用)が出土量に影響するため、〈出土する=使用頻度が高い〉とは限らない点に注意が必要です。

保存・調査・復元――見えにくい資料をどう読み解くか

骨角器は有機質ゆえに脆く、発掘・保存の段階で損傷しやすい素材です。出土時には乾燥と湿潤の急変を避け、緩衝材で支持し、土とともにブロックで取り上げた後に実験室でクリーニングと固着処理(ポリマー含浸など)を行います。洗浄では、表面の脂質・タンパク質を過度に失わないよう、中性洗剤や蒸留水、機械的除去を組み合わせ、顕微鏡下で加工痕や使用痕を傷つけないよう注意します。接合の痕跡(腱・樹脂)や残留物(血液・魚油・植物繊維)は、化学分析(FTIR、GC-MS)やタンパク質指紋(ZooMS)で同定されることがあります。

年代測定は、骨コラーゲンの放射性炭素年代測定(AMS)が中心です。コラーゲンの保存状態が悪い場合は、加熱処理や超濾過で精製し、汚染を減らした上で測定します。動物種の推定には、形態学に加えてZooMS(コラーゲンのペプチドマス指紋)やaDNA(古代DNA)が補助となり、どの動物のどの部位を素材にしたかの復元精度が向上しています。これにより、季節的な狩猟・漁労のパターンや、選択的な部位利用(角は落角か捕獲個体か)といった生業の細部が読めるようになってきました。

機能復元では、レプリカ作成と実験が効果的です。環境に配慮した素材で当時の手順を再現し、釣り・突き漁・皮剥ぎ・縫製などの作業を行い、使用痕の形成を追跡します。これを出土品の痕跡と比較することで、実際の用途・持続時間・修理サイクル・破損モードが推定されます。破損片の解析は、道具の寿命や再利用(折れた針から小針、損耗した刃からスクレイパーへ)といった〈リサイクル〉の実態を浮かび上がらせます。

展示と教育では、骨角器の軽さやしなり、手触りを体験できるレプリカが理解を助けます。石器・木器・金属器との〈役割分担〉を並置して示すと、素材ごとの長短と人間の工夫が立体的に見えてきます。海の民・森の民・雪の民それぞれの骨角器を比較すると、環境と技術の相関が分かりやすく、地域文化の個性が際立ちます。骨角器は、道具としての実用と、美的・象徴的な装飾の双方にまたがる資料であり、生活と世界観を同時に語ることのできるメディアだといえるでしょう。

総じて、骨角器は「石器の陰に隠れた主役」です。素材の力学特性、製作痕・使用痕の読み解き、環境適応との関係、複合技術としての接合など、学ぶべき論点は多岐にわたります。発見されにくいがゆえに、見つかった一例が遺跡全体の生活像を変えることも珍しくありません。海や川、森と共に生きた人びとの手が残した微妙な磨耗や光沢に、私たちは当時の身体感覚と知恵を読み取ることができます。骨角器の学びは、素材から文化を考えるための良い入口なのです。