1週7日制(しゅう・ななにちせい)は、日々を7つのまとまり(週)に区切って繰り返す時間の単位の取り決めを指し、古代オリエントの天文思想とユダヤ教の安息日慣行、ローマ帝国下での普及、キリスト教とイスラーム世界での定着を経て、近代に地球規模で標準化された制度です。月の満ち欠け(およそ29.5日)を四つに割ると約7日になること、肉眼で見える「七つの天体(七曜)」に特別な意味が付されたことが、7という数を特別視させました。英語や欧州諸語の曜日名にはローマの惑星神や北欧神話が、アラビア語やペルシア語では金曜礼拝(ジュムア)や数詞が、インド・東アジアでは「日月火水木金土」という七曜の語が残っています。週の始まりや休日の置き方は地域差がありますが、7日で1巡するリズム自体は、世界の制度・労働・宗教生活の基本単位として広く共有されてきました。以下では、起源から拡散、宗教・文化への根づき、東アジアへの伝播と近代の標準化、さらに週末や労働慣行との関係までを、わかりやすく解説します。
起源と拡散――七曜・月相・市場サイクルの交差点
7日という区切りは、ひとつの源流だけから生まれたわけではないのが特徴です。まずメソポタミアでは、土星・木星・火星・太陽・金星・水星・月という「七つの天体」を特別視する占星的な伝統が育まれ、これがのちの「七曜」の思想につながりました。もう一つの直観的な理由は、朔(新月)から望(満月)まで約14.8日、朔から朔まで約29.5日という月相のリズムを四分する近似としての7日です。実際には29.5は7の倍数ではないため、四週(28日)では月の周期に一~二日の余りが生じますが、それでも人間が把握しやすい「一週間」という単位として定着していきました。
古代オリエントからヘレニズム期にかけて、学術的占星術が発展すると、時間の支配星(プラネタリー・アワー)という概念が広がります。惑星の順序(サターン、ジュピター、マーズ、サン、ヴィーナス、マーキュリー、ムーン)で時を配し、24時間ごとにその日の主星が変わるという考え方が、曜日の連なり(Saturn→Sun→Moon→Mars→Mercury→Jupiter→Venus)を説明しました。ここからローマ世界の曜日名(dies Saturni, Solis, Lunae, Martis, Mercurii, Iovis, Veneris)が生まれ、のちに各言語に受け継がれます。
ローマでは当初、農民や市のための8日周期(ヌンディナ周期)が広く使われていましたが、帝国の広がりと宗教的・占星的流行のなかで、3世紀頃までに7日週が都市部で浸透し、4世紀初頭には全帝国的常識になっていきます。特に、キリスト教が公認され、コンスタンティヌス帝(4世紀)によって「主の日(Sunday)」を休息日に位置づける勅令が出されると、7日週は法と社会の日常に固定されました。ユダヤ教はそれより以前から、創世記に由来する六日労働・七日目の安息日(Shabbat)の規律を厳格に守っており、その存在は7日週の権威づけに強い影響を与えました。
イスラーム世界では、金曜の正午に共同礼拝(ジュムア)が義務づけられていますが、7日週そのものは既に地中海世界で馴染んだ慣行として共有されました。アラビア語の曜日名は「日(al‑ahad=第一)」「月(al‑ithnayn=第二)」と数詞を用い、金曜(al‑jumuʿa)は礼拝の日、土曜(as‑sabt)は安息日に由来します。金曜を中心に市が立つ地域も多く、宗教儀礼と市場のリズムが重なり合いました。
宗教と文化の中の7日――安息・主日・金曜礼拝、神々と曜日名
1週7日制は、単なる暦法以上に、宗教的な意味づけと結びついてきました。ユダヤ教では創造の順序に合わせ、六日働いて七日目を聖別し休むことが律法で規定されます。キリスト教はこれを継承しつつ、復活の記憶を重ねて日曜日を「主の復活の記念日」として祝いました。これにより、週は礼拝・断食・祝祭のリズムを刻む枠組みとなり、信者の生活を整える「時間の宗教化」が進みました。
イスラームでは、曜日の優劣はさほど強調されませんが、金曜正午の共同礼拝は共同体を可視化する重要な制度です。政権はこの礼拝にあわせて布告や政策を告知し、人々は礼拝前後に市場で買い物をするなど、宗教と社会生活が連動しました。多くのイスラーム圏の諸都市で、金曜はかつて休日、あるいは現在も「週末」の一部として扱われています(地域によって金土、または土日への移行など多様です)。
欧州諸語の曜日名は、古代の惑星神とゲルマン系の神々がまじり合ったユニークな遺産です。ラテン語の火曜(dies Martis)は英語のTuesday(Týr=北欧の軍神ティール)に、木曜(dies Iovis=ユピテルの日)はThursday(Thor=雷神)に対応します。水曜(dies Mercurii)はWednesday(Woden=オーディン)、金曜(dies Veneris)はFriday(Frigg/Freya)という具合に、ローマ神話の神格とゲルマンの神格が「翻訳」された結果が現代語に残っています。フランス語・スペイン語などロマンス語では、より直接にローマの神名・惑星名が生きています。
インドでは「サプタヴァーラ(七曜/Saptavāra)」の伝統があり、日(ravi‑vāra)・月(soma‑vāra)・火(maṅgala‑vāra)・水(budha‑vāra)・木(guru/ bṛhaspati‑vāra)・金(śukra‑vāra)・土(śani‑vāra)という呼称がサンスクリット文献に見えます。ここでも惑星神が曜日を司り、占星術・祭礼・断食日(ヴラタ)の選定に活用されました。インド亜大陸の諸言語はこれを継承し、さらに仏教・バクティ運動・天文学の交流を通じて、東南アジアや東アジアにも波及します。
東アジアへの伝播――七曜の受容、十日制との併存、日本の「曜日」
中国の古代暦法は、六十干支や十日をひとまとまりとする「旬」に重きを置き、官庁や租税の実務では十日単位の運用が一般的でした。他方で、インド由来の天文・占星思想や仏教経典を媒介として「七曜」の概念が伝わり、南北朝・隋唐期には、日月火水木金土の名称が知識人社会で共有されます。唐代の星占・暦算や道教・陰陽道の実務において、七曜は吉凶判断の指標として使われ、民間でも「日柄」を選ぶ慣習に影響を与えました。もっとも、官制の根幹をなす日常の行政サイクルは長らく十日制が主で、七日週が正式の事務単位として採用されるわけではありませんでした。
日本では、古代から陰陽道や仏教の暦注に「七曜」が取り込まれ、平安期の貴族社会の日取り選定に影響を与えました。曜日という呼び方自体は中世にも見られますが、現代的な意味での「1週7日制」の公的標準化は、明治初期に太陽暦(グレゴリオ暦)を採用した過程で進みました。1873年の改暦により、旧来の太陰太陽暦から西洋式暦法へ移行するとともに、行政・教育・交通・商業の運用単位として7日週が明確化され、日月火水木金土の呼称が「曜日」として定着しました。これらの名称は、東アジアで古くから用いられた七曜に基づきつつ、近代以降の時間制度に接続されたものです。
東アジアでは、七曜と十日制(旬)が長く併存しました。官府の締切や農作業の工程、市の開設は十日単位で動く一方、宗教行事や占い、知識人の天文趣味は七曜を参照するという二重構造が続きました。近代国家の行政標準化と鉄道・郵便・報道といった時間の均一化装置が整うと、七日週のほうが国際的な連結性に優れるため、実務の主役が七日週に移りました。学校教育で「曜日表」が普及し、労働慣行の整備とともに人々の生活時間が週単位で意識されるようになります。
近代の標準化と週末――労働・余暇・国際規格の中の7日
産業化と都市化は、週という単位に新しい社会的意味を与えました。工場労働の規律や賃金計算、鉄道時刻表、新聞発行、学校の時間割、議会や裁判所の会期運営など、あらゆる制度が週のリズムで設計されます。キリスト教圏では日曜休業が広がり、20世紀には労働運動の圧力と生産性の向上が相まって、土曜の午後や土曜まるごとを休みにする慣行(サタデー・ハーフや二日週末)が浸透しました。イスラーム圏では金曜礼拝を配慮して金曜を中心とする休日体系が採られ、国際金融や通信の利便を考慮して金土または土日へと調整する国も現れました。結果として、地球のどこかで常に市場や役所が動いている「24/7」の世界が徐々に形づくられていきます。
国際規格の面では、カレンダー表記や週番号の付け方に統一が図られました。多くの欧州規格やISOでは「週の第一日は月曜」と定義され、年の最初の木曜を含む週を「第1週」とする取り決めが普及しています。一方、北米や一部の文化圏では伝統的に日曜始まりのカレンダーが日常的で、宗教行事や学校の慣行もこれに合わせられることがあります。つまり、1週7日という骨格は同じでも、週の「始まり」や「休日」の置き方には地域の歴史と宗教、経済の都合が反映されています。
週と月・年のズレも、制度設計に影響を与えます。7は12(月数)や365(日数)と割り切れないため、週番号と月初・年初の関係は毎年ずれていきます。これに不満を抱いた暦改革者たちは、フランス革命暦の10日制(デカード)や、ソ連の5日制・6日制など、別の週制を試みました。しかし、宗教や商業、国際交流に浸透した7日週の慣性は強く、これらの試みは長続きしませんでした。7という数が宗教象徴と天文学、生活実務の折衷点であり、しかも広域に共有されていたことが、7日週の「粘り強さ」を支えたのです。
情報化以後は、週末の概念が観光・娯楽産業や家族生活の時間設計に大きな影響を与えています。フレックスタイムやリモートワークの普及、サービス業の24時間化は、週の均質性を相対化しつつも、学校や金融、行政が週単位で動く限り、7日週は社会の基本リズムであり続けます。スポーツのリーグ戦、テレビ番組の編成、オンラインのイベントやセールもまた、週という単位を軸に企画されています。
このように、1週7日制は、古代の天体観と宗教儀礼、ローマ帝国の法と都市文化、イスラームやインドの学知の交流、東アジアの七曜受容、近代の労働・交通・通信の標準化といった異なる系統が重なり合って成立・普及した制度です。7という数の象徴性と取り扱いやすさ、そして世界宗教と帝国が生んだ広域の共通文化が、その持続力を担保しました。週の始まりがどの日か、週末をどう置くかといった違いは残りながらも、7日で一巡する時間の拍(はく)は、現代世界の隅々にまで浸透しています。

