女性差別撤廃条約 – 世界史用語集

「女性差別撤廃条約」とは、正式名称を「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」といい、国連で採択された国際人権条約の一つです。1979年に国連総会で採択され、1981年に発効しました。略称の CEDAW(セダウ/シーダウ)は、英語名“Convention on the Elimination of All Forms of Discrimination against Women”の頭文字を取ったものです。この条約は、単に「女性を大切にしましょう」といった抽象的な宣言ではなく、政治・教育・労働・婚姻・家族など、社会のあらゆる分野において女性に対する差別をなくすため、各国政府に具体的な義務を課していることが大きな特徴です。

女性差別撤廃条約は、第二次世界大戦後に広がった人権保障の流れの中から生まれました。国連はすでに「世界人権宣言」や「国際人権規約」を通じて、すべての人の基本的人権を保障する枠組みを整えつつありましたが、現実には女性への差別や暴力が根強く残っていました。教育や就職の機会からの排除、政治参加の制限、結婚・離婚・相続における不平等な扱い、性役割にもとづく固定観念などは、多くの国で「当たり前」とされていたのです。こうした状況を変えるために、「女性」という観点から差別の問題を正面から取り上げたのが、この条約でした。

条約は、単に「男女は平等であるべきだ」と言うだけでなく、「何を差別とみなすのか」「国は具体的に何をしなければならないのか」をかなり細かく定めています。たとえば、法律や制度・慣行の中に女性を不利に扱うものがあればそれを改めること、教育・雇用・政治参加の場に女性が平等にアクセスできるようにすること、家族の中での権利も男女平等に扱うことなどが、条約上の義務として掲げられています。また、形式上は中立に見える規則や慣行であっても、結果として女性を不利にしているのであれば、それも差別として是正されなければならないという考え方が示されています。

以下では、まず女性差別撤廃条約が生まれた歴史的背景と、国連における位置づけを見たうえで、条約の構成と主要な内容を整理します。つづいて、各国が条約を受け入れ、国内でどのような法整備や政策を進めてきたのか、条約実施を監視する委員会の仕組みなどについても触れていきます。最後に、この条約が現代社会のさまざまな場面でどのように関わっているのかを、具体的なイメージを持ちながら確認していきます。

スポンサーリンク

女性差別撤廃条約の成立背景と国連における位置づけ

女性差別撤廃条約が成立する背景には、第二次世界大戦後の国連を中心とした人権保障の流れがあります。1948年に採択された「世界人権宣言」は、「すべての人は自由であり、尊厳と権利について平等である」とうたい、性別にかかわらず人権が保障されるべきだと宣言しました。その後、1966年には「国際人権規約」が採択され、法的拘束力を持つ形で市民的・政治的権利、社会権・文化権が国際的に確認されます。

しかし、これらの文書は「すべての人」を対象としているため、女性が直面している具体的な差別や問題点が、十分に焦点化されているとは言えませんでした。たとえば、法律上は男女平等がうたわれていても、実際には慣習や宗教、社会的通念の名のもとに、女性が教育や職業の選択、婚姻・離婚、財産権などで不利な扱いを受けることが多々ありました。さらに、家庭内暴力や性的暴力といった問題は、「家庭の中のこと」「個人的な問題」として、公的な議論の対象になりにくかったのです。

こうした状況のなかで、1960年代後半から1970年代にかけて、世界各地で女性運動が高まり、「女性の権利は人権である」という認識が広がっていきました。国連もこの流れを受けて、1975年を「国際婦人年」と定め、メキシコシティで「第一回世界女性会議」を開催します。これを皮切りに、1976〜1985年は「国連婦人の10年」と位置づけられ、女性の地位向上に関する国際的な取り組みが強化されていきました。

女性差別撤廃条約は、このような動きの中で「女性差別をなくすための包括的な国際条約」として構想され、1979年の国連総会で採択されました。条約は20以上の条文からなり、差別の定義、国家の義務、具体的な分野ごとの平等確保の方策などを規定しています。一定数の国が批准したのち、1981年に発効し、その後も多くの国が条約を批准・加入してきました。今日では世界の大半の国が当事国となっており、「女性の権利に関する国際基準」としての役割を果たしています。

国連の人権条約の中には、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約、拷問禁止条約など、特定のテーマに焦点を当てたものがいくつかありますが、女性差別撤廃条約はその中で「性別にもとづく差別」に特化した条約です。そのため、「男女共同参画」「ジェンダー平等」などを考える際の基本的な枠組みとして、多くの国の政策や法律に影響を与えています。

条約の構成と差別の定義・国家の義務

女性差別撤廃条約の中でまず重要なのは、「何をもって女性差別とみなすか」という定義です。条約では、女性に対する差別を、「政治・経済・社会・文化・市民的な分野、その他あらゆる分野において、婚姻状態にかかわらず行われる性別にもとづく区別・排除・制限であって、女性の人権・基本的自由を認識し、享有し、行使する能力を損なうもの」とおおむね定義しています。ここで重要なのは、差別を単に露骨な「女性禁止」「男性のみ」といった規定に限らず、女性の能力発揮や権利行使を妨げる広い行為としてとらえている点です。

条約は、国家に対して多くの具体的な義務を課しています。その一つが、「差別的な法律・規定・慣行を改めること」です。たとえば、女性にだけ特別な服従義務を課すような家族法、女性の相続分を男性より少なくする規定、特定の職業への女性のアクセスを制限する法律などは、条約に反するものとして見直しが求められます。また、憲法や基礎的な法律に「男女平等の原則」を明記し、それを実際に生かすための手段を取ることも義務の一つです。

さらに、条約は、形式的な平等だけでなく、実質的な平等を達成するための「暫定的な特別措置」(いわゆるポジティブ・アクション)を認めています。これは、歴史的・社会的な不利の積み重ねにより女性が特定の分野に進出しにくくなっている場合、一定期間に限って女性を優先的に採用したり、女性候補者の割合を引き上げる措置を講じたりすることは、逆差別ではなく、むしろ真の平等達成のために許されるという考え方です。

また、条約は「性別にもとづく固定的な役割分担」そのものにも目を向けています。家庭や社会において、「女性は家庭を守るべき」「男性は外で働くべき」といったステレオタイプは、女性が教育や職業、政治参加において機会を得ることを妨げる要因になりえます。そのため、条約は教育やメディア、文化活動などを通じて、こうした固定観念を変えていく努力を国に求めています。

条約の条文は、政治参加、国籍、教育、雇用、保健、経済生活、農村の女性、婚姻と家族関係など、さまざまな分野にわたって細かく規定されています。たとえば、教育の分野では、女子と男子が同じカリキュラム・試験・教師の質を享受できるようにすること、学校への入学や卒業を妨げる慣行(早婚など)を取り除くことなどが挙げられています。雇用の分野では、同一価値労働に対する同一報酬、昇進や職業訓練の機会の平等、妊娠・出産を理由とする解雇の禁止などが明記されています。

婚姻・家族関係と条約の特徴

女性差別撤廃条約のなかでも、とくに重要かつ敏感な分野が「婚姻および家族関係」に関する規定です。多くの社会で、家族のあり方や結婚に関するルールは、宗教や伝統的慣習と深く結びついており、変化させることが難しい分野です。しかし、実際には結婚の決定権を家族や親族が握っていたり、離婚や子どもの親権、相続などの場面で女性が不利な扱いを受けていたりすることが少なくありません。

条約は、婚姻に関する男女の平等を明確に打ち出しています。その内容には、結婚するかどうか、誰と結婚するかを自由に選ぶ権利、結婚期間中における夫婦の平等な権利・責任、子どもの数や出産間隔に関する決定に参加する権利、婚姻解消時の財産分与や親権に関する平等な取り扱いなどが含まれます。これらは、女性が「妻」「母」という役割だけでなく、一人の人格として尊重されることを前提とした規定です。

また、条約は児童婚や強制結婚についても問題視しています。結婚の最低年齢を引き上げ、婚姻登録制度を整えることは、女の子が幼いうちに家族の意思だけで結婚させられることを防ぐための重要な手段とされています。早婚は、教育の機会を奪うだけでなく、健康リスクの高い妊娠・出産を強いられる原因にもなるからです。

この分野で条約が特徴的なのは、単に法律上の平等をうたうだけでなく、慣習・伝統・宗教的背景の中にある不平等な規範にも踏み込もうとしている点です。そのため、一部の国では、家族法や婚姻法の改正をめぐって激しい議論が起こり、条約の該当条項に留保(適用しないと宣言すること)をつけたうえで批准するケースも見られます。女性差別撤廃条約は、このように、文化や宗教と人権の関係をめぐる難しい問題とも向き合わざるをえない条約だと言えます。

条約の実施・監視の仕組みと各国の取り組み

女性差別撤廃条約は、各国が批准しただけで自動的に内容が実現するわけではありません。条約の実施状況をフォローし、改善を促すために、国連には「女性差別撤廃委員会」という専門の委員会が設けられています。委員会は、条約当事国が定期的に提出する報告書を審査し、その国の状況に応じた勧告(コンCLUDING OBSERVATIONS)を出します。これにより、条約は単なる理念ではなく、「進捗をチェックされる約束」として機能します。

各国政府は、条約の内容に沿うように、自国の憲法・法律・政策を見直し、必要な場合には新たな法制度を整えることが求められます。たとえば、雇用機会均等法や男女共同参画基本法、配偶者暴力防止法、セクシュアルハラスメント禁止の規定など、多くの国で導入されてきた法律や政策には、女性差別撤廃条約の影響が見られます。行政機関や審議会が「ジェンダー平等」や「女性の地位向上」を担当するようになったのも、この条約と国際的な流れと無関係ではありません。

一方で、多くの国では条約に留保をつけて批准しており、その内容や範囲はさまざまです。とくに家族法や宗教に関わる部分について、「自国の憲法や宗教的伝統と抵触する」として留保を行うケースが多く見られます。また、法律を整えたとしても、地方社会や日常生活レベルでは旧来の慣行や性別役割意識が根強く残り、実際には女性が差別的扱いを受け続けていることも少なくありません。

条約の実施には、政府だけでなく、市民社会やNGOの役割も重要です。多くの女性団体や人権団体が、条約と委員会の勧告を活用して自国政府の政策を監視し、必要な法改正や施策の強化を求めています。ときには、特定の差別事件や制度をめぐって、裁判所で条約の条文が直接引用されることもあり、国際基準が国内の司法判断に影響を与える可能性もあります。

このように、女性差別撤廃条約は、国家と国際社会、市民社会のあいだに複数のルートを持ちながら、少しずつ各国の制度や意識に変化をもたらしてきました。ただし、その進み具合や重点分野は国ごとに異なり、「条約を批准している=女性差別がなくなった」というわけではない点に注意が必要です。

現代社会における女性差別撤廃条約の意味合い

女性差別撤廃条約が採択された1970年代末と比べて、今日の世界は大きく変化しています。多くの国で女子教育は広まり、女性の就労や政治参加も以前よりは進みました。しかし、賃金格差、管理職や政治指導層へのアクセスの不平等、家庭内暴力や性暴力、メディアにおけるジェンダー・ステレオタイプなど、女性を不利にする構造は今なお各地で存在しています。その意味で、この条約は「すでに達成された目標」ではなく、「現在も続いている課題に取り組むための基準」として生き続けています。

近年は、「直接的な差別」だけでなく、「間接差別」や「複合差別」にも注意が向けられるようになりました。たとえば、性別を明示的に区別していない一見中立な制度であっても、育児や介護の負担が女性に偏っている社会では、結果として女性だけが不利な状況に追い込まれることがあります。また、女性であることに加えて、少数民族・障害・性的指向・移民などの属性が重なることで、さらに厳しい差別に直面する人びともいます。こうした複雑な現実に対応するためにも、条約の原則をどう具体化していくかが問われています。

女性差別撤廃条約は、教育現場や行政、企業の研修などでもしばしば参照されます。たとえば、「男女平等を目指す教育カリキュラムを作る」「雇用における男女差別をなくす会社のポリシーをつくる」「地方自治体でDV防止や性暴力支援の施策を考える」といった場面で、この条約が示す基準や考え方が土台となることがあります。国を超えた共通の枠組みがあることで、各国や地域の取り組みを比較・評価しやすくなるという利点もあります。

一方で、女性差別撤廃条約は万能ではありません。条約そのものは国家間の約束であり、具体的な変化を起こすためには、国内法の整備や予算措置、教育や意識啓発など、地道な取り組みが不可欠です。また、条約に対する理解や解釈をめぐっても議論が続いており、宗教・文化・政治的立場によって、「どこまでを差別と見なし、どのような手段で解消を図るべきか」について意見が分かれることもあります。

それでも、女性差別撤廃条約が国際社会に示したメッセージ――「女性に対する差別は、私的な領域に属する問題ではなく、国際的に監視されるべき人権侵害である」という考え方は、すでに広く共有されつつあります。この条約を手がかりに、さまざまな国・地域で具体的な問題に向き合い続けることが、女性が生きやすい社会だけでなく、誰にとっても尊厳の守られた社会へと近づくための一つの道筋になっています。