甘粛 – 世界史用語集

甘粛(かんしゅく、英: Gansu)は、中国西北部に位置する省で、オアシスが串珠のように連なる「河西回廊」と、黄土高原の起伏、祁連山の雪氷、タクラマカンへ続く前縁砂漠が一つの地図の上に重なる場所です。省都は蘭州で、黄河が東西に貫流します。古代から東西交易の幹線「シルクロード」の要衝であり、敦煌莫高窟や嘉峪関などの遺産は、文明と宗教が出会い交差した記憶を今日に伝えます。一方で、乾燥と寒冷が支配する厳しい自然のもと、水資源の希少性や砂漠化、地震・土砂災害といった課題にも直面してきました。近現代には、石油化学・有色金属・再生可能エネルギー、さらには宇宙関連施設を抱える戦略的地域としても位置づけられています。本稿では、地理と自然環境、歴史とシルクロード、社会と文化、現代の経済・交通・環境課題の四つの角度から、甘粛の輪郭を立体的に解説します。

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地理と自然環境―河西回廊・黄土高原・祁連山が織りなすモザイク

甘粛は地形が大きく三つに分かれます。第一は省西部の「河西回廊」です。これは祁連山脈の北麓と内モンゴル高原の南縁にはさまれた東西に細長い乾燥地帯で、祁連山の氷雪が養う伏流水と扇状地の湧水が、武威・張掖・酒泉・嘉峪関・敦煌といったオアシス都市を点々と潤します。黒河(河西では「合黎山」からの水系で一般に黒河と総称)や石羊河は回廊を貫き、最下流では内モンゴル・エジナの湿地を育てますが、取水が過大になると末端湿地が枯渇する脆さも併せ持ちます。

第二は中・南部を占める黄土高原と岷山(みんざん)周辺です。深く刻まれた黄土丘陵は浸食に弱く、降雨時には土石流や斜面崩壊が起きやすい一方、風化土は肥沃で、段畑や灌漑を組み合わせた農耕が古くから営まれてきました。南東部の天水・隴南は比較的降水が多く、林業や果樹栽培も発達します。

第三は祁連山脈に代表される高山・氷雪圏です。標高の高い山地は河西回廊のオアシスを支える水源地で、氷河・万年雪・高山草原が、乾燥地における「天然のダム」として機能します。気候は全体に乾燥・寒冷で昼夜の寒暖差が大きく、降水の年較差も大きいことから、農業・都市用水・工業用水の需給管理には高度な調整が求められます。

黄河は甘粛を東西に横切り、省都・蘭州で大きな渓谷を刻みます。蘭州は黄河に跨る交通・行政の要衝で、上下流の水資源配分や流域の水質保全においても要となります。地震活動では、1920年の海原地震(寧夏・甘粛にまたがる巨大地震)や1927年の古浪地震、近年では2013年定西地震など、活断層の存在が地域社会の安全保障にとって無視できない要素です。

歴史とシルクロード―関隴の関門から敦煌の石窟へ

「甘粛」の名は、張掖(古名・甘州)と酒泉(古名・粛州)の二州に由来します。漢代、武帝は河西四郡(武威・張掖・酒泉・敦煌)を設置し、匈奴勢力を分断するために回廊の軍事・交通基盤を整備しました。玉門関・陽関は西域への関門として知られ、絹・馬・香料・ガラス・仏典など、多様な物資と知がここを行き交いました。

魏晋南北朝には仏教が西域経由で広まり、敦煌の莫高窟・西千仏洞、天水の麦積山石窟など、石窟寺院が相次いで開鑿されます。壁画・塑像は、インド・イラン系の影響と中原の様式が融合する「シルクロード美術」の典型で、経巻の写本群(敦煌文書)は言語・宗教・社会史の宝庫です。唐代には玄奘の求法、西域経営の拠点としての敦煌が重みを増し、吐蕃・回鶻・沙州帰義軍の時代には多民族・多言語の秩序が展開しました。

11~13世紀には西夏(党項)が河西回廊を制し、文字・仏教・軍事の独自文化を開花させます。その後、モンゴルの征服と元朝の交通網整備により、回廊はユーラシア連結の高速道路となりました。明代は嘉峪関を万里の長城西端の要害として築き、驛伝・屯田・衛所を配置して辺境統治を強化します。清代には回部(新疆)経営の前線として行政・軍事上の重要性がさらに高まりました。

近代には軍閥割拠の局面で「馬家軍(馬一族)」と総称される回族系の軍事勢力が甘粛・寧夏・青海を主導し、抗日戦争期・国共内戦期を通じて西北政治の一角を占めました。中国共産党の長征も甘粛を通過し、会寧の地で紅一・紅二・紅四方面軍が合流した出来事は革命史における象徴です。新中国成立後は、蘭州石油化学・有色金属・機械工業の拠点化、河西回廊の農墾と灌漑整備、交通基盤の高度化が進みました。

社会と文化―多民族のモザイクと宗教・生活世界

甘粛は漢族が多数派ですが、回族(イスラーム)、チベット族(特に甘南チベット自治州)、裕固族(粛南裕固自治県)、東郷族(東郷族自治県)、保安族、サラール族など、多様な少数民族が暮らしています。言語もモンゴル語派・テュルク語派・チベット語派・漢語が交錯し、宗教もイスラーム、チベット仏教、道教、漢地仏教が併存します。

甘南の夏河にあるラプラン寺(拉卜楞寺)はゲルク派の大寺院で、僧院都市としての景観と宗教教育の伝統で知られます。回族コミュニティではモスクを中心に礼拝と慈善が組織され、斎月(ラマダーン)や犠牲祭には都市と農村のリズムが変わります。石窟寺院の芸術は、信仰と職人技、都城と辺境の交流がつくり出した結晶であり、敦煌学として世界的研究領域を形成しました。

食文化では、蘭州牛肉麺(蘭州拉麺)が代表格です。清湯に牛肉・蘿蔔・辣油・香菜・葱の「一清二白三紅四緑五黄」を美学とし、職人の手延べによる麺の多様な太さ(毛細から寛まで)が名物です。回族の清真(ハラール)規範が食の衛生・香辛料・肉の扱いに影響を与え、焼きナン、手抓羊肉、臊子麺、胡麻餅などの素朴な料理も各地で親しまれます。交易路の文化は、絨毯・皮革・玉器・臈纈(ろうけつ染め)といった工芸にも反映され、集市(バザール)は今も人と物と情報の結節点です。

教育・学術の面では、敦煌研究院や各大学が石窟美術・文献の保護と公開に取り組み、デジタルアーカイブや複製技術による保存の先進事例を生み出しています。これは観光の持続可能性と文化財保護の両立を図る上で重要な実践です。

現代の経済・交通・環境課題―回廊の戦略性と持続可能性

産業では、蘭州の石油化学・装備製造、白銀(白銀市)の有色金属、金昌のニッケル、酒泉・張掖の新エネルギー(風力・太陽光)が柱です。河西回廊は年間日射量・風況に恵まれ、砂漠縁辺のメガソーラーや風力基地が広がっています。宇宙関連では「酒泉衛星発射センター」が近接地域に置かれ、衛星・有人飛行の打上げ拠点として知られます(行政区画上は内モンゴル側に位置しますが、酒泉市と密接に結びついています)。

交通の要衝性は今も健在です。蘭新鉄路・蘭新高速鉄道が甘粛を東西に貫き、蘭州は中西部を結ぶハブとして機能します。高速道路網の整備、蘭州中川空港の拡張、貨物鉄道の新線は、内陸から中央アジア・ヨーロッパへ至る国際物流の選択肢を広げました。近年の地域政策(国家級新区としての「蘭州新区」など)は、物流・加工・データセンターの集積を狙い、シルクロード経済帯の一節として投資が進められています。

一方、環境・資源の制約は厳格です。河西回廊のオアシスは、祁連山の雪氷に依存する脆弱な水収支の上に成立しており、上流の氷河縮小や降水変動、農業・工業・都市の取水増加が、末端湿地の乾燥化や砂嵐の頻発を招きます。民勤や金塔など、砂漠縁辺のオアシスでは地下水位の低下と塩類集積が課題で、取水の定量化、節水灌漑(点滴・スプリンクラー)、用排分離、塩生植物の植栽、風砂防止林帯(「三北防護林」など)の整備が続けられています。

黄土高原部では、退耕還林・還草(耕作地の林地・草地への転換)や小流域の総合整治、段畑の石垣補修、雨水集蓄システムの導入などが土壌流出防止と生計安定に寄与します。地震・土砂災害への備えとしては、耐震建築、山間部の避難路整備、早期警報、学校防災教育の普及が要です。観光の増加に対しては、入域規制・予約制・分散鑑賞・デジタル複製展示を組み合わせ、文化財の過度利用を避ける工夫が求められます。

人口と都市の面では、若年層の沿海部への流出と内陸の高齢化が課題となる一方、蘭州・武威・張掖などの都市圏はインフラと公共サービスの整備を通じて定住性を高める施策を進めています。教育・医療・環境の格差是正は、地域の持続可能性に直結する政策テーマです。

総じて甘粛は、東西・南北を結ぶ「回廊」の地政性、宗教と芸術の記憶、水と砂のはざまに生きる生活技術が折り重なった場所です。莫高窟の壁画や嘉峪関の城壁は、時代ごとに変わる覇権と交易、信仰と美の往来を静かに語り続けます。21世紀の甘粛に求められるのは、その歴史資産と戦略的位置を活かしつつ、水と土と風の限界を見据えた慎重な経営です。オアシスの一滴、石窟の一面、黄河の一湾を大切に扱う姿勢が、回廊の未来を支える力になるのです。