国防総省(こくぼうそうしょう、United States Department of Defense, DoD)は、アメリカ合衆国の国防・軍事行政を所管する省庁で、ワシントンD.C.郊外の五角形庁舎「ペンタゴン」を本部とする巨大官庁です。大統領を最高司令官とする憲法秩序のもと、国防長官(文民)が省を率い、陸軍・海軍(海兵隊を含む)・空軍・宇宙軍の四軍および統合参謀本部、地理・機能ごとの統合軍(戦闘軍)を束ねます。平時の沿岸警備隊は国土安全保障省の所管ですが、有事には海軍の作戦統制下に入る仕組みがあります。任務は対外抑止・戦闘・同盟運用だけでなく、サイバー・宇宙・核抑止、研究開発や兵站、災害対応・国内支援まで多岐にわたり、連邦政府最大の予算・人員を抱える組織として米国の安全保障政策を具体化する中心的存在です。
成立と位置づけ:なぜ「国防総省」なのか
国防総省は、第二次世界大戦後の国家安全保障法(1947年)で創設された「国家軍事機構(NME)」を起点とし、1949年の改正で現在の名称とより強力な統合権限が与えられました。目的は、陸海空それぞれが独自に動いて非効率や対立を生む「軍種間の縦割り」を克服し、統合的に戦略・予算・装備・作戦を設計することでした。組織の外形は、上位に大統領(最高司令官)と国家安全保障会議(NSC)、その下で国防長官が文民として省全体を統括し、各軍の文民トップ(陸軍・海軍・空軍・宇宙軍の各長官=“Secretary of the Army/Navy/Air Force/Space Force”)が省内に置かれます。軍事助言の中枢は統合参謀本部(JCS)で、議長・副議長と各軍参謀総長が構成員です。ただし作戦上の指揮命令系統は、国防長官を経て統合戦闘司令官(COCOM)に直接下るのが原則で、統合参謀本部は「助言機関」という位置づけになります。
軍種編成は、陸軍・海軍・空軍に加え、2019年に宇宙領域の専管部門として宇宙軍が設置されました。海兵隊は法的には海軍省に属する独立兵科で、上陸作戦・遠征前方展開・危機対応の迅速性を特徴とします。情報・研究開発・補給の分野では、国防情報局(DIA)、国家安全保障局(NSA、暗号・情報セキュリティ)、国防高等研究計画局(DARPA、先端技術)、国防兵站局(DLA、兵站調達)、ミサイル防衛局(MDA)など、多数の局・機関が省内で役割を担います。これらは軍種横断で機能し、統合運用の「裏方」を支えます。
本部施設のペンタゴンは、第二次大戦期の拡張に対応するため建設された象徴的建築で、指揮・調整・計画のハブとして機能します。国防総省は、規模と権限の大きさから連邦政府内で特異な存在ですが、憲法・法律・議会監督のもとで厳格な文民統制を受ける「行政府の一省」であることが制度上の出発点です。
任務と作戦体制:統合軍、同盟、領域融合
国防総省の核心任務は、(1)米国・同盟国・パートナーの防衛、(2)戦争抑止、(3)必要な場合の戦闘遂行です。これを具体化する作戦枠組みが、地理と機能に分かれた「統合戦闘軍(Combatant Commands)」です。地理区分では、米本土を担う北方軍(USNORTHCOM)、中南米の南方軍(USSOUTHCOM)、欧州の欧州軍(USEUCOM)、アフリカのアフリカ軍(USAFRICOM)、中東の中央軍(USCENTCOM)、インド太平洋のインド太平洋軍(USINDOPACOM)などが挙げられます。機能区分では、戦略核や長距離攻撃を統括する戦略軍(USSTRATCOM)、輸送・空中給油・医療搬送の輸送軍(USTRANSCOM)、統合通信・ネットワーク・宇宙の運用基盤を支える統合軍や、サイバー作戦を司るサイバー軍(USCYBERCOM)、特殊作戦軍(USSOCOM)などがあります。
指揮系統はシンプルさが重視され、作戦命令は大統領→国防長官→各戦闘司令官に流れます。各軍種は「組織・訓練・装備(OT&E)」を所掌し、部隊の編成・教育・補給・装備調達を担いつつ、作戦時には統合軍の作戦統制に部隊を提供する仕組みです。これにより、統合ドメイン作戦(陸・海・空・宇宙・サイバーの領域融合)を常設の枠組みで実行可能にしています。
国際的には、北大西洋条約機構(NATO)や日米安全保障体制、米韓同盟、豪州との同盟・AUKUS、クアッド(米・日・豪・印)といった枠組みで同盟・パートナーとの相互運用性(インターオペラビリティ)を高めます。共同演習・基地使用・共同研究開発・兵器の相互認証・情報保全協定などが実務の柱です。武器移転(対外有償軍事援助=FMS、対外軍事金融=FMF)を通じて、同盟国・友好国の能力構築を図るのも国防総省の重要任務です。
米国内の任務としては、自然災害・公衆衛生危機への支援、対麻薬作戦の支援、重要行事の警備補助などが法の範囲内で実施されます。州兵(ナショナルガード)は州知事の指揮下で国内任務に従事しますが、連邦化されて海外任務に従事することもあります。核抑止・ミサイル防衛・宇宙状況監視・サイバー防御の四領域は、抑止の信頼性を支える基盤であり、平時からの常続任務として運用が続きます。
予算・調達・統制:巨大官庁をどう管理するか
国防総省は連邦最大の予算と人員を抱えます。年間予算は「歳出(運用・維持、人件費、研究開発、調達、軍事建設など)」と「海外作戦・緊急(必要に応じて)」に区分され、国防授権法(NDAA)と歳出法を通じて議会が権限付与と金額を決定します。省内の資源配分は、計画・プログラム・予算・執行の四段階からなるPPBE(Planning, Programming, Budgeting, and Execution)プロセスで運用され、戦略文書—国家安全保障戦略(NSS)、国家防衛戦略(NDS)、国家軍事戦略(NMS)—が上位指針となります。
装備調達は、要求(JCIDS)→取得(Defense Acquisition System)→維持(Sustainment)のライフサイクルで管理され、コスト・スケジュール・性能(KPP/KSA)の三角形をいかに崩さずに前進させるかが課題です。DARPAのようなハイリスク・ハイリターン研究機関、迅速取得のための中間層(Middle Tier Acquisition)、商用技術活用(DIUなど)、オープンアーキテクチャの推進、ソフトウェアの継続的デリバリーといった改革が進められています。一方で、巨大プロジェクトの遅延・コスト超過、要求仕様の頻繁な変更、ベンダーの集中とサプライチェーン脆弱性は慢性的課題です。
ガバナンス面では、米国の伝統である文民統制が制度化されています。国防長官・各軍省長官は文民でなければならず、議会は予算権・調査権・承認権を通じて監督します。大統領・国防長官の権限行使は、連邦法(合衆国法典第10編=Title 10/第32編=Title 32、第50編など)や戦争権限決議(War Powers Resolution)の枠組みに制約され、軍の国内治安活動には厳しい制限(Posse Comitatus Act)が設けられています。監察総監(DoD IG)や政府説明責任局(GAO)、特別監察官など外部・内部監査も多層的です。
人的側面では、現役軍人・予備役・州兵・文民職員・請負企業が「総力人材」を構成します。人材政策は、募集・教育訓練・キャリアマネジメント・家族支援・退役軍人への移行支援を包含し、多様性・包摂(DEI)、ハラスメント防止、メンタルヘルス、基地の住宅・医療の質など、人的戦力の維持が組織力に直結します。退役軍人省(VA)との連携も重要です。
現代の焦点:サイバー・宇宙・AI、同盟の刷新と社会との接点
21世紀の国防総省は、従来の陸海空の優位に加え、サイバー・宇宙・電磁波・情報の優越を競う時代に対応しています。サイバー軍は攻防一体のサイバー作戦を担い、重要インフラの防護や同盟国との情報共有を進めます。宇宙軍は測位・通信・早期警戒・宇宙状況監視を整備し、衛星網の分散・冗長化で抗堪性を高めます。AI・データ主導の意思決定(MDOのセンサーから射手までの結節)のために、クラウド基盤、ゼロトラスト・セキュリティ、データ標準化、テスト・評価の新手法が導入されつつあります。
同盟・パートナーシップの刷新では、相互運用性の核心となる通信・暗号・識別フレームの共通化、訓練・演習の高度化、兵器の共同開発・生産、輸出管理と安全保障貿易の調和が課題です。インド太平洋における拠点の分散・機動化、前方展開の柔軟化、遠征後方支援(分散兵站)の設計も注目点です。経済安全保障・サプライチェーン強靭化は、半導体・希少資源・弾薬の産業基盤を含む国家総力のテーマとなっています。
社会との接点では、戦没者の顕彰、軍民転用(デュアルユース)技術の拡散管理、大学・スタートアップとの連携の在り方、情報公開と透明性、戦争の人道法遵守・民間人保護、戦後処理・負傷兵支援などが問われます。環境・気候変動への対応として、基地のレジリエンス、エネルギー効率化、代替燃料、補給網の脱炭素化も重要になっています。さらに、ソーシャルメディア時代の情報戦・心理戦への対処、偽情報対策、作戦の正当性をめぐる世論の形成も、作戦効果に直結する要素です。
要するに、国防総省は、憲法秩序のもとで文民が統制し、統合軍が運用し、産業・科学・同盟が支える「国家安全保障の実装装置」です。創設の理念である統合と効率を維持しながら、新領域と新技術に対応し、民主的統制と国際法の枠内で抑止と戦闘力を確保することが、その存在理由であり続けています。

