コミュナリズム – 世界史用語集

コミュナリズム(communalism/communalisme)は、文脈によって意味が分岐する言葉です。もっとも狭義には、社会生態学で知られるマレー・ブックチンが提唱した政治思想で、自治都市(コミューン)どうしの連合にもとづく直接民主主義を指します。他方で歴史学・政治学では、都市や村落の自律的な共同体運営一般(中世の都市共同体から現代の参加型自治まで)を広く表す場合があり、さらにインド近現代史では宗教・宗派に基づく集団対立(ヒンドゥー対ムスリムなど)を意味する固有の語としても使われます。日本語の解説ではしばしば「共同体主義(コミュニタリアニズム)」と混同されますが、コミュナリズムは国家より小さな単位=コミューンを政治の主舞台に置く傾向が強い点で異なります。本稿では、用語の射程を整理したうえで、(1)歴史的系譜としてのコミューンの政治、(2)ブックチンの理論と具体像、(3)現代の自治・参加型民主主義との接点、(4)インドにおける「コミュナリズム」(宗派間対立)という特殊用法、をわかりやすく解説します。

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用語の射程――共同体の自律からイデオロギー、そして地域ごとの固有意味まで

コミュナリズムという言葉の根は、ラテン語の〈コミューネ(共同のもの)〉にあります。西欧史では、中世都市の同盟・都市特権の獲得運動、村落共同体の入会権・自治慣行など、共同の財と意思決定をめぐる実践の総体が、その源流です。近代に入ると、フーリエやプルードンらの相互主義・連合主義、パリ・コミューンの経験、ロシアの農村共同体〈ミール〉への関心など、国家や中央集権に対する「下からの社会形成」の思想が堆積しました。これらは必ずしも単一の教義ではなく、規模の小さな単位での自治・協同・連帯を重視する態度の総称と言えます。

20世紀後半、アメリカの思想家マレー・ブックチンは、環境危機と都市問題を背景に、〈社会生態学〉にもとづくコミュナリズムを提唱しました。これは、代表制国家や市場を前提にした改革ではなく、住民総会に根差す〈自由な自治都市〉のネットワークを段階的に拡げ、連合評議会で広域の問題を扱うという設計です。彼はこれを〈リバタリアン・ミュニシパリズム(自由意志主義的市政)〉とも呼び、政党中心の議会制でも国家社会主義でもない第三の公共領域の構想として提示しました。

同じ語が、インドの政治言説ではまったく別の意味を持ちます。〈コミュナリズム〉は、宗教共同体の境界線にもとづく排外的な動員・対立を指す専門用語で、英国植民地期から現代に至るまで、暴動・選挙・政策形成に大きな影響を及ぼしてきました。ここでは「共同体主義」という訳は不適切で、文脈に応じて「宗派対立主義」とでも訳すべき概念です。

このように、コミュナリズムは〈小さな自治の政治〉と〈宗派動員の政治〉という二つの極に分かれて用いられます。歴史や国・地域の文脈、語り手の学派によって意味が変わるため、用語を使う際は前提を明確にすることが大切です。

共同体の政治としてのコミュナリズム――都市と村落の自律、連合と慣行の知恵

広義のコミュナリズムを歴史的に見れば、国家と個人のあいだにある〈中間共同体〉が、公共財を管理し、争いを調停し、相互扶助を行ってきた長い経験のことです。中世ヨーロッパでは、都市住民がギルドや市参事会を通じて自治を確立し、通商・治安・課税を自ら決めました。イタリアの都市国家、ドイツ都市連合(ハンザ)、スイスの自治体同盟などは、コミューンの自立と相互援助が作る秩序の典型例です。村落では、入会地の管理、水利の割当、祭祀や救貧の制度などが、共同で維持されました。

これらの共同体は、外部権力に対して特許状・特権を獲得しつつ、自前の規約と慣行で自治を運営しました。合議制・輪番・くじ引き・相互監視などの工夫は、支配の固定化・派閥化を抑える知恵でもあります。国家が近代化の名の下に中央集権化を進めると、共同体の権限は縮小しましたが、地方自治や協同組合、自治体間の連合(広域連合、自治体間協力)として形を変え生き続けました。現代の参加型予算、市民協議会、地域通貨、協同労働などの試みは、広義のコミュナリズムの再発明と位置づけられます。

この文脈では、コミュナリズムはイデオロギーというより〈手法〉に近い性格を持ちます。税や福祉、教育、環境管理の一部を、住民総会や地域協議体が決定し、自治体間の水平連携で広域課題に対処する。国家や市場と競合するというより、補完と緊張のバランスを取りながら、公の領域を「身の丈」に引き寄せる発想です。

ブックチンのコミュナリズム――社会生態学、住民総会、連合体の設計

ブックチンの理論的コミュナリズムは、環境危機と支配の構造を同根とみなす〈社会生態学〉に立脚します。自然の支配と人間の支配は相似形であり、資本主義の成長至上主義と国家の中央集権が、環境破壊と不平等を増殖させる、と彼は考えました。対案は、〈エコ・コミュニティ〉=環境に調和した自治都市群を底から積み上げ、住民総会(アッセンブリー)で予算・土地利用・社会サービスを決定し、地域の生産・消費・エネルギーを再設計することです。

制度設計の要点は三つあります。第一に〈直接民主主義〉です。代表者を通した意思決定ではなく、一定規模以下のコミューンで住民が直接討議し、逓信的・分権的な方法で合意を形成します。第二に〈連合〉です。単独で解けない課題(流域管理、交通、医療、教育など)は、コミューンの代表が拘束的委任を受けて連合評議会に集まり、住民の意思に基づいて広域政策を調整します。第三に〈市民権の再構成〉です。国民国家の被治者としてではなく、コミューンの市民として自律的に行動する主体を育む教育・文化・制度が重視されます。

経済の面では、コミュナリズムは市場と国家の二項対立を超え、〈コモンズ〉(共有資源)と協同セクターを拡充する方針をとります。エネルギーの地産地消、地域農業・都市農園、協同組合的な生産・流通、公共交通と歩行者中心の都市設計など、環境と民主主義を両立させる生活社会のモデルが提案されます。私的所有は全否定されませんが、公共性の高い資源はコミュナルな管理へ移す発想が強調されます。

批判もあります。スケールの問題(大都市での直接民主主義の実装)、専門性の確保(医療・交通・防災など高度な分野と住民意思の関係)、少数者の権利保護(地域の同質性が排除を生まないか)、安全保障や通貨など国家レベル機能との接続などが論点です。他方で、地域分権・住民協治の潮流、気候危機に対応する自治体政策(脱炭素・レジリエンス)と接続しうる点で、ブックチン型コミュナリズムは現実の制度改革にヒントを与え続けています。

現代の自治と参加型民主主義――コミュナリズム的実践の広がり

21世紀の各地で、コミュナリズム的な発想を含む制度改革が進んでいます。南欧・南米の都市では〈参加型予算〉が導入され、市民が地区ごとに優先事業を選び、予算の一定割合を配分します。北欧・ドイツの〈エネルギー共同体〉は、再生可能エネルギーの共同所有・運営を通じて、地域の収益と合意形成を強化しています。アジア・アフリカでも、住民協議会・村落評議会が衛生・教育・災害対応を担い、自治体間の水平協力(流域・交通・医療ネットワーク)が広がっています。

これらの実践は、国家・市場・市民社会の三者関係を再設計する試みです。公的サービスの外注やNPOの委託だけでなく、意思決定の段階から住民を組み込む〈協治(ガバメント+ガバナンス)〉へと踏み込みます。コミュナリズムの観点からは、(1)意思決定の透明性、(2)包括性(ジェンダー・マイノリティ・移民の参加)、(3)説明責任と評価、(4)コミューン間の連帯(富の再配分と相互援助)、が鍵となります。

他方、デジタル技術は、分散型の意思決定と記録を支えます。オンライン住民総会、電子投票、公共データの可視化、地域通貨・タイムバンクなどは、コミュナリズムの道具箱を拡張します。ただし、アクセス格差やプライバシー、意見の分断を深めない設計が不可欠です。対面の熟議とデジタルの便益を織り交ぜるハイブリッド設計が望まれます。

インドにおける「コミュナリズム」――宗派対立主義という特殊用法

インド史での〈コミュナリズム〉は、宗教・宗派の境界にもとづく政治動員と対立を指す用語です。植民地期には、選挙制度が宗教共同体別の代表割当(コミュナル・リプレゼンテーション)を採用したことや、行政・教育で宗派基準が持ち込まれたことが、共同体間の競争を制度化しました。独立前後には、ヒンドゥーとムスリムの対立が暴力に発展し、分離独立(インドとパキスタン)の悲劇的な人口移動と大量殺害を伴いました。現代も、選挙・政策・メディアを通じて宗派アイデンティティが政治動員に利用される局面があり、暴動・差別・過激化が社会安定を揺さぶります。

この文脈でのコミュナリズムは、〈世俗主義(セキュラリズム)〉や〈多元主義〉と緊張関係にあります。宗派が公共領域での発言力を持つこと自体を否定するのではなく、他者の権利と法の支配を超えて排外・暴力に至る動員を問題視します。用語上の注意として、日本語で「コミュナリズム」と言うと、ブックチンの思想や共同体自治の肯定的ニュアンスで捉えられがちですが、インドでは負のニュアンスを帯びた政治分析語である点を必ず区別して理解する必要があります。

まとめ――「小さな自治の政治」と「宗派動員の政治」を峻別し、具体の制度に落とし込む

コミュナリズムは、国家中心の政治を補う〈小さな自治の政治〉として、歴史に根を持ち、現代の分権・協治・脱炭素の議論に実践的ヒントを与えます。同時に、地域によっては〈宗派動員の政治〉を意味する専門用語でもあり、文脈の確認が欠かせません。ブックチンの理論は、直接民主主義・連合・コモンズという設計思想を提供し、参加型予算やエネルギー共同体、市民協議会といった現実の制度に翻訳可能です。課題は、スケール、専門性、包摂、国家機能との接続という四点に集約されます。理念を抽象的な賛否にとどめず、自治単位の設定、意思決定の手順、財源配分、監査・評価、連合のルールといった制度設計にまで降ろすことが、コミュナリズムを生きた政治として機能させる道です。歴史の多様な事例に学びながら、地域の条件に合わせて編み直す――それが、この言葉を今日的に活かすための実践的な結論です。