サッカレー(ウィリアム・メイクピース・サッカレー, 1811–1863)は、チャールズ・ディケンズと並ぶヴィクトリア朝イギリスの代表的小説家です。看板作『虚栄の市(Vanity Fair, 1847–48)』で、上昇志向と利己心、社交界の見栄と打算を冷ややかな諧謔で描き、善悪や勧善懲悪の単純図式から距離を取る「反ロマン的」写実を確立しました。彼は挿絵画家・風刺雑誌の寄稿者として出発し、経済的困窮や家庭の不幸を抱えながら、諷刺・アイロニー・読者への直接語りかけを駆使して、帝国の繁栄の影にある虚飾と弱さを描き続けました。サッカレーを読むことは、19世紀イギリス社会の階級、金銭、女性の行動半径、帝国と都市の倫理を、一歩引いた視線で見通す訓練になります。
生涯と時代背景:コルカタ生まれの風刺作家が小説家へ
サッカレーはイギリス東インド会社の官吏を父に持ち、インドのコルカタで生まれました。幼少期に帰英すると、名門チャータム・ハウスやチャーターハウス校、トリニティ・カレッジ(ケンブリッジ)に学びましたが、学業を完全に修める前に退学し、法曹・美術・ジャーナリズムの間を行き来しました。彼は絵が巧みで、のちに自作への挿絵を自ら描き、風刺誌『パンチ(Punch)』などで筆を立てます。若年期には遺産の損失や投資の失敗で経済的に困窮し、結婚生活も妻の精神疾患によって破綻するなど、私生活には暗さがありました。この「人生の凹凸」は、彼の作品に漂う醒めた人間観、道徳の二重性への鋭い感受性へと転化しました。
ヴィクトリア朝は、鉄道・蒸気機関・金融が牽引する経済成長と、帝国の拡張、都市化の激化、慈善・道徳の強調が入り混じる時代でした。文学は月刊・週刊の連載形式が主流で、読者市場の拡大が作家の名声と生活を左右しました。サッカレーはこの連載文化の申し子であり、『スノップの書(The Book of Snobs)』や『ペンデニス氏(Pendennis)』など、多彩な仮名や語りの実験を経て『虚栄の市』へ至ります。彼の「冷笑」や「皮肉」は、単なる人間嫌いではなく、善意や美徳の装いの背後で作動する利害を可視化する倫理的透視術でした。
同時代のディケンズが弱者救済や感傷性をもって読者の共感を動員したのに対し、サッカレーは読者にしばしば不快な鏡を突き付けます。読者が見たい「美しい物語」を壊し、人物の自己欺瞞を余さず描写して、道徳判断の手綱を読者自身の手に返すのです。こうした作風は、当初こそ大衆人気で劣る面がありましたが、やがて「大人の読者」を獲得し、ケンブリッジ講義や朗読ツアーで知識階級にも広く受容されました。
主作品とテーマ:『虚栄の市』を中心に—上昇と偽善の劇場
『虚栄の市』は、戦争(ワーテルロー)と平時の社交を背景に、主人公二人—計算高い成り上がりベッキー・シャープと、善良だが受動的なアメリア—の対照を軸に、結婚市場・相続・社交界の駆け引きを描き切った長編です。副題の「英雄なき物語」は、善悪二項対立の英雄譚を拒む宣言であり、登場人物たちはみな自分の利害と虚栄の囚人です。サッカレーは、語り手が舞台の説明係として読者に語りかけ、糸で操る木偶(パペット)を見せるように物語の仕掛けを明かします。これにより、読者は物語の外に立つ批評家でもあり、同時に人物と共犯関係に陥る観客でもあります。
ベッキー・シャープは、サッカレー最大の創造物の一つです。彼女は貧しい出自と教育によって社会の周縁に押しやられながら、機知と演技力、冷静な金銭感覚で階段を駆け上がります。彼女は純粋な悪女ではなく、時に友情や母性愛を覗かせ、環境によって形作られた生存戦略の体現者です。アメリアは一見美徳の体現者ですが、依存と感傷の虜でもあり、ベッキーとの対照を通じて「女性らしさ」の規範がいかに社会的に作られ、時に抑圧的であるかを浮かび上がらせます。サッカレーは男性側の虚栄—軍人の空威張り、地主の浪費、商人の打算—にも容赦なく、男女双方の偽善を描きます。
同時代の他作品として『ヘンリー・エズモンド(The History of Henry Esmond)』は、18世紀の架空回想記という形式で、歴史語りの語り手信頼性を実験的に問い直しました。『ニューカム家(The Newcomes)』は家族と資本の倫理、『ペンデニス氏』は文壇と青年の自己形成、『スノップの書』は「スノッブ(成金的虚栄)」という言葉を一般化するほどの社会診断を示しました。また、短編やスケッチ、紀行、講義録『イングランドの風刺家』など、諷刺の射程は広範でした。
宗教や道徳について、サッカレーは説教臭さを避けつつも「他者への思いやり」「小さな誠実さ」の価値を擁護します。大仰な徳よりも、日常の礼節や労働の誠実、家庭内の控えめな献身を評価する「小さな倫理」は、派手な美徳を疑う視線と裏腹です。彼は大罪よりも小悪を嫌い、英雄的偽善よりもささやかな善良を尊ぶ作家でした。
語りの技法・文体・メディア:読者への呼びかけと挿絵、諷刺の仕掛け
サッカレーの語りは、メタフィクション的な自己言及が際立ちます。語り手は舞台監督さながらに登場人物の糸を引き、読者に「さて、この人物をどう思いますか」と問いかけます。これは、連載媒体で読者の反応を見ながら進行する当時の出版事情とも相性がよく、読者との距離を自在に操作する技法でした。諷刺は、露骨な嘲笑ではなく、比喩・言い換え・余白で効かせます。例えば、社交界の慈善舞踏会を「徳を纏った虚栄の祭典」とパラフレーズし、善行と自己宣伝の混淆を示します。
挿絵は、サッカレー文学の重要な要素です。彼自身が描いた風刺的イラストは、人物の誇張と道具立て—長い鼻、きらびやかな勲章、ぴたりと合わない軍服—で、文の皮肉を視覚化します。視覚と文字の掛け合いは、今日のグラフィック・ノベルや風刺漫画の祖型にも位置づけられます。印刷メディアの発達と廉価版の普及が、彼の諷刺を中産階級へ浸透させる回路でした。
文体は、ディケンズの音楽的リズムに比べて渋く、会話と地の文の温度差を利用します。地の文が辛辣に状況を切り取る一方で、登場人物の言葉は自己欺瞞や言い逃れに満ち、読者は両者の隙間で「真実の位置」を測るよう促されます。多用される自由間接話法や話し手の入れ替えは、後のジェイムズ、フォースター、ウルフらの心理的写実にも連なります。
受容・影響と日本での読み—ディケンズとの対照、近代小説への橋渡し
19世紀後半、サッカレーはディケンズと双璧と評価され、知識階級—とくに大学文化—ではしばしばサッカレーが「より成熟した作家」として推されました。20世紀前半、モダニズムの審美が高まると、彼の道徳的視線や説話性は時に保守的と見なされましたが、戦後のナラトロジーや文化研究は、語り手のアイロニー、階級とジェンダーの表象、メディア横断性に光を当て、再評価を進めました。ベッキー・シャープはフェミニズム批評の主要対象となり、能動的女性像と抑圧の二面性をめぐる議論を喚起しました。
日本では、明治以降に英文学受容の中でサッカレーはディケンズ、エリオット、ジェイン・オースティンと並んで紹介され、『虚栄の市』は何度も翻訳されました。写実主義や自然主義の文脈で、虚栄・金銭・成り上がりの主題は都市化を進める日本社会にも響き、漱石や鴎外の読書圏でも参照されています。戦後は新訳の刷新と映像化(映画・ドラマ)で一般読者にも再普及し、近年は学術的にはナレーション理論、メディア研究、帝国文化研究(コロニアルな生まれ、インド経験の影)からの分析が進んでいます。
影響関係で言えば、フォースター『ハワーズ・エンド』の階級アイロニー、モームの冷淡な人物観察、イーヴリン・ウォーの社交風刺、ナボコフの語り手操作への関心など、20世紀英米小説の技法にサッカレーの陰影が見て取れます。彼の「読者を相棒にする諷刺」の態度は、現代のドラマや小説における第四の壁の越境にも先駆的です。
一方、限界もあります。サッカレーは社会構造の批判者でありつつ、当時のジェンダー規範や階級秩序を根底から転覆するビジョンは持ちませんでした。彼の道徳観は中産階級的な節度と勤勉の理想に寄り、制度改革よりも個人の自省に期待します。だからこそ、作品は古びない普遍性(人の虚栄と小さな善)を持つ一方、制度批判の射程という点ではディケンズに譲る面があります。この「弱さ」を含めて評価することが、作家サッカレーの像を立体化します。
総括すると、サッカレーは、華やかな帝国のショーウィンドウの背後にある等身大の人間—虚栄を抱え、小さな善も手放せない—を、読者と共犯しながら描いた作家です。ベッキー・シャープの笑み、アメリアの涙、軍服の肩章の鈍い光、舞踏会の仮面、帳簿の数字——それらが一枚の風刺画の中で同時に輝きます。彼の作品に身を置くことは、笑いと軽い痛みを伴う〈現実の練習〉であり、文学を通じて世界を見るためのレンズを磨く営みなのです。

