アーリマン(Ahriman)は、古代イランのゾロアスター教において悪と破壊を体現する原理・霊として位置づけられる存在で、アヴェスター語ではアンラ・マンユ(Angra Mainyu, 「敵対的・破壊的な霊」)と呼ばれます。対応する善の霊はスペンタ・マンユ(Spenta Mainyu, 「聖なる・増益する霊」)であり、両者の対立はゾロアスター教の宇宙観と倫理観の根幹をなします。日本語では慣例的に中期ペルシア語形の「アーリマン(アフリマン)」を用いることが多いですが、本質的にはアンラ・マンユの後代形です。アーリマンは人格的な「悪神」というより、虚偽・汚穢・破壊を生み出す否定的原理として理解され、世界の歴史はその働きとアフラ・マズダー(至高神)の善なる秩序(アシャ)の闘争として描かれます。
最古層とされる『ガーサー(詩編)』では、二つの霊(双子の霊)の選択という道徳的二元論が語られ、後代の文献(パフラヴィー語の『ブンダヒシュン』『デーンカルド』など)では、アーリマンが悪魔(デーヴ)群の首領として、疾病・飢餓・冬・毒虫など一切の禍を現世へ侵入させる神話が体系化されます。時間は12,000年の枠に区切られ、終末における世界の刷新(フラショケレティ)でアーリマンは無力化され、被造世界は清められると説かれます。以下では、語源と史料、宇宙論と神学、儀礼と倫理、受容と影響の順に整理し、用語上の注意点も示します。
定義・語源・史料:アンラ・マンユからアーリマンへ
アヴェスター語の angra は「狭い・圧迫する・敵対的」といった否定的ニュアンスを持ち、mainyu は「霊・意志・原理」を意味します。したがってアンラ・マンユは「敵対的な霊」という記述的名であり、個別名というより機能名に近い性格を帯びます。中期ペルシア語(パフラヴィー)では ahriman(アーリマン)と写され、対照的に善なる至高神はアフラ・マズダー(オフルマズド/オルマズド)と呼ばれます。
史料層は大きく三段に分かれます。第一に、ザラスシュトラ(ゾロアスター)自身の言葉を伝えるとされる『ガーサー』(『ヤスナ』の一部)です。ここでは、二つの霊が最初に選択をなし、一方は最善(アシャ)を選び、他方は最悪(ドルジ=虚偽)を選んだと唱えられます。第二に、ヤスナ・ヤシュト群や『ヴィーデーヴダート(悪霊追放の書)』などの後代アヴェスター文献で、儀礼・神話・戒律が整備されます。第三に、ササン朝期以降のパフラヴィー文献(『ブンダヒシュン』『デーンカルド』『選集ザーツプラム』等)で、創造史と終末論が物語的に統合され、アーリマンの行為が詳細に語られます。とくに『ブンダヒシュン』は、光の世界に対するアーリマンの突入と、彼が造り出す災厄(蛇・サソリ・冬・暗闇・嫉妬・憎しみ等)の列挙で知られます。
重要なのは、アヴェスター最古層では、対立はまず倫理的・選択の次元で語られている点です。後代になるほど、アーリマンは宇宙論的な敵対者として擬人化され、悪の起源を説明する神話的叙述が厚みを増していきます。これは教団の歴史・他宗教との論争・王権の保護を背景にした教義の発展と見ることができます。
宇宙論と神学:善悪二元・時間史観・終末の更新
ゾロアスター教の宇宙論では、アフラ・マズダーが善なる霊(スペンタ・マンユ)により創造した世界へ、アーリマンが虚偽の群(デーヴ、パリ、ドゥルジ)を率いて侵入し、混合の時代が始まるとされます。世界史はしばしば12,000年に区分され、(1)霊的創造の3000年、(2)物質的創造の3000年、(3)混合と闘争の3000年、(4)救済者(サオーシャント)の出現と終末更新の3000年に分けられます。その終末において、人類は復活し、熔けた金属が大地を流れて悪を焼き尽くすと描写されますが、義人にとってはそれは温かい乳のように感じられると表現されます。アーリマンは最終的に無力化・退去させられ、虚偽は根絶されるため、悪は永遠に並立する原理ではありません。
この点をめぐって、正統学派は「アフラ・マズダーこそ唯一の創造主であり、アーリマンは被造世界へ侵入する否定原理にすぎない」と強調します。他方、ササン朝期に影響力を持ったズルワーン主義は、時間(ズルワーン)を最高原理とし、そこからオフルマズド(善)とアーリマン(悪)の双子が生まれたと説明しました。これは「二元の始原」を統合しようとする神学的折衷でしたが、正統派からは異端視されました。ズルワーン説では善悪が同格の出自を持つかのように見えるため、倫理的責任と神義論の扱いが変わるからです。歴史理解においては、ズルワーン説が王権イデオロギーや占星術的運命論と親和的であった点も指摘できます。
アーリマンは、世界に関わる限りで「否定・分裂・汚穢」を生成します。寒冷や飢餓、病と腐敗、嫉妬と憎悪、嘘と誓約破り、そして死の汚れ(ナス)——これらが彼の働きの指標です。対して、アフラ・マズダーの秩序は「アシャ(真実・秩序)」で表され、光・温和・健康・豊穣・誠実・清浄といった価値が増進します。宇宙論は、そのまま倫理と生活規範へと接続されるのがゾロアスター教の特徴です。
儀礼・倫理とアーリマン:清浄観・対抗の実践と日常
ゾロアスター教徒の日常規範は、善悪二元論を汚穢と清浄の管理へと翻訳します。最も顕著なのは死の汚れ(ナス)の扱いで、遺体は大地・火・水を汚染しやすい媒体と見なされました。このため伝統的には「鳥葬(沈黙の塔)」が採用され、遺体は塔上で鳥獣に委ねられました。これはアーリマンの働きが最も強い局面で清浄圏を守る工夫であり、土壌・水・火という神聖要素の保護でもあります。
儀礼面では、ヤスナ(聖餐儀式)での聖火の維持、ホーマ(聖飲料)の供犠、聖語の朗唱がアーリマンの勢力を退ける作用を持つと理解されました。とりわけ『ヴィーデーヴダート』は「デーヴ(悪霊)に対する法」という書名が示す通り、汚穢の発生とその対処法を細かく規定します。祈祷・護符・火の清浄・水の管理・動植物の取り扱いに至るまで、アーリマンの侵入を許さない生活技術が練り上げられました。
倫理では、ゾロアスター教の標語である「善き思い・善き言葉・善き行い(フマタ・フフタ・フフルシュタ)」が、アシャを増進させ、アーリマンの活動領域を縮減させる実践として意味づけられます。虚偽(ドルジ)への加担、誓いの破り、動物への残虐、衛生の軽視、火・水・土の汚染は、悪の原理に奉仕する行為とされ、共同体的監督の対象となりました。守護神ヤザタの中では、ソラオシャ(聴従・儀礼遵行の神)やアシャ・ヴァヒシュタ(最善の秩序)が、アーリマンの配下であるアエシュマ(憤怒)やその他のデーヴと対峙すると説かれます。
受容と影響:ササン朝・マニ教・イスラーム期、そして近代の理解
ササン朝(3〜7世紀)はゾロアスター教を国家宗教として整備し、王権はアフラ・マズダーの代理として秩序維持に責任を負いました。この体制下で、祭司団は教義・儀礼・法の編纂を進め、アーリマン像は国家の正統性と治安の言説に組み込まれます。異端・反乱・疫病・飢饉は、しばしばアーリマンの活動として語られ、王・聖職者・共同体の協働による防衛が説かれました。
同時期に成立したマニ教は、ゾロアスター教・キリスト教・仏教などを折衷した厳格な二元論を掲げ、光と闇の混合と分離を宇宙史の中心に据えました。マニ教の闇の原理は、しばしばアーリマンのイラン的伝統を想起させますが、両者は別個の体系です。他方、キリスト教・ユダヤ教の地域共同体は、ゾロアスター教の「悪の原理」をしばしば自らのサタン像と比較し、西方中世以後には「アーリマン=ペルシアの悪魔」という一般的理解が広まりました。もっとも、ゾロアスター教におけるアーリマンは神と並立する全能者ではなく、終末で無力化される時間限定の否定原理である点に注意が必要です。
イスラーム期のイランでも、文献の保存・転写は継続し、パフラヴィー文献が新ペルシア語やアラビア語で紹介されました。叙事詩『シャー・ナーメ』の世界では、悪の怪物・魔術師のイメージがアーリマン的な性格を帯びることがあります。近現代に入ると、学術研究はガーサーの解釈・ズルワーン主義の位置づけ・民俗との接点をめぐって議論を重ね、同時に大衆文化(小説・ゲーム・アニメ)では「アーリマン」が汎用的な〈大悪〉の記号として用いられることも増えました。学習においては、ポップカルチャーの用法と宗教史上の概念を切り分け、史料に立脚して理解する姿勢が大切です。
用語面では、(1)アンラ・マンユ(Avestan)=アーリマン(Pahlavi)という対応、(2)アフラ・マズダー(至高神)とアーリマンの関係を「善悪二元の倫理的・時間的対立」と捉えること、(3)ズルワーン主義の双子説は正統派の代表説ではないこと、の三点を押さえると混乱が減ります。
総括すれば、アーリマンはゾロアスター教の世界像における悪の働きを体現する否定原理であり、宇宙論・儀礼・倫理・国家イデオロギーの各層を貫いて現れます。彼は神と同格の創造主ではなく、終末の更新で無力化される時間限定の対抗者です。善き思い・言葉・行い、清浄の保持、火・水・土・空気の護持という日常的実践が、アーリマンの領域を後退させるという教えは、宗教儀礼を越えて生活倫理の体系として現在まで受け継がれています。世界史の学習では、ガーサーの二霊説、12,000年史観、ヴィーデーヴダートの清浄律、ズルワーン主義の位置づけ、ササン朝国家との結合、そして近代の解釈史という柱を組み合わせると、アーリマンの概念を過不足なく説明できるはずです。

