「近代世界システム」は、16世紀ごろにヨーロッパを中心として形成され、現在にいたるまで拡張・変容を続けている単一の世界規模の社会経済的な結合体を指す概念です。最も広く知られるのはイマニュエル・ウォーラーステインの理論で、これは国家単位ではなく「世界経済」という一つのシステムを分析単位にとり、そこに中核・半周辺・周辺という分業構造と、長期の景気循環、覇権交替、国家間システム、家族・労働の形態などを総合的に位置づけます。要するに、近代の資本主義は国ごとに別々に発展したのではなく、世界規模の市場と政治的力学の中で相互依存的に進んだという見取り図です。植民地化や奴隷貿易、銀の環流、工業化、帝国主義、グローバル・バリューチェーンにいたるまで、断片的な現象を一つの地図上で読み解くための枠組みとして提案されました。本稿では、(1)定義と基本概念、(2)形成史と拡大のプロセス、(3)構造とメカニズム、(4)論争点と応用という順に解説します。
定義と基本概念:世界をひとつの分析単位として捉える
近代世界システム論の核は、世界を「互いに結びつく諸地域の分業体系」として捉える発想にあります。ここで言う「システム」は、単なる貿易圏ではなく、政治・経済・文化が相互に作用し、自己再生産する持続的な全体です。ウォーラーステインはこの全体を「資本主義的世界経済」と呼び、利潤の追求が市場を通じて社会の隅々まで浸透する構造が近代の特徴だとしました。
最も有名な三分法が、中核(core)・半周辺(semi-periphery)・周辺(periphery)です。中核は高付加価値の産業・金融・軍事力を握り、技術と制度で優位を保ちます。周辺は単純労働や一次産品の供給に偏り、交易条件が不利になりやすい領域です。半周辺は両者を橋渡しし、ときに上昇・下降の揺れ動きが起きる緩衝地帯です。重要なのは、これが固定的な地理ではなく、歴史的な関係だという点です。ある国・地域はある時期には中核的で、別の時期には半周辺へと移ることがあります。
世界システムは経済だけでは成立しません。国家間システム(interstate system)が不可欠で、主権国家の併存と競争、戦争・条約・関税・植民政策などの政治的決定が市場の形を規定します。家族・労働体制もまた重要で、賃金労働だけでなく、家内労働、年季奉公、奴隷制、農奴制など多様な労働編成が利潤追求のために並存・組み合わされてきました。文化・知識体系(科学、教育、宗教、言説)もシステムを支えるソフトなインフラとして作用します。
形成史と拡大:長い16世紀から地球的拡張へ
近代世界システム論が描く出発点は「長い16世紀」(おおむね1450〜1640年)です。大西洋航路の開通は、アメリカ大陸の銀・砂糖・タバコと、アフリカの奴隷労働、ヨーロッパの工業品・金融を結ぶ環大西洋の結節を生みました。ポトシやサカテカスの銀はスペインのピース・オブ・エイト(銀貨)として鋳造され、欧州へ流入し、さらにアジアの絹・陶磁器・香辛料の支払いに当てられて東アジアへ環流しました。この「銀の環流」は、ヨーロッパ中心の物語では説明しきれない多極的な連結を示しています。
覇権の推移は、オランダ→イギリス→アメリカ合衆国という大づかみの流れで描かれます。17世紀のオランダは商業・金融・海運を統合し、株式会社・先物・保険・国債市場を通じて中核の地位を確立しました。18〜19世紀はイギリスが工業化と帝国海軍によって中核の中心となり、自由貿易の名のもとに不平等条約や植民地支配を広げ、綿工業・蒸気機関・金本位が世界秩序を組み替えました。20世紀にはアメリカが大量生産と国際金融、ドル体制、軍事同盟を軸に覇権を握ります。こうした覇権は恒久ではなく、調整コストの増大や競争者の台頭、戦争と危機により相対的に衰え、次の中心へと移ります。
同時に、世界システムはヨーロッパ外の既存ネットワークと接続・競合しました。インド洋のムスリム商人網、東アジアの朝貢圏と民間交易、内陸のキャラバン路は、ヨーロッパの進出に対して抵抗・適応・再編を経験します。中国・日本・朝鮮の反応は多様でした。中国は銀納税化の進展とともに対外銀依存が高まり、清末には不平等条約の圧力に晒されます。日本は制限された窓口から選択的に外部接続を維持し、19世紀後半に国家主導の工業化で半周辺から中核接近を図りました。インドは綿織物の輸出から輸入市場化へと逆流し、植民地財政・鉄道・商品作物の再編の中で周辺化の圧力を受けます。
構造とメカニズム:分業、連鎖、波動、覇権
第一のメカニズムは国際分業です。中核は技術的独占・政治的保護のもとで高利潤部門を確保し、周辺は土地集約・労働集約の一次産品に偏ることで交換条件が悪化しがちです。半周辺は、繊維・造船・基礎金属など中間的産業を育て、しばしば保護主義と国家主導の動員によって上昇の機会を掴みます。輸出志向の工業化や、原材料—部品—組立の段階分業は、今日のグローバル・バリューチェーンに連続します。
第二は「商品連鎖(commodity chains)」です。一つの製品が原料調達→加工→輸送→販売の連鎖を経る際、各段階の価値取りが地域間の力関係を反映します。砂糖・綿・ゴム・銅・石油・半導体など、主役が変わっても、上流・中流・下流の把握が分配の政治学を明らかにします。奴隷貿易や契約移民、今日の移民労働も、この連鎖の人的側面でした。
第三は長期波動です。ブローデルの「長い持続」とコンドラチェフの長波(約50年周期)に着想を得て、世界システムは拡張と停滞、金融化と実体投資の揺り戻しを経験します。新技術群(蒸気・鉄道・電力・自動車・ICT)が導入期→拡大期→成熟期→金融的優位の段階を歩むたび、地理的な利益配分が変わり、覇権国はしばしば金融優位へと傾いて「レンティア国家化」し、やがて相対的後退に向かいます。
第四は国家間システムのルール形成です。関税同盟、金本位制、不平等条約、ブレトンウッズ体制、WTO体制など、国際的ルールは中核の利益を反映しがちですが、同時に周辺・半周辺の交渉空間も生み出します。反体制運動(労働運動、民族解放、社会主義革命、開発主義、非同盟運動、フェミニズム、環境運動)は、市場の論理と国家の論理の隙間を突いてシステムの再配分を迫ってきました。
第五に、家族・労働編成です。世界システムは賃金労働だけでなく、家族の再生産労働(家事・育児・介護)に依拠して利潤を確保してきました。女性・移民・人種化された労働市場が低賃金で再生産される構造は、世界規模のジェンダー秩序とも結びつきます。これを可視化したのが、フェミニスト世界システム論や家政労働論です。
論争点と応用:批判、修正、比較史との対話
世界システム論には多くの批判と改良案が寄せられてきました。第一に「ユーロ中心主義」批判です。アンドレ・グンダー・フランクは『リオリエント』で、1500年時点でアジア、とりわけ中国が世界経済の中心であり、19世紀までアジアの需要と銀吸収力が欧州の上昇を規定したと主張しました。アブ・ルグドは14世紀のユーラシアにすでに多中心的な世界経済が存在したと論じ、ウォーラーステインの起点設定を見直すよう促します。ケネス・ポメランツは「大分岐」論で、18世紀末まで揚子江デルタとイングランドの生産性は拮抗しており、石炭・新世界資源・制度の差が決定的だったと指摘しました。これらは、世界システム論と相補・競合しながら、世界史の多元性を厚くします。
第二に、文化と主体の問題です。世界システムは構造に強い焦点を当てるため、地域社会の文化的能動性やアイデンティティ、科学・知のローカルな創造性を捉えきれないとの批判があります。これに対しては、ポストコロニアル研究やサブオルターナ研究が補完し、言説・表象・知の不均衡を照射しました。他方、世界システム論の側でも、教育・学問・専門職ネットワーク、宗教運動、メディアを組み込む研究が進みました。
第三に、国家の役割です。依存論に近い単純な「外因決定論」ではなく、半周辺の上昇に見られるように、関税・金融・産業政策・社会政策の組み合わせ次第で軌道は変わりうることが強調されます。アリギは、長期的な覇権循環をジェノヴァ—オランダ—イギリス—アメリカの「システム的循環」として描き、金融の肥大化と軍事国家の結合、領土支配の変容を精緻化しました。国家と資本、軍事と金融のダイナミクスを統合する視座は、帝国の変容(植民地帝国→非殖民地化後の規範的・金融的支配)を理解する助けになります。
第四に、環境と持続性の視点です。森林・土壌・エネルギー・鉱物資源の大量消費と、生態系の外部化(汚染・廃棄物輸出)は、世界システムの長期的な持続可能性を脅かします。「生態的帝国主義」や「気候—植民地主義」の議論は、環境コストの不均等分配を明らかにし、グリーン転換・公正な移行の地政学的課題を提示します。
第五に、データと方法です。価格・賃金・交易統計・企業アーカイブ・税関記録・港湾台帳・家計調査・人口統計などのミクロ資料を丁寧に積み上げ、グローバル・ヒストリーの成果と照合する作業が、世界システム論の射程と限界を具体的に点検します。ネットワーク科学や計量歴史学、空間統計(GIS)の導入も進み、商品連鎖の可視化、港湾・都市の中心性分析、移民・知識の流れのモデル化が行われています。
応用面では、19世紀の自由貿易帝国、植民地財政とインフラ、20世紀の輸入代替工業化—輸出志向工業化の転換、冷戦体制と非同盟運動、現在のデジタル・プラットフォームと半導体・レアアースの地政学など、多様なテーマに世界システムの語彙が使われています。現代のグローバル・サプライチェーンは、まさに商品連鎖の新形態であり、知的財産と標準化、物流・金融・データの制御が「新しい中核—周辺関係」を形づくっています。労働移動、家政労働、ケアの国際移送は、家族・ジェンダーの視点から世界システムの日常的基盤を再確認させます。
以上のように、近代世界システムは、国家史の寄せ集めでは見えにくい相互依存の構図を一望させる道具立てです。万能の鍵ではありませんが、分業・連鎖・波動・覇権・国家・生活という複数のレンズを適切に切り替えることで、植民地化からグローバル化までの長い時間を、過度の単純化を避けつつ理解する助けになります。地域の固有性と世界的な構造の両方を見取り、動く均衡としての歴史を丁寧に追うことが、この枠組みを生かすコツです。

