ウェールズは、グレートブリテン島の西側に位置する地域で、険しい山地と入り組んだ海岸、古層の言語ウェールズ語、そして炭鉱・製鉄に象徴される産業の記憶を併せ持つ土地です。歴史的にはケルト系ブリトン人の文化を長く保ち、イングランドとの関係の中で征服・同盟・統合をくり返しながら、独自の法と詩、音楽と宗教、地域共同体の絆を育んできました。現在のウェールズはイギリス(連合王国)を構成する一つの「国」であり、カーディフを首都として、自治政府を持ち、教育・保健・文化・一部のインフラや環境などに関する権限を行使しています。赤い竜の旗、ラグビーの熱狂、メイル(合唱)とエイステズヴォッド(詩歌祭)の伝統、スノードニア(現エリリ)やペンブルックシャーの国立公園の風景は、ウェールズの多面的な魅力を象徴しています。本稿では、地理と通史、統治と言語文化、経済と社会、現代のアイデンティティという切り口から、老若男女に伝わるよう平易に、しかし骨太に解説します。
地理と通史――山脈と海が形づくった地域世界
ウェールズの地形は、中央部から北西にかけての古い山地と、ブリストル海峡に開く南部の低地、沿岸の入江と半島の連なりが特徴です。北のエリリ(スノードニア)にはウェールズ最高峰のエリリ・ファウル(旧スノードン)がそびえ、山稜は急峻で気象は変わりやすく、谷には氷河が削った湖沼が点在します。西側の海岸はカーディガン湾に面して入り組み、南西端のペンブルックシャーは断崖と砂浜が交互に現れる独特の景観を見せます。こうした地勢は、農業や牧畜、交易路や防衛戦略、定住パターンに大きな影響を与えました。歴史的には、山と谷が自然の境界となり、多くの小王国が並立する状態が長く続いたのです。
古代のウェールズは、ローマ帝国のブリタンニア属州の一部として軍事道路や砦の建設を経験しましたが、山地の奥深くまでローマ都市文化が浸透したわけではありません。ローマ撤退後、ウェールズにはブリトン人の諸王国(グウィネズ、ポウィス、デヘウバースなど)が現れ、修道院と学問の拠点が各地に生まれました。アングロ=サクソン人の進出に対しては、山地と辺境の地の利を活かして独立性を保ち、王たちは詩人を庇護し、法と慣習を整えます。ウェールズ法(ヒュウェル・ダ法)と呼ばれる中世の法典は、血の復讐と賠償、土地と親族の規定、女性の権利や養育の規則など、共同体倫理を具体化したものでした。
11世紀、ノルマン征服後のイングランドからノルマン諸侯が境界地帯(マーシェス)へ侵入し、城を築きながら支配を広げます。ウェールズの諸王国は抗戦と妥協を重ね、12~13世紀にはグウィネズのリューウェリン一族が勢力を伸ばしました。しかし13世紀末、イングランド王エドワード1世の遠征に屈し、エドワードは北ウェールズ各地に城郭群(カーナーヴォン、コンウィ、ハーレフなど)を築いて支配を固めます。ウェールズは以後、イングランド王権の下に組み込まれていき、16世紀の一連の法(ウェールズ併合法)によって、行政・司法の制度がイングランドと統合されました。
とはいえ、ウェールズの言語と慣習は生き続けました。宗教改革と清教徒革命を経て、18~19世紀に入ると、南ウェールズの石炭や鉄鉱を基盤とする産業化が急速に進みます。渓谷の炭鉱、製鉄・製鋼、港湾都市カーディフやスウォンジーの拡張は、ウェールズを世界の工業地帯の一角に変えました。同時に、農村部では毛織や酪農、沿岸の漁業が続き、山地の羊はウェールズの風景と経済の両面を支えました。20世紀に入ると、一次産業と重工業の構造変化により炭鉱の閉山が相次ぎ、失業と地域社会の痛みが広がります。そこからの再生として、観光、サービス、先端材料、再生可能エネルギー、創造産業への転換が模索され、現在の経済は多角化へ動いています。
統治・言語・文化――「一つの国」としての自覚と制度
ウェールズは、イギリス(連合王国)を構成する四つの「ホーム・ネーション」の一つで、現在はカーディフに設置されたウェールズ自治政府(ウェルシュ・ガバメント)と議会(セネズ/セネッド・カムリ)を持ちます。1997年の住民投票を経て権限移譲が始まり、教育、保健、文化、地方交通、環境、農業など内政の幅広い領域で立法・政策の裁量が与えられました。外交・防衛・通貨・移民などはロンドンの英国政府の権限に留まりますが、EU離脱やエネルギー政策、言語・文化保護などでウェールズの意見が注目される機会は増えました。自治は、単なる行政効率ではなく、「ウェールズとしてどう生きるか」を可視化する政治教育の場にもなっています。
言語はウェールズの核心です。ウェールズ語(クムリグ)はインド・ヨーロッパ語族ケルト語派のブリソン諸語に属し、独自の音韻と正書法、濃密な詩形文化を持ちます。19世紀の産業化と英語教育の普及で話者は減少しましたが、20世紀後半以降、学校教育(ウェールズ語学校)、公共放送(S4Cなど)、公式二言語政策、地名復権運動などの取り組みにより、日常生活と公共空間にウェールズ語が戻りつつあります。道路標識、役所の掲示、議会や法廷の通訳、放送やデジタル媒体が、言語の生態系を支えます。言語は単なるコミュニケーション・ツールではなく、ウェールズの歴史記憶と感性の貯蔵庫なのです。
文化の担い手として、詩と音楽は特筆されます。ウェールズは「歌の国」と呼ばれ、男声合唱の重厚なハーモニー、教会音楽の系譜、地域の合唱祭が人々を結びつけてきました。エイステズヴォッド(詩歌・音楽・演劇の祭典)は中世の吟遊詩人の伝統に源を持ち、近代に復興し、今も地方大会から全国大会まで続きます。詩人や小説家はウェールズ語と英語の双方で作品を発表し、産業と共同体の記憶、炭鉱の悲劇、海と山の風景、信仰と世俗の交錯を描いてきました。民族衣装や織物、陶器、金銀細工も地域性豊かな工芸として受け継がれています。
宗教は長らく非国教系(メソジストなど)の信仰が強く、礼拝と共同体倫理が産業社会の規律と相互に補強し合いました。パブリック・ハウスとチャペル、合唱団とラグビーのクラブ、労働組合と自助団体――こうした小宇宙が、ウェールズの「社会的資本」を形成してきました。20世紀後半には世俗化が進みつつも、地域の相互扶助と文化活動は根強い力を保っています。
経済・社会と再生――炭鉱の記憶から多角化へ
南ウェールズの谷(ザ・ヴァリーズ)は、かつて世界的な石炭産出地で、カーディフは石炭積出港として繁栄しました。鉄鋼との結びつきは製造業の集積を生み、港湾都市は貿易と移民の玄関口となります。炭鉱労働は危険と隣り合わせで、坑道崩落やガス爆発、粉塵肺などの災禍が家族と地域の記憶に刻まれました。他方、労働者の団結と教育・文化活動(図書館、合唱、夜間学校)は、英国労働運動の一翼を担います。20世紀後半、エネルギー構造の転換と国際競争で炭鉱は次々に閉山し、失業と人口流出、商店街の空洞化が深刻な課題となりました。
こうした痛みからの再生として、ウェールズは多角化を進めます。まず観光。山岳・沿岸の国立公園、世界遺産の城郭群、産業遺産(旧炭鉱施設や運河、鉄道)の博物化、映画・ドラマのロケ地としての活用は、地域経済に新陳代謝をもたらしました。次に、先端産業と大学連携。複合材料、電子・半導体、医療関連、再生可能エネルギー(風力・海洋・水素)などの分野で、研究拠点とスタートアップ育成が進みます。カーディフ、スウォンジー、バンガーなどの大学は、留学生と地域企業を結びつけ、知識と雇用の循環を生み出しています。さらに、文化・クリエイティブ産業(放送、ゲーム、音楽、フェス)も重要で、ウェールズ語のコンテンツ制作は言語の生態系と市場を同時に支えます。
農牧業は規模こそ大きくないものの、羊肉・乳製品・クラフト食品・サイダーなど、ブランド化と観光の連携で価値を高めています。小規模醸造所や焙煎所、ファーム・ステイ、地元市場は、コミュニティ経済の核であり、移住者と観光客を巻き込む交流の場にもなっています。交通インフラでは、渓谷と都市を結ぶ鉄道路線の再整備、活性化したバス網、自転車道の整備、港湾の再開発が地域間の格差を縮める要になります。
社会課題としては、かつての産業地帯と農村・沿岸部で教育機会や医療アクセス、賃金水準に差が残る点、若者の流出と高齢化、住宅の確保、自然災害(洪水・強風)への備えなどが挙げられます。自治政府は教育・技能訓練、地域医療ネットワークの強化、公営住宅やエネルギー貧困対策、気候変動に適応するインフラ投資を進めています。EU離脱の影響で構造基金が縮小したギャップを、英国政府と自治政府の新たな枠組みでどう埋めるかも実務的な焦点です。
現代のアイデンティティ――スポーツ、象徴、そして開かれたウェールズ
ウェールズの現代的アイデンティティを凝縮して示すのがスポーツ、とりわけラグビーです。カーディフのスタジアムに赤いジャージと竜旗が揺れる光景は、社会階層や地域を越えた連帯の場を作り、国歌や合唱がスタンドをひとつにします。サッカーやクリケットも人気ですが、ラグビーは炭鉱と港湾の労働文化とも結びつき、物語性が際立ちます。スポーツは単なる娯楽ではなく、ウェールズ語のアナウンスや応援歌を通じて言語の可視性を高め、地域の自尊心と外部発信の媒体にもなっています。
象徴の体系も豊かです。赤い竜(イ・ドライグ・ゴッフ)の旗、3本の羽根(ウェールズ公の羽根徽章)、水仙とリーキ(西洋ネギ)の植物象徴、聖ダヴィドの日(3月1日)などの年中行事は、学校や地域イベントで共有されます。地名のウェールズ語表記復権は、観光だけでなく、土地の記憶を守る運動でもあります。例えば山名や海岸の呼び名、ケルト期からの地名は、地理と歴史と物語を一度に伝える文化資源です。
ウェールズは閉じた共同体ではありません。産業化の時代から移民の受け入れ地であり、アイルランド、イタリア、ソマリ、ポーランドなど多様な出自の人々が港や炭鉱の町、都市部で働き、暮らしてきました。現代も大学や医療、クリエイティブ産業が国際性を高め、都市中心部は多文化の食や芸術に彩られています。多様性とウェールズ語保護の両立は挑戦でありながら、相互に豊かさをもたらす試みでもあります。学校や地域センターでの二言語教育、多文化行事、地域史の共有は、開かれたアイデンティティの礎です。
政治的には、連合王国内の立ち位置をめぐる議論が続きます。自治権限の拡大、財政の裁量、連邦的再編、あるいは独立の可能性に関する議論は、世論と政党の間で揺れ動きます。ウェールズの多くの人々にとって重要なのは、抽象的な制度論だけでなく、日々の暮らしが良くなるか、言語と文化が守られるか、地域の自然が子や孫の世代に残るかという具体的な問いです。自治政府と地方自治体、コミュニティ組織、大学と企業、市民が協働して、小さな成功を積み重ねていく――そのプロセス自体が、現代ウェールズの「自分たちの政治」を形にしています。
総じて、ウェールズは、険しい山と深い入り江、古い言語と新しい産業、合唱とラグビー、チャペルとパブ、炭鉱の記憶と再生の挑戦が重なり合う多層的な社会です。ウェールズ語の一語一語、合唱の和声、谷を吹き抜ける風、スタジアムの大合唱、石造りの城壁と近代の大学キャンパス――それぞれが、ウェールズという場所が歩んできた道とこれからの可能性を語っています。イングランドとの緊密な関係とほどよい距離感、ヨーロッパと世界と結びつく開放性、地域共同体の粘り強さ。ウェールズを理解することは、地域が自らの資源を言語・文化・制度の三つの軸で編み直し、未来へ手渡す方法を学ぶことでもあります。

