遺伝の法則 – 世界史用語集

遺伝の法則は、親の形質(背の高さや花の色、血液型など)が子へどのように受け継がれるのかを示す基本原理のことです。もっとも有名なのはメンデルが見いだした「分離の法則」と「独立の法則」で、これにより、親が持つ情報が配偶子(卵・精子)へ半分ずつ分かれて伝わり、違う遺伝子どうしは原則として別々に組み合わされると説明されます。実際の生物では例外も多く、遺伝子どうしが同じ染色体上で結びついて動く「連鎖」や、優劣がはっきりしない「不完全優性」「共優性」、複数遺伝子と環境が絡む「多因子遺伝」などが知られます。それでも基本の骨組みは、減数分裂で遺伝子が分かれて配られるというシンプルな考えにあります。ここでは、メンデルの発見から基本概念、法則の中身と働き、代表的な例外、現代への拡張までを、なるべく数式に頼らず分かりやすく説明します。

要点だけを先取りすると、(1)性のある生物は遺伝情報を「二枚持ち」にしており、子にはそのうち一枚ずつが渡ります(分離の法則)、(2)違う染色体にある遺伝子は基本的に独立に配られ、親とは違う組み合わせがたくさん生まれます(独立の法則)、(3)ただし実際には染色体上の位置関係や遺伝子の種類によって、期待通りの比が崩れることがあります、という三点です。これを踏まえて詳しく見ていきます。

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起源と基本概念――メンデルのエンドウ豆、言葉の整理

遺伝の法則は、19世紀半ばにオーストリア(当時はハプスブルク帝国領)の修道士グレゴール・メンデルがエンドウ豆で行った交配実験から確立されました。彼は種子の形(丸/しわ)、花の色(紫/白)、さやの色(緑/黄)など対になった形質を選び、純系同士を交配して世代を重ね、子孫の比率を数え上げました。メンデルの工夫は、(1)混ざりものの少ない純系を用意し、(2)一度に少数の形質だけに注目し、(3)十分なサンプル数を取り、(4)比率を統計的に扱った点にあります。これにより、目に見えない「遺伝の単位」が法則的に働くことを示しました。

用語を整理します。親と子に共通して現れ得る性質を「形質」と呼び、そのもとになる情報の単位を今日では「遺伝子」と呼びます。遺伝子にはバリエーションがあり、これを「対立遺伝子」と言います。生物の体はふつう父由来と母由来の二組の染色体を持つので、同じ遺伝子を二つ(Aとaのように)持つのが基本形です。この二つの組み合わせ(AA、Aa、aa)を「遺伝子型(ジェノタイプ)」、外から観察できる性質(紫の花・白い花など)を「表現型」と言います。優劣関係がはっきりしているとき、異なる二つ(Aa)が一方(A)の性質だけを示すなら、そのAを「優性」、隠れるaを「劣性」と表現します。

この「二枚持ち」は、配偶子がつくられる過程で一枚ずつに分かれます。配偶子をつくる特別な細胞分裂が「減数分裂」で、染色体の数を半分に減らし、偶然に近い組み合わせで配ります。受精で父母の配偶子が合わさると、二枚持ち(二倍体)が復活します。メンデルの法則は、減数分裂のふるまいを直感的に言い当てていたのだと、のちに染色体の観察や遺伝学の発展で理解されました。

分離の法則と独立の法則――仕組み・比率・考え方

第一の原理「分離の法則」は、ひとつの形質を決める二つの対立遺伝子が、配偶子をつくるとき互いに分かれて別々の配偶子に入る、という内容です。たとえば、紫=Aが白=aに優性で、親の遺伝子型がAaなら、つくられる配偶子はAとaが半々です。同じ型の親二個体(Aa×Aa)を交配すると、子の遺伝子型はAA:Aa:aa=1:2:1、表現型は優性の性質(紫):劣性の性質(白)=3:1となります。これは「モノハイブリッド(単一形質)交雑」の基本比で、多くの入門書に示される3:1の比はここから来ています。

第二の原理「独立の法則」は、違う形質を決める遺伝子が別々の染色体上にある(あるいは同じ染色体でも十分に離れていて組換えが頻繁に起こる)とき、互いに独立に配られるというものです。たとえば、種子の形(丸=R/しわ=r)と色(黄=Y/緑=y)という二つの形質について、両方ともヘテロ型(RrYy)同士を交配すると、子の表現型は「丸・黄」「丸・緑」「しわ・黄」「しわ・緑」の比が9:3:3:1になります。これは、それぞれの形質が3:1に分かれるという事象が「独立」に同時に起きた結果です。サイコロやコイン投げの確率と同じ発想で、Punnett(パネット)の方形表で組み合わせを数えれば確かめられます。

ここで大切なのは、法則は「大数のもとで現れる傾向」を述べているという点です。現実の小さな家族では3:1や9:3:3:1の比がぴったり出るとは限りません。たくさんの個体を数えると、偶然の偏りが平均化され、理論比に近づきます。メンデル自身、数を多く取り、比率を「確率」として扱いました。現代の遺伝学では、観察値が理論比とどのくらいずれているかを「カイ二乗検定」などの統計で評価します。

分離と独立の背景にある細胞レベルの仕組みは、減数分裂で説明できます。まず相同染色体(父と母の同じ種類の染色体)が対になり、やがて別々の配偶子に分かれます(これが分離)。さらに、父由来の染色体と母由来の染色体が右左に分かれる向きは各ペアで偶然に決まり(独立)、多くのペアが同時に独立して向きを選ぶことで、配偶子は膨大な組み合わせを持つようになります。人では23ペアあるので、理論上2の23乗もの組み合わせが可能です。加えて、相同染色体の一部が交差してDNAを交換する「組換え」が起こり、さらに多様性が広がります。

典型的な例外と拡張――連鎖・組換え、不完全優性・共優性、性連鎖・細胞質遺伝、多因子

「独立の法則」は万能ではありません。もっとも重要な例外が「連鎖」です。二つの遺伝子が同じ染色体の近い場所にあると、減数分裂で別々の配偶子に入りにくく、親と同じ組み合わせ(親型)が多くなります。逆に、間で組換えが起これば新しい組み合わせ(組換え型)が生じます。親型と組換え型の割合から、二つの遺伝子の距離(遺伝地図上の距離)を見積もることができます。これが「連鎖地図」「センチモルガン(cM)」の考え方です。独立は「違う染色体、または十分離れている場合」に限って近似的に成り立つのだと理解します。

優性・劣性の関係がはっきりしないこともあります。不完全優性では、ヘテロ型が中間の表現型になります(赤花×白花→ピンク花)。共優性では、両方の対立遺伝子の性質が同時に現れます。ヒトのABO式血液型のAとBは共優性で、AB型はA抗原とB抗原の両方を示します。これらの場合でも、分離という原理そのものは働いていて、ただ表現型の読み方を変える必要があるだけです。

性染色体に載る遺伝子は「性連鎖遺伝」を示します。ヒトの色覚異常や血友病の多くはX染色体上の劣性遺伝で、男性はXを一枚しか持たないため、劣性の対立遺伝子を受け取ると症状が現れやすくなります。このため、家系図では男性に多く出る特徴的なパターンが見られます。Y染色体に載る遺伝は父から息子へ必ず伝わりますが、載っている遺伝子の数は限られます。

核以外の場所にある遺伝子が関わることもあります。ミトコンドリアDNAのように、細胞質にある遺伝情報は通常、母からのみ子へ伝わるため、「母系遺伝」のパターンを示します。これを「細胞質遺伝(細胞質男性不稔など)」と呼ぶ場面もあり、核遺伝子の法則と区別して理解します。

さらに多くの形質は「一つの遺伝子で決まる」わけではありません。身長や体重、血圧などは多数の遺伝子と環境要因が足し合わせのように効く「多因子遺伝(量的形質)」で、正確な3:1や9:3:3:1の比は期待できません。最近は全ゲノムの多くの場所の小さな効果をまとめる「ポリジェニック・スコア」のような考え方もあり、メンデルの法則は「基礎単位の組み合わせ」という骨組みとして生き残りつつ、統計遺伝学へと拡張されています。

遺伝子の相互作用(エピスタシス)も割合を変えます。たとえば、二つの遺伝子が同じ経路を担うと、一方が働かないだけで最終的な性質が決まり、表現型の比が9:3:3:1から9:7、あるいは12:3:1のように変形します。これらは独立の原理を否定するのではなく、「表現型の読み出しが一段複雑である」ということを教えてくれます。

応用と見通し――医療・育種・解析手法、そして現代の遺伝子観

遺伝の法則は、私たちの生活にも直結します。医療では、家系に特定の遺伝性疾患が見られるとき、どの遺伝形質が優性か劣性か、性連鎖か、発症確率はどれくらいか、といった判断を行います。単一遺伝子病(嚢胞性線維症、フェニルケトン尿症、家族性高コレステロール血症など)では、対立遺伝子の状態に応じて「保因者」「患者」のリスクが計算されます。出生前検査やキャリアスクリーニング、遺伝カウンセリングは、統計と倫理の配慮を要します。

農業や畜産では、望ましい形質(倒伏しにくい、病害に強い、肉質が良いなど)を組み合わせる育種にメンデルの発想が活躍します。連鎖と組換えの知識は、目的遺伝子に近い目印(マーカー)を使って選抜を効率化する「マーカー選抜育種」や、複数の遺伝子を同時に追いかける「ゲノム選抜」へとつながりました。野生生物の保全でも、遺伝的多様性の指標を用いて群れの健全性を評価します。

解析の方法も進化しました。古典遺伝学では、交配のデザインと分離比、家系図の読解が中心でしたが、今日ではDNA配列そのものを読み取り、個人ごとの差(SNPなど)を全ゲノムにわたって比較できます。これにより、メンデルが扱ったような大きな効果の遺伝子だけでなく、小さな効果の多数の遺伝子を統計的に検出できるようになりました。とはいえ、結果を理解する鍵は今も「配偶子にどう配られ、どのように組み合わされるか」というメンデル的な骨組みにあります。

最後に注意点を挙げます。遺伝の法則は確率の法則です。個々の家族や個体に「必ずこうなる」と断言するものではありません。また、「遺伝子で全てが決まる」という決定論でもありません。多くの形質は環境要因(栄養、運動、感染、社会的条件)と相互作用し、同じ遺伝子型でも結果は変わります。遺伝の法則は、自然の多様性の成り立ちを理解する手がかりであり、同時に、社会の中で慎重に使うべき知として扱う必要があります。メンデルの実験庭から始まった発見は、細胞・染色体・DNA研究の広がりとともに、今も更新され続けているのです。