一国二制度(いっこくにせいど)は、中華人民共和国の領土主権(「一国」)の下で、香港やマカオといった特別行政区がそれぞれ従来の資本主義の経済・法制度を長期にわたり保持する(「二制度」)という統治原理を指します。発案者としては鄧小平がよく知られ、1980年代の香港返還交渉やマカオの返還協議の中で具体化した考え方です。実際の枠組みは、英中共同声明(1984年)と香港基本法(1990年制定、1997年施行)、中葡共同声明(1987年)とマカオ基本法(1993年制定、1999年施行)などに落とし込まれ、外交と防衛は中央政府が担い、行政・立法・司法(最終審)の多くは特別行政区が自ら行う、と整理されました。香港ドルやマカオ・パタカの独自通貨、別個の関税・出入境管理、コモンロー(香港)と大陸法系(マカオ)の維持などが、その具体的な表れです。さらに、香港には国際人権規約(ICCPRなど)の適用継続をうたう条項が置かれました。
一方で、この原理は固定的なスローガンではなく、政治・社会の変化に応じて運用が変わってきました。香港では2003年のいわゆる「23条」立法構想が大規模デモで頓挫し、2014年の選挙制度をめぐる「雨傘運動」、2019年の逃亡犯条例改正案を契機とする抗議を経て、2020年に全国人民代表大会常務委員会が「香港国家安全維持法」を制定しました。2024年には、香港立法会が基本法23条の要請を受けた域内立法(「維持国家安全条例」)を可決し、体制の整備が進みました。マカオでは2009年に自前の国家安全法を制定し、2023年には改正されています。こうした出来事は、自治と安全保障、司法独立と中央の解釈権の関係など、一国二制度の運用上の焦点を浮かび上がらせました。以下では、用語の由来、制度の骨格、運用の転機、そして台湾を含む対外関係との結びつきという観点から、より詳しく説明します。
由来と基本理念――「一つの中国」と「二つの制度」をどう両立させるか
一国二制度は、1970年代末から1980年代初めにかけて、鄧小平ら指導部が香港・マカオ・台湾を念頭に構想した統治原理です。背景には、植民地期の制度や生活様式を維持したまま主権を回収したいという中国側の意図と、返還後も国際金融・貿易拠点としての機能を損ないたくないという地域社会のニーズがありました。英中共同声明(1984年)は、1997年の香港返還に向け、外交・防衛を除く高度の自治、独自の司法と最終審、通貨制度や関税地域の維持などを中国の「基本方針」として掲げました。これを受けて制定された香港基本法は、「香港特別行政区は中華人民共和国の不可分の一部である」とする一方で、「高度の自治」「行政・立法・司法(最終審)の保持」を明文化しました。マカオも1987年の中葡共同声明とマカオ基本法で同様の枠組みが整えられました。
よく知られる表現に、「資本主義の制度や生活様式は50年間不変」という言い回しがあります。これは、返還からおおむね半世紀のスパンで従前制度を維持する方針を示したものです。ただし、条文上の位置づけやその後の政治判断をめぐっては、「最低50年」という解釈や、「2047年(香港)・2049年(マカオ)以後の取り扱いは未確定」という見方など、複数の読み方が存在します。いずれにせよ、一国二制度とは、主権の一体性を前提としつつ、経済・法・行政の主要部分を地域ごとに継続させ、国際社会との結節点としての機能を保持するための制度的工夫であったと言えます。
当初、この原理は台湾問題の解決モデルとしても語られました。すなわち、「統一後も台湾の制度と生活様式を保持する」という提案です。しかし、台湾側では政党や世論の多様な立場から強い異論があり、今日に至るまで受け入れられていません。この点は、一国二制度が政治的信頼と社会的合意に強く依存する構想であることを示しています。
法制度の骨格と実装――「高度の自治」と中央の権限、香港とマカオの比較
一国二制度の中核は、「高度の自治」と「中央が担う分野」の峻別にあります。香港基本法・マカオ基本法はいずれも、外交・防衛を中央政府の専権とし、特別行政区には行政・立法・司法(最終審)の権限を与え、独自の財政・租税・通貨・関税・出入境管理を認めています。香港は香港ドル(HKD)、マカオはマカオ・パタカ(MOP)を維持し、それぞれ独立した通貨当局が為替制度を運用します。特別行政区は別個の関税地域として世界貿易機関(WTO)などに「Hong Kong, China」「Macao, China」の名称で参加し、航空協定や経済連携の締結など、限定的な対外関係も独自に処理します。
司法面では、香港はコモンロー(英米法)の体系を維持し、「終審法院(Court of Final Appeal)」が最終審を行います。基本法は司法の独立を明記し、裁判官の任免や外国籍判事の登用も制度化されています。マカオはポルトガル法の影響を色濃く残す大陸法系で、最上位審は「終審法院(Tribunal de Última Instância)」です。いずれも、裁判権の独立と法の継受が基盤になっています。
同時に、中央の権限も制度上はっきり定められています。香港基本法158条などに基づき、全人代常務委員会(NPCSC)は基本法の最終的な解釈権を持ちます。これは、香港の自治と中央の憲法秩序を接続する「関所」の役割を果たしますが、政治的に敏感な局面では大きな議論を呼ぶ点でもあります。行政長官の選出方式や立法会の構成は、基本法の附属書に定められ、改定には特別多数と中央の承認が必要です。両地域の「国家観」と「自治」の接合面をめぐって、制度設計は常に政治的含意を帯びてきました。
安全保障に関しては、香港・マカオともに基本法23条に「自ら国家安全を保護するための法律を制定する」義務が規定されています。マカオは2009年に「国家安全法」を制定し、2023年に改正しました。香港では2003年に域内立法が構想されましたが大規模な抗議で見送られ、2019年の騒乱を経て2020年に全国法として「香港国家安全維持法(NSL)」が制定され、さらに2024年に基本法23条の域内立法(維持国家安全条例)が可決されました。これにより、分離・転覆・テロ・外部勢力との結託、機密の取り扱いなどをめぐる規制体系が整備されています。ここは、治安・主権の防護と、権利・自由、法の支配の調整が最も鋭く問われる領域です。
運用の転機と近年の変化――香港の曲折、マカオの安定化、自治と安全保障のせめぎ合い
香港では、返還後しばらくは金融センターとしての機能を維持し、司法制度も従前の枠組みが生かされましたが、政治制度の発展をめぐって幾度も摩擦が起きました。2003年の基本法23条立法案は大規模デモで撤回され、2014年には行政長官選出方式の枠組みをめぐって「雨傘運動」が発生しました。2019年、逃亡犯条例改正案が引き金となって長期にわたる抗議と衝突が生じ、社会の分断と治安の悪化は深刻化しました。
この局面で、2020年に全国法としての香港国家安全維持法が制定・施行され、治安当局の権限や制度が再編されました。以後、選挙制度の見直しや公職資格の要件強化、メディア・市民団体への規制など、政治・社会の制度環境は大きく変化しました。2024年には香港立法会が基本法23条にもとづく域内立法を短期間で成立させ、国家安全関連の法体系は一段と整備されました。支持する立場は「秩序回復と外部干渉の抑止」を強調し、批判的な立場は「権利・自由や司法独立の後退」「市民社会の萎縮」を指摘します。法技術的にも、域外適用や保釈・陪審の扱い、行政長官による指定や裁判体編成など、従来のコモンロー運用からの転換点が議論されています。
マカオでは、2009年に基本法23条の域内立法で国家安全法を制定し、2023年には改正して新たな犯罪類型や罰則の整備、情報空間の脅威への対応強化を図りました。香港に比べると大規模な政治的抗議は少なく、観光・カジノ産業の景気変動と公共投資、地域統治の安定化が主要な関心事でした。もっとも、選挙資格の審査や言論空間の管理が強まったとの指摘もあり、政治的多元性のあり方は継続的な論点です。
両地域を通じた共通の課題は、グローバル経済・テクノロジー・地政学の変動の中で、国際金融・観光・物流のハブとしての競争力を保ちながら、主権・安全保障・情報保全の要請にどう応えるかという点です。資本移動の自由やデータの越境移転、サプライチェーンの再編、外国法曹・外国判事の関与、国際基準との整合性など、一国二制度を支えてきた実務面の前提にも、新しい調整が求められています。
対外関係と台湾への射程――国際的な位置づけとモデルの可否
一国二制度は、国際社会にとっては独自の存在でした。香港やマカオは、国家とは別個の「関税地域」「通貨・金融システム」として扱われ、航空・通商協定、知的財産保護、仲裁・裁判管轄など、実務上の枠組みを豊富に持ちました。とりわけ香港のコモンロー制度は、国際金融・商事仲裁の利用にとって重要な魅力でした。この枠組みが今後も持続可能かどうかは、法の安定性や予見可能性、裁判の独立性に対する内外の信頼が鍵を握ります。マカオは観光・エンターテインメントに強みを持ちながら、都市開発・地域連携(横琴など)を通じて経済多角化を模索しています。
台湾については、1980年代から「統一後も制度と生活様式を保持する」という形で一国二制度が提示されてきましたが、台湾社会では受容が進んでいません。香港での政治的緊張や安全保障立法の展開は、台湾の世論や諸政党の姿勢にも影響を与え、「香港の経験」を参照しながら制度モデルの是非が議論されてきました。海峡両岸の関係は国内政治と国際環境に強く左右されるため、一国二制度の適用可能性は、当事者間の信頼と安全保障の枠組み、国際法的環境の複合的な条件に依存します。
総じて言えば、一国二制度は、主権の一体性と地域の多様性を両立させるための大胆な制度設計であり、返還交渉の産物として現実政治の妥協を体現した仕組みでした。制度文言としての「高度の自治」「法と生活様式の継続」は明確である一方、その運用は時代環境と政治判断により大きく振れ得ます。近年の安全保障立法や選挙制度の再編は、この原理の「守るべき中核」と「調整しうる周辺」の境界線を改めて問い直す契機となりました。一国二制度を理解するうえでは、法文と並んで、解釈権の所在、実務の積み重ね、国際環境との相互作用といった動的側面に目を向けることが欠かせません。

