ゾロアスター教とアフラ・マズダの位置づけ
アフラ・マズダ(Ahura Mazda)は、古代イランにおいて成立したゾロアスター教の至高神であり、「知恵ある主」「光明の神」として崇拝されました。ゾロアスター教は紀元前6世紀頃に預言者ゾロアスター(ザラスシュトラ)によって体系化された宗教であり、アフラ・マズダはその神学の中心に位置しています。アフラ・マズダは宇宙の創造者であり、真理と秩序(アシャ)の体現者として、善の原理を象徴します。
ゾロアスター教は多神的要素を持つ古代イラン宗教を背景としながらも、アフラ・マズダを至高の存在として掲げる点で一神教的性格を有しています。そのため、アフラ・マズダは古代世界において最初期の「唯一神」に近い概念とされ、後のユダヤ教やキリスト教、イスラームの神観念にも影響を与えたと指摘されています。
善悪二元論における役割と神話的特徴
ゾロアスター教における宇宙観の特徴は、善と悪の二元論です。アフラ・マズダは善の原理を代表し、真理・秩序・光明を体現します。一方で、その対立者としてアンラ・マンユ(アーリマン、破壊の霊)が存在し、虚偽・混乱・闇を象徴します。両者は宇宙的な戦いを繰り広げ、人間はその戦いに参加する存在として位置づけられました。
アフラ・マズダは七つの神聖な存在「アメシャ・スプンタ(聖なる不死者たち)」を通じて世界を支配するとされます。これらは知恵・真理・善思・敬虔・完全性・不死性・大地の守護などを司り、アフラ・マズダの属性を具体化したものです。この体系はゾロアスター教が多神教的要素を取り入れつつも、最終的にアフラ・マズダへと収斂する独特の神学を形成していることを示しています。
人間は自由意志によって善か悪を選択できるとされ、善なる選択を積み重ねることでアフラ・マズダの秩序に貢献すると考えられました。この倫理観は、個人の責任と世界の運命を結びつけるものであり、ゾロアスター教が道徳的宗教として特異な位置を占める理由の一つです。
アケメネス朝以降の国家とアフラ・マズダ崇拝
アフラ・マズダの信仰は、アケメネス朝ペルシア帝国(前550–前330年)において国家宗教的性格を帯びました。ダレイオス1世やクセルクセス1世の碑文には「偉大なるアフラ・マズダの加護のもとに王権を得た」と記され、王権が神聖視される根拠となりました。アフラ・マズダは「王権授与の神」として政治的正統性の象徴となったのです。
サーサーン朝(224–651年)の時代には、ゾロアスター教が国家宗教として整備され、祭司団がアフラ・マズダ崇拝を組織化しました。この時代には、善悪二元論がより明確に制度化され、アフラ・マズダとアンラ・マンユの戦いが終末論的に語られるようになりました。最終的にはアフラ・マズダが勝利し、世界は浄化され、永遠の秩序が確立されると信じられました。
サーサーン朝の滅亡後、イスラームの拡大によってゾロアスター教は衰退しましたが、イランやインド(パールシー共同体)において信仰は生き残り、今日までアフラ・マズダ信仰は継承されています。
歴史的意義と後世への影響
アフラ・マズダの概念は、単なる古代イランの宗教的存在にとどまらず、世界宗教史において重要な影響を与えました。まず、善悪二元論や最後の審判の思想は、ユダヤ教・キリスト教・イスラームに見られる終末論的世界観と類似しています。天使や悪魔の存在、善悪の戦い、最終的な裁きといった観念は、ゾロアスター教から後の一神教へと伝わった要素であると考えられています。
また、アフラ・マズダ崇拝は「王権神授説」と結びつき、政治思想に大きな影響を与えました。王はアフラ・マズダから直接権威を授かる存在とされ、その正統性は宗教的な基盤に裏付けられました。この思想は、後のイスラーム王朝やヨーロッパにおける王権神授説とも比較されうるものです。
現代においても、アフラ・マズダはイランの文化的アイデンティティの一部として認識されています。ゾロアスター教徒は世界的には少数派ですが、古代イラン文明の精神的遺産として重要な意味を持ち続けています。さらに、宗教学や比較宗教の分野では、アフラ・マズダとゾロアスター教の思想が「倫理的一神教」や「終末論的宗教思想」の源流として研究されています。
総じて、アフラ・マズダは古代イランの宗教的世界観を体現する至高神であると同時に、後世の宗教思想に深い影響を与えた存在です。その信仰は時代を超えて受け継がれ、人類の宗教史における重要な転換点を示しています。

