ジャズ – 世界史用語集

ジャズは、20世紀初頭のアメリカ合衆国で生まれ、即興演奏を核に、ブルースやラグタイム、ゴスペル、マーチなど多様な音楽要素を混交させて発展した音楽です。アフリカ系アメリカ人のリズム感覚とヨーロッパ系の和声・楽器編成が交差し、演奏者同士の呼応(インタープレイ)を重視する点に特徴があります。譜面通りの再現だけでなく、その場で旋律やリズムを創り出す即興性が中心にあり、同じ曲でも演奏のたびに表情が変わるのが魅力です。ニューオーリンズのブラスバンド文化、酒場やダンスホールの実践、録音技術とラジオ・映画の普及が相互に作用し、スウィング、ビバップ、クール、ハードバップ、モード、フリー、フュージョン、現代のクロスオーバーへと枝分かれしてきました。ジャズの歴史は、都市の変化、人種関係、メディア産業、国際交流と深く結びついており、世界各地の音楽家が独自の言語を持ち寄ることで、いまも更新を続けています。

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起源と初期の展開――ニューオーリンズからシカゴ、ニューヨークへ

ジャズの出自は、ミシシッピ川流域の港町ニューオーリンズにあります。フレンチ・クォーターやストーリーヴィル周辺では、軍楽隊のマーチ、ラグタイムのシンコペーション、教会のスピリチュアル、サロン音楽やオペラの旋律が混ざり合いました。ブラスバンドは葬列や祝祭で演奏し、ブルースの「12小節形式」とコール&レスポンスのやりとりが、即興の土台を形づくりました。初期のジャズは、複数の楽器が同時に旋律を装飾する「集団即興(ポリフォニー)」が特徴で、コルネット、クラリネット、トロンボーンの三声が絡み合い、バンジョーやピアノ、チューバ、ドラムがリズムを支えました。

20世紀初頭、演奏家たちは職を求めて北上し、シカゴやニューヨークに拠点を移します。移民と黒人の大移動(グレート・マイグレーション)は、都市のダンスホールや酒場、劇場に新しい音をもたらしました。録音産業の誕生は、地域音楽だったジャズを広域に拡散させ、ピアノ独奏のラグタイムやスコット・ジョプリンの楽曲、キング・オリヴァーやルイ・アームストロングのバンドが人気を獲得します。アームストロングは、明確な旋律線とスキャット(歌声による即興)、圧倒的なスウィング感で、集団即興からソロ中心の美学へと決定的な転換をもたらしました。

ニューヨークでは、ハーレムのサヴォイなどのダンスホール、ブロードウェイのショウ、ティン・パン・アレーの楽曲供給が、ジャズのレパートリーを広げました。デューク・エリントンはコットン・クラブの専属としてオーケストレーションを洗練させ、個性的な奏者の音色を作曲に織り込む「音色の作曲家」としての道を切り拓きます。カウント・ベイシーはリズム・セクションの推進力を磨き、コンピング(和音の刻み)とブラスのリフでダンサーを沸かせました。こうして1930年代のスウィング黄金期が到来します。

スウィングとダンスの時代――大編成とメディアの相乗効果

スウィング時代は、ビッグバンドの大編成(サックス、トランペット、トロンボーンにリズム・セクション)を前提に、ダンス可能なテンポと明快なリズムを強調しました。アレンジャーはリフ(短い反復フレーズ)を駆使し、セクション間の掛け合いで熱を高めます。ラジオ放送とレコードはバンドの知名度を押し上げ、地方巡業(ツアー)と映画出演がスターを生みました。白人・黒人のバンドが競演する中で、差別の壁を越えた共演も徐々に増え、ベニー・グッドマン楽団はカーネギー・ホール公演でジャズの芸術性を広く認知させました。

一方で、1940年代に入ると戦時経済や娯楽税、レコード産業の労使対立(ミュージシャンズ・ユニオンの録音スト)などの要因が、大編成の経営を圧迫します。夜更けのジャム・セッションで腕を磨いた若い奏者たちは、ダンスより聴取を前提にした複雑な音楽語法を模索し、やがて「ビバップ」という革命に至ります。チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンクらが、速いテンポ、拡張和音、複雑な旋律、ドラムのポリリズムで新言語を打ち立てました。

モダン・ジャズの多様化――ビバップ、クール、ハードバップ、モード、フリー

ビバップは、II-V-I進行の連鎖や、9thや#11、13thといったテンションを活用し、ライン(旋律線)を機械のように正確に刻む演奏技法を発達させました。ドラムはライド・シンバルで刻む「シンコペートされた乗り」を基盤に、バスドラとスネアで応答するドロップ・ボムを織り交ぜ、ピアノは非対称な和音配置でソロを支えます。クラブはダンスフロアから聴衆席へと性格を変え、演奏は対話的で内省的な性格を帯びました。

対照的に、クール・ジャズは音色とアレンジの透明感を重視し、西海岸を中心に室内楽的な響きを追求しました。マイルス・デイヴィスの『バース・オブ・ザ・クール』、ゲリー・マリガンのピアノレス編成、デイヴ・ブルーベックの変拍子探究は、ジャズの音場を広げます。1950年代半ばには、教会音楽やゴスペルの情感を取り込んだハードバップが台頭し、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ、ホレス・シルヴァー、クリフォード・ブラウン=マックス・ローチらが力強いグルーヴを提示しました。

モード・ジャズは、コード進行の頻繁な転換から離れ、一定の旋法(ドリアン、ミクソリディアンなど)上で旋律発想を展開する手法です。マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』やジョン・コルトレーンの「至上の愛」に至る探究は、音価の伸縮と音色の彫琢に焦点を移し、時間の流れそのものを音楽化しました。フリー・ジャズは調性やメトリックな拍の拘束を解き、集団即興の復権と音響の解体・再構築を試みます。オーネット・コールマン、セシル・テイラー、アルバート・アイラーらは、形式の解放と政治的・社会的メッセージの連動を示し、ジャズの定義を拡張しました。

1960年代後半から70年代には、電気楽器やスタジオ技術を取り入れたフュージョンが興隆します。ウェザー・リポート、ハービー・ハンコック、チック・コリアらは、ロックやファンクのビート、電子音色、長尺のフォームを採用し、コンサートホールと大規模フェスの観客に届く音像を作りました。80年代以降は、伝統回帰(ネオ・バップ)と実験志向、ワールド・ミュージックとの融合が併走し、現代ではヒップホップ、エレクトロニカ、現代音楽、クラブカルチャーとの交差も活発です。

世界への拡張――ラテン、ヨーロッパ、日本、アフリカのジャズ

ジャズは早い段階からカリブ海・中南米のリズムと結びつきました。キューバやプエルトリコのクラーベ、ブラジルのサンバやボサノヴァは、ハーモニーの洗練とリズムの多層性をジャズにもたらしました。アフロ・キューバン・ジャズは、モンゴ・サンタマリアやディジー・ガレスピーのコラボレーションで確立し、ボサノヴァはアントニオ・カルロス・ジョビンの楽曲群を通じて国際的に広まり、ジャズの語法に柔らかな歌心を注ぎました。

ヨーロッパでは、戦前からジプシー・スウィング(ジャンゴ・ラインハルト)やクール系の室内楽的サウンドが発展しました。戦後のECMレーベルなどは、残響の長い録音美学と民俗音楽の要素を取り込み、北欧の透明な音色、東欧のリズム、地中海の旋法をジャズの語彙に加えました。アフリカ各地では、ハイライフやアフロビートとジャズの融合が進み、複拍子と長周期のグルーヴが即興を新たな方向へ導いています。日本では戦前からダンス・バンド文化が根づき、戦後はクラブや喫茶店、大学ジャズ研が人材の育成拠点となりました。1960年代のモード/フリー、80年代以降のフュージョン、2000年代以降のクラブ・ジャズやシティ・ポップの交差を経て、国内外の往来が活発です。

演奏の仕組みと理論――リズム、ハーモニー、フォーム、即興

ジャズの演奏は、リズム・セクション(ピアノ/ギター、ベース、ドラム)とホーン(サックス、トランペット、トロンボーン等)の役割分担を基本に、テーマ提示(ヘッド)とソロ回し、エンディングで構成されます。リズム面では、スウィング・フィール(3連の中抜き)やストレート、倍テン・ハーフテンポの切替、バックビートやクラーベの導入が要点です。ベースはウォーキングで和声の根拠を示し、ドラマーはライド・シンバルのパルスにスネアやハイハットを織り交ぜ、ピアノ/ギターはコンピングで対話的に和声とリズムを投げかけます。

和声は、機能和声(トニック・サブドミナント・ドミナント)を基礎に、テンションと代理和音、モーダルな長音価の響きを活用します。よく使われる進行には、ブルースの12小節、循環進行、スタンダードの32小節AABAなどがあります。即興は、スケールとアルペジオ、コード・トーンの接続、ガイドトーン(3度・7度)を軸に、モチーフの反復・変形、裏拍のアクセント、間(休符)の配置で物語性を作ります。優れたソロは、単に速いだけでなく、音域・ダイナミクス・リズム・音色のコントラストを編み、バンド全体の呼吸に寄り添います。

アレンジでは、リフの受け渡し、コール&レスポンス、ソリ(同一パートのユニゾン)とシャウト・コーラスの配置が聴きどころです。バラードでは、テンポ・ルバートやサステインの長い音色設計、ドラマーのブラシ・ワークが感情の陰影を支えます。録音・PAの発展は、マイク位置や残響、電気楽器の歪みや空間系の選択を演奏の一部に取り込み、スタジオが「もう一つの楽器」として機能する時代を生みました。

場と産業――クラブ、レーベル、フェス、教育

ジャズは、クラブの現場文化とレコード産業、放送メディアが三位一体で育ててきました。小規模クラブは、短距離の視線と空気の振動を共有する濃密な空間で、そこで磨かれた相互傾聴と瞬発力が語法の核を形づくりました。レーベルは録音企画と流通、デザイン(ジャケット・ノーツ)で作品像を構築し、スタジオやエンジニアは音の質感を刻印します。フェスティバルは、国際往来と共同制作の場となり、世代や地域を横断したセッションを生みます。教育の面では、音楽院や大学のカリキュラム、オンライン教材、ジャム・セッションの現場が補完し合い、ジャズ理論は共通語として国境を越えました。

社会史的には、ジャズは人種隔離の制度を生き抜き、ラジオやテレビを通じて包摂と葛藤の両面を映してきました。女性奏者やLGBTQ+の参加、移民コミュニティの役割、クラブの治安・深夜営業規制、著作権とストリーミング経済など、場と制度をめぐる課題も変化しています。ジャズは常に現代の社会問題と隣り合いながら、その都度、編成や商流、発信方法を変えて持続してきた音楽なのです。

鑑賞の手がかり――耳と身体で味わうために

ジャズを聴くときは、(1)ビートの置き方—スウィングのうねりやクラーベの層—に耳を澄ませる、(2)テーマとアドリブの関係—モチーフがどう変形されるか—を追う、(3)インタープレイ—ピアノのコンピングやドラムの合いの手、ベースのウォーキングの変化—を観察する、(4)音色—ミュートやサブトーン、オーバートーンの使い分け—の選択に注目する、といった視点が役立ちます。ライブでは、曲間の合図や目くばせ、体の揺れが音楽の設計図として機能する様子が見えてきます。レコードでは、録音時代やレーベルの音作りの差異(残響、定位、ダイナミクス)にも耳を向けると、同じ曲がまったく違って響く理由が理解しやすくなります。

最後に、ジャズの魅力は「決まりを破る」ことだけではなく、「どう破るかを共有する」共同作業にあります。約束事(フォーム、進行、キュー)を共有しながら、その場の空気で最良の選択を見つける。歴史と理論は、その自由を支えるための共通言語です。地域や世代、ジャンルの壁を越えて、いまも新しい語彙が生まれ続けています。