アジェンデ – 世界史用語集

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サルバドール・アジェンデの生涯と背景

サルバドール・アジェンデ(Salvador Allende, 1908–1973)は、チリの医師・政治家であり、ラテンアメリカ史上初めて民主的選挙で選ばれたマルクス主義者の大統領です。彼の存在は、冷戦期における南米の政治対立やアメリカ合衆国の対外政策を理解する上で極めて重要です。

1908年、チリのバルパライソに生まれたアジェンデは、サンティアゴ大学で医学を学び、若くして政治活動に参加しました。社会党の創設に関わり、マルクス主義の立場から社会正義と労働者の権利を訴えました。医師としては公衆衛生や社会医学に関心を持ち、貧困層の生活改善に情熱を注ぎました。この「医師としての社会改革志向」が、後の政治活動の基盤となったのです。

アジェンデの政治活動と大統領就任

アジェンデは1937年に下院議員に初当選し、その後も長く政治活動を続けました。彼は社会党の指導者として繰り返し大統領選挙に立候補しましたが、当選には至りませんでした。しかし、国内の社会的不平等への不満が高まる中で、彼の掲げる社会主義的改革が支持を広げていきました。

1970年の大統領選挙で、アジェンデは左派連合「人民連合(Unidad Popular)」の候補として出馬しました。人民連合は社会党・共産党を中心に、中小の左派政党が結集したブロックであり、アジェンデは「民主的手段による社会主義建設」を掲げました。このスローガンは冷戦下にあって画期的なものとされ、武力革命ではなく選挙によって社会主義国家を実現することを目指しました。

アジェンデは僅差で勝利し、1970年11月に大統領に就任しました。彼の当選は、ラテンアメリカはもちろん、世界的にも大きな注目を集めました。

アジェンデ政権の政策と成果

アジェンデ政権(1970–1973)は、「チリの道(la vía chilena)」と呼ばれる独自の社会主義建設を推進しました。その政策の柱は次のようなものでした。

  • 国有化:銅鉱山をはじめとする主要産業を国有化し、国家が資源を管理する体制を整えた。特に銅はチリ経済の基盤であり、この国有化は国家主権の強調として支持された。
  • 土地改革:大土地所有制を解体し、農民への土地再分配を進めた。これにより農村社会の不平等是正を試みた。
  • 社会政策:教育や医療の無料化、最低賃金の引き上げ、住宅建設の推進など、貧困層の生活改善を目的とした政策を実施した。

これらの政策は当初、労働者や農民から熱狂的に支持されました。社会的平等の推進はチリ国内の歴史的課題への応答であり、多くの国から注目を浴びました。

政権の危機とチリ・クーデタ

しかし、アジェンデの政策は国内外で激しい対立を招きました。大企業や地主層、保守派は彼を「共産化の脅威」と見なし、強い反発を示しました。アメリカ合衆国もアジェンデ政権を危険視し、CIAを通じて反政府活動や経済制裁を支援したことが知られています。

経済的には、国有化や土地改革の影響で生産が混乱し、インフレや物資不足が深刻化しました。社会の分断が深まる中、ストライキや暴動が頻発し、国内は不安定化していきました。

そして1973年9月11日、アウグスト・ピノチェト将軍を中心とする軍部がクーデタを起こしました。軍は首都サンティアゴの大統領府モネダ宮殿を包囲・攻撃し、アジェンデは徹底抗戦を試みましたが、最終的に自決し、命を絶ちました。その最期は「民主的に選ばれた社会主義の指導者」としての象徴的な出来事となりました。

アジェンデの歴史的意義と評価

アジェンデの存在は、20世紀後半の世界史において特別な意義を持ちます。

第一に、「民主的社会主義」実験の象徴であることです。武力革命ではなく、選挙による社会主義建設は冷戦下におけるユニークな試みであり、多くの国の知識人や左派運動に大きな影響を与えました。

第二に、冷戦構造の衝突点であったことです。アジェンデ政権はアメリカにとって「裏庭」の共産化と映り、クーデタの背景には国際政治的な圧力がありました。したがって、彼の死は冷戦史の一章として重要です。

第三に、ラテンアメリカにおける民主主義と社会正義の模索を象徴しました。アジェンデはその理想を貫き、命を賭して大統領府で最後を迎えたことから、現在でも「民衆の殉教者」として記憶されています。

まとめ

サルバドール・アジェンデは、チリ第二共和政期の大統領として「選挙による社会主義建設」という歴史的挑戦を試みました。彼の改革は社会的平等を目指し、多くの支持を集めた一方で、国内の分裂と国際的圧力を招き、最終的には軍事クーデタによって打倒されました。

アジェンデの生涯は、理想主義と現実政治の矛盾、民主主義と社会正義の関係、冷戦下の国際関係といった普遍的テーマを考える上で欠かせないものです。その遺産は今なおラテンアメリカと世界の政治思想に強い影響を及ぼしています。