織物 – 世界史用語集

織物は、縦糸(たていと)と横糸(よこいと)を交差させて面状に組み上げた布の総称で、衣服や寝具、帳幕、袋、帯、帆や船具、交易の貨財、さらには身分と祈りを可視化するメディアとして、古今を通じて人間の暮らしを形づくってきた素材です。毛・麻・綿・絹といった天然繊維から、近代以降のレーヨンやナイロン、ポリエステルなどの化学繊維まで、用いられる糸は多彩で、織り方の違いは強度・伸縮・光沢・通気・保温といった機能の差を生み出します。織物は単なる「布」ではなく、技術・経済・文化・美意識が織り込まれた総合的な成果物なのです。

世界史の中で織物は、しばしば金銀と並ぶ富の尺度でした。絹はユーラシアを横断する交易路の名前(シルクロード)そのものを与え、毛織物は中世ヨーロッパの都市を潤し、綿は近世・近代の海上交易と工業化を牽引しました。布は軽くて高価、等級が分かりやすく、税として徴収しやすい「移動する資産」でもあります。模様や色は地域の記憶と信仰、身分秩序やジェンダー規範、国際関係の変化を映します。織物を理解することは、衣服史だけでなく、労働・技術・交易・社会の成り立ちを読み解く早道でもあります。

本稿では、織物の基本構造と技法、歴史と交易ネットワーク、そして社会・文化・経済・環境にわたる影響を、できるだけ平易に整理します。専門用語は必要最小限に留めますが、布の手触りを想像しながら読んでいただけるよう、具体的な例も随所に添えます。

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基本構造と技法の基礎—糸・組織・織機・染色

織物の出発点は糸です。糸は、短い繊維を撚り合わせて長く強くした「紡績糸」と、長い繊維をそのまま束ねた「フィラメント糸」に大別されます。羊の毛(ウール)は縮れと弾力に富み保温性が高いです。亜麻や苧麻に代表される麻は、まっすぐで涼やか、強度に優れます。木綿は肌触りがよく吸水性に富み、日常に適します。絹はしなやかで光沢があり、礼装や高級衣料に重宝されました。近代以降の合成繊維は、軽さ、耐久性、速乾性、しわのつきにくさなどを備え、用途を押し広げています。

糸の交差のさせ方(組織)には基本形が三つあります。第一に「平織(ひらおり)」は最も単純で、縦糸と横糸が一目ごとに交差します。薄くて丈夫、シワになりにくく、木綿のブロードや麻のキャンバス、絹の羽二重などが代表です。第二に「綾織(あやおり)」は斜めの綾目が生まれる織りで、デニムやサージ、ギャバジンのように柔らかくしなやか。第三に「朱子織(しゅすおり/サテン織)」は、表面に糸の浮きが多く現れ、光沢が高いのが特徴です。これらを応用し、模様を織り出すジャカード織、立体的な紋様を生むドビー織、糸を補強して耐久性を高めるオックスフォードなど、多様な派生が存在します。

織機の基本は、縦糸の一部を上下に分ける「綜絖(そうこう)」と、そこに生じた開口(ひ)に横糸を通す「杼(ひ)」、横糸を密に打ち込む「筬(おさ)」からなります。足踏みや手で開口を切り替える地機・高機から、カードと穴の開いた紙帯で柄の指示を機械化したジャカード機、さらには電動のシャトルレス織機(レピア、ウォータージェット、エアジェット)へと進歩しました。織りの速度・幅・柄の自由度は、技術革新の主戦場でした。

色柄を与える工程は大きく二つの方法があります。糸を先に染めてから織る「先染め」は、縞(ストライプ)や格子(チェック)、絣(かすり/イカット)などに向き、色に深みが出ます。一方、織ってから布を染める「後染め」は、反応染料や分散染料など化学染料の発展とともに大量生産に適した方法として広がりました。型紙や銅版、ローラーで連続的に模様を施す捺染(プリント)や、防染で模様を抜く技法(絞り、蝋けつ染め)も、織物と並走する色の技術です。最終工程の「仕上げ」では、防縮・防しわ・起毛・樹脂加工などで風合いと機能を調整します。

歴史と交易ネットワーク—絹・毛・綿が動かした世界

織物の歴史は、繊維植物や家畜化の歴史と重なります。古代メソポタミアやエジプトでは、亜麻のリネンが墓衣や神官の装束に用いられ、羊毛は防寒と交易財として重要でした。中国では絹が早くから発達し、軽くしなやかで染色映えのする絹織物は、皇帝権力の贈答と課税の核でした。ユーラシアでは、絹を求める西方と、馬やガラス、金属を供給する西域・地中海世界が結びつき、シルクロードと呼ばれる往還が成立しました。絹は秘密の技術とされたものの、技術はしだいに流出し、ササン朝やビザンツ、のちのイスラーム諸都市も絹織物の名産地となります。

中世ヨーロッパでは、毛織物が都市経済を牽引しました。フランドルやイングランドは羊毛・毛織物の産地として繁栄し、ギルドが品質を統制し、税が国家財政を潤しました。イタリアのルッカやフィレンツェは絹織の中心地として豪華な錦(ブロケード)を産み、宮廷文化と結びつきます。イスラーム世界は綿・絹・麻・毛の技術を横断し、染色法や幾何学文様、アラベスクの美学が広く共有されました。

近世以降、綿織物が世界経済を一変させます。インドのコットンは軽くて洗いやすく、色落ちしにくい捺染技術(更紗/カリコ、モスリン)が評判を呼び、ヨーロッパの市場を席巻しました。各国は保護政策で対抗しつつ、模倣技術を学び、やがて産業革命の波の中で紡績と織機の機械化が進みます。ジェニー紡績機、ミュール紡績機、動力織機の普及は、工場と労働、資本と市場を結び、原綿供給地(アメリカ南部、エジプト、インド)と消費地(欧州)を結ぶ綿の世界システムを作りました。綿花栽培は奴隷制や植民地政策と深く絡み、織物は富の源泉であると同時に不平等の装置でもありました。

東アジアでは、中国の絹と綿、朝鮮の苧麻、日本の絹・木綿・麻が地域社会の衣生活を支えました。日本では、紬(つむぎ)や絣(かすり)、縞木綿、博多織、西陣織など、多様な産地が地域の工夫で独自の美を育てます。琉球の花織や紅型、久留米絣、結城紬のように、先染め・絣・手織の技法は、近代の工業化を経ても文化財として継承され、現在は工芸とファッションの領域で再評価が進んでいます。

工程と道具の世界—糸づくりから仕上げまで

織物作りは、①繊維の採取・精練、②紡績、③撚糸、④整経(縦糸をそろえる)、⑤機掛け(経糸を機に張る)、⑥織り、⑦精練(糊抜き・洗い)、⑧染色・捺染、⑨仕上げ、という長い工程の連なりです。どの段階にも熟練が要り、わずかな調整が布の表情を左右します。たとえば絹では、繭から糸を引く座繰りや、精練でセリシン(タンパク)をどの程度落とすかが、光沢と腰の強さを決めます。木綿では、撚りの強弱が強度と風合いに直結し、麻ではペクチンを分解して繊維をほぐす水晒し・天日干しの時間が鍵です。

織機に張る縦糸は強い張力に耐える必要があるため、糊付け(サイジング)で毛羽を抑え、摩擦に備えます。綜絖の数と動かし方で、平・綾・朱子の基本組織が分岐し、組織を組み合わせることで立体感や陰影、通気性の調整が可能です。ジャカードは、無数の綜絖を個別に制御して複雑な柄を出す仕組みで、19世紀初頭に確立して以降、紋織の世界を拡張しました。捺染では、糊に染料を混ぜたペーストを型越しに布へ置き、蒸して発色・定着させます。天然染料(藍、茜、刈安、マリーゴールド、コチニール)と化学染料(アゾ系、反応染料、分散染料)は、色相・堅牢度・環境負荷の観点で選択が分かれます。

仕上げ工程は、布の「最終性格」を作る大切な段階です。縮充(ウールのフェルト化)で厚みと保温性を上げ、起毛で柔らかさと光の拡散を与え、防縮・防しわ・撥水・防汚・帯電防止などの機能加工で、用途に合わせた使い勝手を整えます。近年は、再生繊維(リヨセル、ビスコース)やリサイクルポリエステルの普及、植物由来の樹脂を使う加工など、環境配慮のアプローチが広がっています。

社会・文化・経済・環境—布が語る世界史の横断面

織物は、身にまとう行為を通じて社会を可視化します。色や文様、素材は、婚礼や弔事、祭礼や通過儀礼、職能や身分、地域や宗教の差異を語ります。たとえば中東のキリムや中央アジアのスザニ、アフリカのケンテ、日本の帯や袴地、中国の錦や緞子、インドのサリー地やバンディージー、インドネシアのイカットとバティックは、それぞれ地域の記憶を織り込み、贈答や祈り、家や氏族のアイデンティティを担ってきました。タペストリーは壁を飾る「移動する絵画」として城館を温め、船の帆は交易の風を受け、軍旗は共同体の士気を束ねました。

経済の面では、織物は女性労働と家内制手工業の歴史を映します。糸紡ぎや手織りは、農閑期の副業や家庭内の収入源となり、賃仕事や内職の形で貨幣経済と接続しました。工場制の成立は、労働時間・衛生・児童労働・規律の問題を生み、労働運動と社会立法の発端にもなります。産地間競争は品質表示や商標の整備を促し、見本市と注文、信用取引、保険が発達しました。今日のグローバル・サプライチェーンでは、原綿の生産、紡績、織布、染色、縫製、物流、販売が国境をまたいで分業され、価格の透明性と労働環境、環境負荷が国際課題となっています。

環境面の課題も無視できません。綿花は水と農薬を多く必要とし、染色・仕上げでは染料・助剤・エネルギーの大量使用が避けられません。廃水処理や化学物質の管理、微細繊維(マイクロファイバー)の海洋流出対策、再生繊維・リサイクルの推進、長く使える設計(デザイン・フォー・デュラビリティ)と修理文化の復権が求められています。伝統産地では、職人の高齢化と後継者不足に加え、原材料の確保(養蚕や苧麻栽培)と価格の問題が重なり、文化を支える仕組み—観光・教育・フェアトレード・知的財産保護—の再設計が課題です。

とはいえ、織物は今も進化を止めません。産業用では、炭素繊維やアラミドの織りで軽くて強い複合材料が航空機や自動車、風力発電ブレードを支え、防弾や耐熱の安全装備を実現しています。医療では、人工靭帯や血管の基材、創傷被覆材に織りの技術が応用され、建築では膜構造や日射調整のファブリックが都市の景観を刷新しています。伝統と先端が交わるところに、織物の未来は広がっています。

総じて、織物は「糸の交差」という単純な原理から、驚くほど多様な機能と意味を紡いできました。手で織る布の温かさも、機械で織る布の精密さも、どちらも人間の創意と社会の知恵の結晶です。一枚の布の向こうに、畑や牧場、染め釜や織機、港や市場、儀礼や物語が重なっていることを想像すると、織物は単なる素材ではなく、世界を縫い合わせる「言語」にも見えてきます。日々触れている布の手触りから、そうした長い歴史の糸口を感じ取っていただければ幸いです。