ウルドゥー語 – 世界史用語集

ウルドゥー語は、南アジアの北部を中心に話されるインド・ヨーロッパ語族の言語で、パキスタンでは国語・公用語、インドでは憲法に認められた諸言語の一つとして重要な地位を占めます。日常会話から詩歌、映画、ニュース、宗教説話に至るまで幅広く用いられ、アラビア語・ペルシア語に由来する語彙と、ヒンディー語(サンスクリット系語彙)の基層が交差した豊かな表現力を特徴とします。発音はレトロフレックス音や有気音など南アジア特有の音韻を持ち、文法は語順がSOV(主語—目的語—動詞)で後置詞を用いる点が典型です。文字は右から左に書くペルシア・アラビア系のナスタアリーク体を用い、書記文化の美しさでも知られます。歴史的には「ヒンドゥスターニー」と呼ばれた共通口語から公的標準として分化し、近代の政治過程(英領期の言語論争、インド・パキスタン分離独立)を通じて、ヒンディー語と並ぶ大言語へと確立しました。

ウルドゥー語は話者数が非常に多く、南アジア域内だけでなく、湾岸諸国・イギリス・北米・南アフリカなどのディアスポラでも広く使用されています。宗教的にはムスリム共同体で重視されますが、言語としては宗教を超えて用いられ、音楽(ガザル、カッワーリー)、映画(ボリウッド/ロリウッド)、テレビドラマ、SNSなど現代メディアの重要な担い手でもあります。ここでは、定義と歴史的形成、文字・音韻・文法の要点、社会言語学的特徴と現代の動向を、専門用語に偏りすぎない形で整理します。

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成立と歴史的背景—ヒンドゥスターニーからの分化

ウルドゥー語の起源は、中世インドの北部平原(デリー—アグラ—ラクナウ—ラ合圏)で育まれた共通口語「ヒンドゥスターニー」にさかのぼります。13世紀以降、デリー・スルターン朝やムガル帝国の宮廷・軍隊・都市市場では、土着のインド・アーリヤ系諸方言(カリーボーリーなど)に、ペルシア語・アラビア語・テュルク系語彙が流入しました。行政・文学の高文化語がペルシア語であったため、文語語彙や表現、詩形(ガザル・カスィーダ)もペルシア語・アラビア語由来のものが多く取り込まれ、口語と文語が相互に影響し合いました。

「ウルドゥー」という名称は、もともと「オルド(軍営・宮廷)」に由来し、「宮廷の言葉」「軍営の言葉」を意味します。17~18世紀、デリーやラクナウの文人社会で、ヒンドゥスターニーの上層文語としての体裁が整い、ペルシア文字を改良した書記体系(ナスタアリーク体)で詩や散文が盛んに著されました。19世紀英領期に入ると、行政・教育の言語政策の中で、デーヴァナーガリー(左から右に書くインド系文字)を用いサンスクリット系語彙を積極的に採る標準ヒンディーと、ナスタアリークを用いペルシア・アラビア系語彙を重んじる標準ウルドゥーが、次第に明確に区別されました。これが「ヒンディー=ウルドゥー論争」と呼ばれる社会言語学的・政治的対立です。

1947年の印パ分離独立により、ウルドゥーはパキスタンの国語に採用され、行政・教育・メディアでの地位が強化されました。一方、インドでもウッタル・プラデーシュ州など北インド諸州を中心に伝統ある文学とメディアが継続し、国の憲法附表言語として公的な地位が保たれています。現実の会話の場では、ヒンディーとウルドゥーは相互理解性が高く、都市部の口語は両者の語彙が混交した「ヒングリッシュ/ヒンドゥスターニー」的な実態を示します。つまり、言語学的には連続体、政治・文化的には区別という二重構造が現在も続いているのです。

文字と音—ナスタアリーク体の美と南アジア的音韻

ウルドゥーの書記は、ペルシア語を土台とするアラビア文字の改良型で、右から左に書きます。書体としては、曲線が優雅なナスタアリーク体が標準で、活字化・デジタル化が難しいとされつつも、近年はUnicodeと高品質フォントの普及で紙・画面双方での再現性が向上しました。固有音の表記のため、アラビア文字にはない点や文字(پ、چ、گ、ژ など)が追加され、語頭・語中・語尾・単独で形の異なる連綿体が用いられます。数字はアラビア=インド数字系を使うことも、欧文数字を併用することもあります。

音韻の特徴として、南アジア語群に広く見られるレトロフレックス子音(ṭ, ḍ, ṇ などの舌先を反り返して出す音)、有気音と無気音の対立(p/ph, t/th など)、ソノリティの高い鼻音・流音の豊富さが挙げられます。外来語に由来する咽頭音・歯擦音(ق q、خ kh、غ gh、ز z、ژ zh 等)は語彙層によって発音が変わり、口語では /q/ が /k/ に近づくなどの中和もよく見られます。アクセントは強勢アクセントで語末にかかる傾向があり、長母音と短母音、二重母音の対立が機能します。韻律の面では、詩歌(ガザル)の伝統が強く、脚韻と内的リズムが話し言葉の語感にも影響を与えています。

ローマ字表記(ローマナイズ)も、学術・IT・SNSで頻繁に使われますが、ナスタアリークの微妙な音価を完全に再現するのは容易ではありません。近年は音声入出力、検索、機械翻訳に対応するため、標準化された転写法(IASTや学術的転写)と実用的な綴り(SMS的表記)の両立が模索されています。

文法の要点—後置詞・語順・敬語とアスペクト

ウルドゥー語の語順は基本的にSOV(主語—目的語—動詞)です。名詞句の関係は格語尾ではなく後置詞で表すのが原則で、「〜に」は ko、「〜から/〜で」は se、「〜の」は連体標識 kā/kī/ke、「〜において」は meṅ、「〜の上に」は par などが用いられます。形容詞は被修飾名詞の性・数に一致し、名詞は男性・女性の二つの文法性を持ちます。複数・斜格といった屈折は比較的規則的ですが、語彙ごとに不規則変化も残ります。

動詞体系は、語幹に助動詞・軽動詞(light verbs)を組み合わせる複合述語が発達している点が特徴です。たとえば「見る」を意味する dekh- に「しまう/きる」のニュアンスを加える -lenā、継続や試行を示す -raḥnā などを付けることで、微妙な相・相互作用・態の差異を表します。アスペクト(完了・未完了・進行)と時制(過去・現在・未来)、敬語体系(尊敬/親称)、法(可能・義務・推量)を助動詞 honā(〜である/〜になる)などで表すのが一般的です。

重要な統語特徴として、過去の完了相における能格(エルガティブ)整列があります。すなわち、他動文の主語が後置詞 ne を伴う能格で標示され、動詞の一致は目的語側に起こる(あるいは中立化する)という仕組みです。これはインド・アーリヤ諸語に広く見られる現象で、言語学的にも注目されます。また、関係代名詞—指示代名詞の連鎖(jo … vo … 「〜するものは……それは……」)や、語彙動詞+軽動詞の生産性は、ウルドゥーの表現の柔軟性を支えています。

語彙面では、日常語彙の多くがヒンドゥスターニー共通基層に属し、やわらかな口語ではヒンディーとの相互理解がきわめて高いです。一方で、公文書・ニュース・宗教・文学の高文体では、アラビア語・ペルシア語由来の語彙(hukūmat 政府、iqtiṣād 経済、tahzīb 文化 など)が多用され、語彙選択がスタイル指標として機能します。反対に標準ヒンディーはサンスクリット派生の語彙(sarkār に対して śāsan など)を採用する傾向が強く、両者の「ハイレジスターの差異」が政治的・文化的アイデンティティを可視化します。

文学・メディア・社会—ガザルから映画、ディアスポラへ

ウルドゥー文学の華は、精緻な比喩と韻律をもつ詩形ガザルです。17~19世紀にかけて、デリーとラクナウは詩壇の中心として栄え、ミールやガーリブ、モーミン、ズァウクといった詩人が恋と精神世界、都市の感性を凝縮した名篇を残しました。20世紀にはイクリマやイクリール……ではなく、アッラー・マフバト……と列挙したくなりますが、ここではマウラーナー・モハンマド・イクバール(思想詩)やファイズ・アフマド・ファイズ(社会詩)など、近代知識人の系譜が重要です。散文では短編小説や随筆、批評が発展し、インド分離独立と宗派暴動、移住と故郷喪失の経験が重層的に描かれました。

映画・音楽の分野では、ヒンディー映画(ボリウッド)の台詞・歌詞にウルドゥーの語彙と文体が深く浸透し、甘美でリズミカルな表現が恋愛・叙情のスタイルを形作りました。パキスタンのドラマや映画(ロリウッド)も国境を越えて視聴され、衛星放送と動画配信によってウルドゥーの聴取環境は世界規模で拡張しています。宗教実践では、説教・法学・神秘主義の語りにウルドゥーが用いられ、とくに都市ムスリムの公共空間で重要な媒体となっています。

社会言語学的には、ダイグロシア(高文体/低文体の機能分担)と、コード・スイッチング(英語・地域言語との切替)が一般的です。パキスタンのエリート教育や官庁では英語とウルドゥーの並用が普通で、インドの都市圏でもヒンディー/ウルドゥー—英語の混交が見られます。標準化・辞書編纂・教育政策は近代国家の課題であり、ウルドゥーでも正書法・語彙の統一、用字用語の整備、地方母語(パンジャーブ語、シンド語、パシュトー語など)との関係調整が問われます。ディアスポラでは、家庭内継承と宗教学校、週末学校、メディア視聴が維持の鍵となり、SNS・メッセージアプリでのローマ字書きが新しい日常表記として広がっています。

現代の技術環境と教育—Unicode以後のウルドゥー

デジタル時代の転機は、Unicodeの普及と高品質なナスタアリーク・フォントの登場でした。これにより、新聞・電子書籍・学術論文・SNSでのウルドゥー表記が安定し、検索・校正・機械翻訳が実用段階に入りました。縦組み文化を持たないためレイアウトの自由度が高く、可変フォントやOpenTypeの高度機能で、連綿体の美しさと可読性の両立が図られています。音声合成・音声認識も進歩し、ニュース読み上げ、ナビ、学習アプリなどでウルドゥーが活用されています。

教育面では、パキスタンの初等教育でのウルドゥー必修、インド諸州での選択科目、イスラーム学院(マドラサ)や大学のウルドゥー学科が、読み書き・文法・文学史の基礎を提供します。外国語としてのウルドゥー教育も、中東・欧米・東アジアで拡大し、映画・音楽・宗教研究・国際関係の需要に支えられています。初学者にとっては、ナスタアリークの連綿と形の変化が最初の関門ですが、音声—文字対応が比較的一貫しているため、基礎習得後の読解は加速します。学習資源は、オンラインの辞書・文法解説・発音動画、コーパス検索などが充実しつつあります。

総じて、ウルドゥー語は、歴史・宗教・政治・都市文化が交差する場所で育った言語です。ヒンドゥスターニー連続体の中核として、口語の相互理解性と文語の様式差、文字文化の美と音韻の多彩さ、詩と映像文化の豊かさを兼ね備えます。言語学の観点からも、能格整列や複合述語、後置詞体系、語彙層の社会指標性など、分析に値する特徴に富んでいます。現代のメディアと技術がその可視性をさらに高めるなか、ウルドゥー語は南アジアの公共空間と世界ディアスポラの双方で、生きた表現媒体として息づいています。