「ゴムのプランテーション」とは、天然ゴム(ヘベア・ブラジリエンシス)を大規模に栽培し、樹皮に切れ目を入れて採取する樹液(ラテックス)を加工・出荷する農園経営を指します。19世紀末に南米原産の樹種がアジアに移入され、セイロン・マラヤ・スマトラ・ボルネオ・仏領インドシナなどで一大産業に育ちました。自動車用タイヤや工業ゴムの需要急増を背景に、植民地政府・欧米資本・地元エリートが関与したプランテーション体制が形成され、労働・土地・環境のあり方を大きく変えました。第一次・第二次世界大戦、合成ゴムの発達、脱植民地化と小農の伸長、そして今日のサステナビリティ課題まで、この産業は世界経済と国際政治の変動と密接に結びついてきたのです。本稿では、起源と拡大、労働と社会、戦争と市場、戦後の展開と環境問題という観点から、わかりやすく整理して解説します。
起源と拡大――アマゾンの樹がアジアで森をつくるまで
天然ゴムは本来アマゾン流域で自生する樹木から採られてきました。19世紀中葉までは、南米で野生の樹を回遊しながら樹液を集める採集型の生産が主でしたが、病害(とくに南米葉枯病)や交通の制約で拡大には限界がありました。転機は1870年代、イギリス植物園による種子の収集と苗木の育成です。ロンドンのキュー・ガーデンズで育てられたヘベア苗がインド洋世界へ移出され、セイロン(スリランカ)と英領マラヤで試験栽培が始まりました。熱帯季節風気候と病害の少なさ、鉄道・港湾・労働力動員の容易さがアジアでの大規模栽培を可能にしました。
19世紀末から20世紀初頭、マラヤ半島とボルネオ北部、オランダ領東インド(スマトラ・ジャワ)、仏領インドシナ(コーチシナ)に広大なプランテーションが開かれます。もともとコーヒーやサトウキビ、キナ皮、茶などの外貨作物を手がけていた欧州系企業は、ゴム価格の高騰を見て一斉に投資を拡大しました。苗床(ナーセリー)で育てた苗木を等間隔に列植し、数年で樹液の採取が可能になります。ゴム樹は幹にらせん状の切り込みを入れてラテックスを受け皿に導く「タッピング」を繰り返し、一定期間を経て休ませるサイクルで長期利用が可能です。
この時期、アジアの生産は急速に世界市場の中枢に躍り出ました。自動車産業の勃興、電線・ベルト・医療用品といった工業需要の拡大は、天然ゴムへの依存度を高め、港湾都市シンガポールやペナンは国際取引のハブになります。植民地政府は道路・軽便鉄道・港湾を整備して輸出を促進し、税収と為替を確保しました。南米では依然として野生採集が主で、病害もあってプランテーション化は遅れ、世界の供給の重心は東南アジアへと移りました。
労働と社会――移民動員、契約、監督、そして抵抗
プランテーション体制の核心は労働力の確保と統制でした。英領マラヤでは、インド南部や華南からの移民労働者が大量に動員され、契約労働(クーリー制度)と現金賃金の組み合わせでタッピング・雑草除去・道路補修・加工に従事しました。仏領インドシナでは、ベトナム人・カンボジア人・山地少数民族が動員され、ミシェランなど欧州系企業の農園で労働に就きました。オランダ領東インドでもジャワ・マドゥラ・スンダの農民が契約で送り込まれ、スマトラなどの農園で働きました。
労働の実態は地域と時期で差がありますが、共通点として、厳しい規律と出来高管理がありました。タッピングは早朝から午前に集中し、一定の樹数を手早く回る技量が求められます。遅刻・欠勤・不良品の発生は罰金の対象となり、監督者との軋轢が絶えませんでした。住居は会社のバラッ(長屋)にまとまり、社内商店や医療も企業によって差がありました。疫病や事故、農薬・化学薬品による健康被害も問題化します。
労働運動と抵抗も広がりました。賃金引き上げや労働時間短縮、罰金制度の撤廃、組合結成の自由を求めるストや請願が、東南アジア各地で発生しました。民族主義運動や共産主義運動はプランテーション労働者を重要な基盤とし、植民地期の政治闘争の舞台にもなります。独立後も、最低賃金・社会保険・団体交渉の制度化をめぐる攻防は続き、時に暴力的衝突や非常法の発動を伴いました。
土地と村落社会にも大きな変化が生じました。プランテーションの拡大は、焼畑・採集・小規模農の土地利用を圧迫し、先住民の慣習地(カスタマリー・ランド)を法的には国有地や企業地とみなす政策が進められました。他方、マラヤやタイでは小農によるゴム栽培(スモールホルダー)が20世紀前半から増加し、家族労働を基盤にした自作農の現金収入源として定着します。小農は価格変動の影響を直に受ける一方、家計の多角化と柔軟な労働配分で危機に対応する力を持ち、戦後の天然ゴム供給では重要な比重を占めるようになりました。
戦争と市場――供給遮断、合成ゴム、国際規制の試行錯誤
第一次世界大戦期、海上輸送のリスクは高まったものの、連合側の工業需要は大きく、天然ゴム価格は乱高下します。戦後の1920年代、過剰投資による供給過剰で価格が下落すると、英植民地当局は「スティーヴンソン制限」(1922–28)を導入して輸出量を割当制にし、価格下支えを狙いました。しかし投機や他地域の増産が続き、完全な安定には至りませんでした。1930年代には不況の中で「国際ゴム制限協定」(1934)が結ばれ、主要生産地の輸出調整が図られます。
第二次世界大戦は大きな断絶でした。1942年、日本軍がマラヤ・シンガポール・蘭印の要地を制圧すると、連合国は天然ゴムの供給を失い、米国は国家動員で合成ゴム(ブナSなど)の大規模生産体制を構築します。戦後も合成ゴムはタイヤや工業用途で重要な地位を占め続けますが、トラック・航空機・重機のタイヤなどでは天然ゴムの弾性・耐久性が不可欠とされ、二つの素材は併存の道を歩みました。価格は戦後の朝鮮戦争ブーム、1960年代以降の技術革新、1970年代のオイルショックと連動して変動し、生産地の経済と小農の生活に大きな影響を与えました。
自由化と規制の間で揺れる市場を安定させるため、戦後も国際商品協定が模索され、ストック(備蓄)制度や輸出入の調整が議論されます。とはいえ、参加国の利害対立、合成ゴムの代替効果、新興生産国の台頭がからみ、完全な価格安定は達成困難でした。地域政府は、最低価格保障や再植林補助、品質規格の統一、集荷インフラの整備で小農を支えようとしました。
戦後の展開と環境・社会――小農の時代、企業の再編、持続可能性の課題
脱植民地化後、プランテーションは国有化・再民営化・合弁など多様な進路をたどりました。マレーシア・タイ・インドネシアでは、小農の比率が高まり、協同組合や地方商人のネットワークが集荷・加工(スモークドシート、ブロックラバー)に関与しました。企業部門は、パーム油や木材との複合経営、加工・物流までの垂直統合を進め、国際市場ではタイ・インドネシア・ベトナムが主要輸出国として台頭します。アフリカでは、リベリアやコートジボワールの大農園が拡張し、外資系タイヤ企業(たとえば1920年代から操業するリベリアの大規模農園など)が長期コンセッションのもとで生産を続けました。
環境面では、単一樹種の大規模栽培が生物多様性の喪失、野生動物の生息地分断、土壌劣化を招くと批判されます。焼き払い開墾や泥炭地の開発は、温室効果ガス排出の観点からも問題視されます。さらに、アジアでも白根病(リジドポルス)などの土壌病害、風害・干ばつへの脆弱性が課題です。南米葉枯病は依然としてアマゾン域のプランテーション化を阻み、遺伝的多様性の確保(クローン多様化)や品種改良が重要になっています。
社会面では、労働権・児童労働・移住労働の保護、土地権の承認、先住民との合意形成(FPIC)などが国際的な監視対象となりました。企業は監査と認証(森林管理、自然ゴムの持続可能性プラットフォームなど)への参加、トレーサビリティの整備、生活賃金・安全衛生・農薬管理の改善を迫られています。小農側では、老木化した樹園地の再植林資金、価格下落期の所得安定、気候変動への適応(乾燥・高温・降雨変動)といった課題が重く、政府と国際機関の支援策が鍵を握ります。
技術革新も進んでいます。タッピングの省力化(低頻度タッピングと刺激剤の併用)、ドローン・衛星での病害・水分ストレス監視、ラテックスの品質管理(アンモニア濃度・ドライラバー含有率の管理)、再生ゴムとのブレンド技術、タイヤの軽量化・耐久化といった上流・下流の改善が相互に影響しています。サーキュラーエコノミーの観点から、使用済みタイヤの回収・熱分解・マテリアルリサイクルも重要性を増しています。
こうした環境・社会・経済の三側面を同時に満たすことは容易ではありません。とはいえ、ゴムは医療用手袋・防振材・耐衝撃製品など代替困難な用途が多く、世界の重要資源であり続けます。産地の多様化と小農の能力強化、土地権の保護、企業の透明性と責任ある調達、病害リスクに対する遺伝資源の分散など、複数の対策を束ねることが、次の世代のプランテーションを持続可能にする鍵です。
補遺――周辺事例と用語の手引き
フォードランディア:米国自動車会社が1930年代にブラジル・タパジョス川上流に建てた社有都市型プランテーションです。南米葉枯病や文化的摩擦、物流難で失敗し、ゴム栽培の地域適性と社会設計の重要性を示す象徴例になりました。
コンゴ自由国の「ゴム」:19世紀末の人権侵害で知られますが、当初は野生のツタ植物(ラフフィア等)からの採集であり、プランテーションというより強制採取でした。ムチ刑や人質制度などの暴虐は、国際世論の糾弾を招き、植民地統治批判の契機となりました。
価格制度:戦前の輸出割当(スティーヴンソン制限、国際制限協定)、戦後の国際商品協定、国内の最低価格保障や備蓄制度などが断続的に導入され、過剰・不足の波をならす試みが続きました。
合成ゴム:ブタジエン系(SBR)、イソプレン系(IR)などが代表で、耐油性や耐摩耗性に優れます。天然ゴム(NR)は高弾性・発熱の低さ・破断強度に強みがあり、とくに重量物タイヤや航空機用途で不可欠とされます。
総じて、ゴムのプランテーションは、移入植物の全球的拡散、帝国と企業の結びつき、労働と土地の再編、技術と市場の共進化という近代の諸相を凝縮してきました。アマゾン原産の一本の樹が、アジアの森をつくり、世界の輸送と工業を支える資源へと変わっていく—その過程をたどることは、世界史における生態と経済の交差点を理解するうえで欠かせない視点を与えてくれるのです。

