カシミール帰属問題 – 世界史用語集

カシミール帰属問題とは、インド亜大陸北西部の山岳地域カシミール(ジャンムー・カシミール、ラダック、ギルギット=バルチスタンなどを含む広域)の主権と統治権をめぐり、主にインドとパキスタン、さらに中国が関与して長期化している領土・民族・宗教・国際法上の争いを指します。発端は1947年のインド・パキスタン分離独立にさかのぼり、ヒンドゥー教徒王侯が支配する多宗教の藩王国ジャンムー・カシミールが、国内外の圧力の中でどの国家に帰属するかを決めかねたことにあります。以後、1947~48年の第一次印パ戦争、1965年の第二次、1999年カギル紛争など武力衝突が繰り返され、現在も実効支配線(ライン・オブ・コントロール、LoC)と中印実効支配線(LAC)に沿って緊張が続いています。住民の自己決定、宗教とアイデンティティ、国境線と国際法、治安対策と人権、流域管理や越境貿易などの課題が複雑に絡み合っており、単純な「領土紛争」を超える性格を持つのが特徴です。本稿では、歴史的経緯、法的枠組み、地理と社会、主要な衝突と和平努力、近年の制度変更と課題を、用語の違いも整理しながらわかりやすく解説します。

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発端と歴史的経緯:分離独立、帰属の選択、実効支配の固定化

1947年、英領インドはインド連邦とパキスタン領(西・東の二地域、のちのバングラデシュ)に分かれて独立しました。多数宗教の住民を抱えた560前後の藩王国は、独立前後にインドまたはパキスタンへの帰属を選ぶよう求められ、原則として地理的連続性・住民構成などが判断材料とされました。ジャンムー・カシミール藩王国では、ヒンドゥー教徒の藩王ハリ・シンが君臨しつつ、住民の多数はムスリムで、地理的にはインド・パキスタンの両方に接していました。藩王は独立を模索しましたが、1947年秋、パキスタン側部族勢力の侵入を受け、インドに軍事支援を求める代償として〈帰属文書(インストゥルメント・オブ・アクセスション)〉に署名し、インドへの編入を選択しました。

これに対抗して印パ両軍が衝突し、第一次印パ戦争(1947~48年)が勃発します。国連安保理は停戦と住民投票(プレビシット)を勧告しましたが、軍の撤収や秩序回復の条件設定で両国の合意は至らず、1950年代初頭までに停戦ラインが事実上の境界として定着しました。以後、インドはジャンムー・カシミール州(当時)を自国の州として統治し、パキスタンはアーザード・ジャンムー&カシミール(AJK)とギルギット=バルチスタン(旧北部地域)をそれぞれの制度で管理する体制が続きます。

1962年には中印国境紛争が起き、アクサイチン(ラダック北東部の高地)は中国が実効支配するに至りました。1963年にはパキスタンが新疆と接するシャクスガム渓谷(トランス・カラコルム・トラクト)の一部を中国と協定により画定し、中国関与がさらに強まります。1965年には印パ間で第二次戦争が発生、国境とLoC沿いで大規模戦闘が起きました。1971年の第三次戦争(主戦場は東パキスタン=現バングラデシュ)後のシムラ協定(1972年)は、カシミールの停戦ラインを「実効支配線(LoC)」として尊重し、二国間交渉で平和的解決を図る原則を確認しました。

1989年以降、主にカシミール渓谷を中心に武装反政府活動とテロ攻撃が頻発し、治安対策と人権をめぐる緊張が高まりました。1999年にはパキスタン側の兵力がLoCを越えてインド側高地(カールギル周辺)に侵入したことでカギル紛争が勃発し、空軍と砲兵も動員される激しい戦闘の末、パキスタン側は撤退しました。以後も散発的な越境砲撃や停戦違反、非正規勢力の活動は続き、2016年以降は越境攻撃とそれに対するインドの「外科手術的攻撃(surgical strikes)」などが報じられ、緊張が強弱を繰り返しています。

法的枠組みと用語:帰属文書、国連決議、LoC・LAC、特別地位

法的に重要な要素は三つあります。第一は〈帰属文書〉で、藩王がインドへの編入を選び、インド政府が防衛・外交・通信などを所管する根拠になったことです。インド側はこれを最終的な法的根拠と見なします。一方パキスタン側は、文書の正当性や住民意思の反映の不足を主張し、国連が勧告した住民投票の未履行を根拠に最終帰属は未確定と主張します。

第二は国連の枠組みです。1948~49年の安保理決議は停戦・撤兵・住民投票の段階的実施を想定しましたが、武装解除の順序や監視の方法をめぐり履行に至りませんでした。1972年のシムラ協定は、両国が二国間交渉を通じて平和的解決を図ると明記し、LoCの尊重を約しました。以後、国際社会の関与は、人道・人権、危機管理、信頼醸成措置の支援に重心が移っています。

第三は、インド憲法下における旧ジャンムー・カシミール州の特別地位です。長年、インドは憲法第370条と第35A条に基づき、同州に高度の自治(独自の憲法・旗、州外居住者の不動産取得制限など)を認めてきました。2019年、インド政府はこの特別地位を廃止し、州を「ジャンムー・カシミール」と「ラダック」の二つの連邦直轄領に再編しました。これにより中央政府の権限が強化され、土地・投資・治安・行政の制度が大きく変化しました。パキスタンはこれを国際法違反かつ既存合意に反すると批判し、インドは内政問題と主張しています。

なお、用語の整理も欠かせません。〈LoC〉は印パ間の実効支配線、〈LAC〉は中印間の実効支配線で、両者は別物です。〈アザード・カシミール〉はパキスタン側の自治領域の名称で、インドは「パキスタン占領地域(PoK)」と呼称することがあります。〈ギルギット=バルチスタン〉はパキスタン側で独自の行政区画を持つ高地地域、〈アクサイチン〉は中国が実効支配するラダック北東部の高原地帯です。

地理・社会・経済:氷河と峡谷、信仰とアイデンティティ、流域と通商

カシミールはヒマラヤ—カラコルム—ヒンドゥークシュの結節点にあり、世界有数の高山氷河(サチェン氷河など)と急峻な峡谷が連なります。気候・地勢は地域により大きく異なり、カシミール渓谷は比較的温和で農業・観光が発達、ラダックは寒冷乾燥の高地で仏教文化圏の色彩が強く、ジャンムーはヒンドゥー教徒が多い丘陵・平野部です。パキスタン側のアーザード・カシミールやギルギット=バルチスタンは、急峻な谷に沿って集落が点在し、イスラーム諸学派(スンナ、シーア、イスマーイール派など)が共存しています。

住民のアイデンティティは宗教だけでなく、言語・地域・職業・部族により多層的です。カシミーリー語、ドグリー語、ラダック語、バルチ語、シナー語などが話され、絨毯・ショール(パシュミナ)など手工芸と果樹・稲作・畜産が経済の柱をなしてきました。観光は長らく重要な収入源でしたが、治安悪化や越境緊張の高まりで変動が大きく、若年労働の流出・雇用不足が課題です。

資源・水の面では、インダス川とその支流(ジェラム、チナーブ、ラーヴィー、サトレジ、ベアス)が地域の生命線です。1960年の〈インダス水利条約〉は、英領時代の灌漑網を引き継ぐかたちで流域配分とダム・運河の建設ルールを定め、印パ間で数少ない長寿の合意として機能してきました。水力発電・灌漑・飲料水の確保は住民生活と下流国の安定に直結しており、技術協議と第三者仲裁の制度が緊張緩和に一定の役割を果たします。

主要な衝突・緩和措置と国際関係:戦争、停戦、信頼醸成

軍事面では、1947~48年、1965年、1971年(副次的)、1999年に大規模衝突が発生しました。核兵器を保有する印パ間の危機管理は国際的関心事であり、ホットラインの設置、司令官会談、停戦順守の再確認、国境交易点の限定的開放、バスや親族交流の再開など、信頼醸成措置(CBMs)が断続的に試みられてきました。国境地帯の砲撃停止合意や、巡礼・医療移送の特例運用は、緊張下でも住民生活を支える重要な「細い糸」です。

一方で、武装勢力による越境攻撃・テロ、治安部隊による強権的措置や通信遮断、恣意的拘束の疑いなど、人権と法の支配をめぐる懸念は解消していません。国際人権機関やメディアは、透明性・説明責任・独立調査の必要を繰り返し指摘し、地域社会は治安と自由のバランスを模索し続けています。難民・国内避難の問題、少数派コミュニティ(パンドゥトなど)への暴力の記憶も、和解を難しくする要素です。

中国の関与は、アクサイチンとカラコルム周辺の国境管理、交通・エネルギー回廊(CPEC)や高地道路の整備、印中関係の全体的緊張(LACでの対峙)と結びついています。これにより、カシミールは印パ二国間問題にとどまらず、印中関係・中パ関係・ロシアや米欧の地域戦略とも絡む多層的な安全保障課題になっています。

2019年以降の制度変更と課題:特別地位廃止、再編、生活への影響

2019年のインドによる特別地位廃止と二分再編は、土地所有・投資・雇用・治安・行政の各面で大きな変化をもたらしました。中央直轄による法令の直接適用、産業誘致やインフラ投資の加速、住民登録と選挙区画の見直し、治安部隊の増派などが進む一方、通信遮断や集会規制の強化、政治指導者の拘束・軟禁が報告され、政治参加・表現の自由の制約への懸念が生じました。観光・農業・手工芸の支援策、教育・医療の拡充、地場産業の価値連鎖づくりが、治安依存に偏らない安定化の鍵とされています。

地域対話の再開も課題です。インド側では選挙・自治権の段階的回復、越境ではLoC沿い停戦の維持、家族再会・通商回廊の限定的拡充、宗教・文化交流の継続など、生活に近いCBMsが信頼の積み上げに寄与します。国際社会は、インダス水利条約の遵守、災害対応と気候変動への協力、山岳・氷河環境の保全、違法越境の抑止と人道配慮の両立など、〈争わない領域〉での協力を後押しする役割を担えます。

用語の整理と学習の留意点:呼称、地名、資料

「カシミール」は狭義のカシミール渓谷を指すこともあれば、旧ジャンムー・カシミール藩王国全域、さらにはパキスタン側高地やアクサイチンを含む広域を指すこともあります。歴史文書・国際報告書・当事国の法令で範囲が異なるため、資料を読む際は定義の確認が不可欠です。地名も多言語併記(スリナガル/シュリーナガル、レ—、ムザッファラバード、ギルギット等)が一般的で、行政区画の変更により旧称と新称が混在します。

一次資料では、帰属文書、国連安保理決議、シムラ協定、インダス水利条約などが基礎文献です。二次資料は、各国の白書・人権報告・学術研究・現地報道が多様な視点を提供しますが、政治的立場により叙述が分かれるため、異なる立場の資料を突き合わせる姿勢が大切です。

総括:複合的紛争としてのカシミール—「領土」だけでは語れない

カシミール帰属問題は、領土線の争いに見えて、実際には歴史的帰属・住民の自己決定・宗教とアイデンティティ・国際条約・安全保障・水資源・開発と人権が絡む〈複合的紛争〉です。短期的な治安措置や象徴的主張ではなく、段階的で透明な合意、生活に直結する協力、信頼をすり減らさない危機管理、そして多様性を前提にした統治の工夫が求められます。峻険な山々と氷河の国で、境界線は容易に引き直せません。しかし、人の暮らしと権利、自然の循環と流域の論理に目を向ければ、衝突を減らす選択肢は増えます。歴史を丁寧に読み解き、用語を正確に使い、資料の立場を意識して学ぶことが、この問題を理解する第一歩になります。