砂漠化は、乾燥・半乾燥・乾燥半湿潤地域で土地の生産力が低下し、植生や土壌・水循環が劣化して元に戻りにくくなる現象を指します。砂丘が広がる「砂の海」だけを意味するのではなく、草地がまばらになって土がむき出しになる、土が固くなって雨を弾く、塩類が地表に白く析出する、といった地味な変化の総称です。背景には、雨の少なさや気温上昇などの気候要因に加え、過放牧・過耕起・薪炭材採取の集中、灌漑の失敗による塩害、都市や農地の拡大にともなう土地被覆の変化など、人間活動の影響が絡み合っています。食料・水・生計・保健・移動(気候関連移住)に直結するため、地域社会と国際社会の双方にとって喫緊の課題です。本稿では、定義としくみ、主な地域事例と要因、影響、そして防止・回復の実践を、専門知識がなくてもイメージできるように整理します。
定義としくみ:土壌・植生・水の三角形が崩れるとき
砂漠化の核心は、「土壌・植生・水」の三角形の破綻です。植物は根で土をつかみ、水分と養分を吸い上げ、葉で蒸散して局所の気候を緩和します。土は有機物(腐植)を抱えてふかふかのスポンジのように水をため、微生物が養分循環を司ります。水は雨・地下水・表流水として土を潤し、植物の生長を支えます。この三者が回り続けることで生産力が維持されます。
ところが、過放牧や裸地化で地表が露出すると、雨滴の衝撃で土の粒子が壊れ、表面が叩き固められて「クラスト」ができます。水はしみ込まず一気に流れてしまい、浸食が深まってガリー(溝)が増えます。有機物が減ると土は軽くなり、風に飛ばされやすくなります(風食)。逆に灌漑が過剰で排水が悪いと地下水位が上がり、土中の塩が地表に引き上げられて白化します(塩害)。
気候要因も作用します。雨が短時間に集中すると浸透より流出が勝ち、干ばつが続くと植生が枯れて土がむき出しになります。気温が上がれば蒸発量が増え、土と植物の水のストレスが高まります。火入れや薪炭材採取で林が薄くなると、風速が上がり、さらに風食が進むという悪循環が生まれます。砂漠化は一気に起きる災害ではなく、こうした小さな変化の積み重ねがしきい値を越えて表面化する「ゆっくり進む危機」です。
国際的には、乾燥度指数(降水量と蒸発散のバランス)で区分した地域における土壌劣化を「砂漠化」と呼ぶのが一般的です。湿潤地域で起こる土壌侵食や地すべりは、広い意味での土地劣化ですが、砂漠化には含めません。この区別は、対策が気候と水の制約に強く縛られることを示しています。
地域事例と要因:サヘル、中国北部・内モンゴル、中央アジア、地中海沿岸など
サヘル(サハラ南縁)では、降水の年々変動が大きく、1970年代以降の大干ばつが牧畜・農耕社会に打撃を与えました。牧草地の収容力(キャリングキャパシティ)を超えて家畜が集中すると、裸地化→風食→砂丘化が進みます。国境を挟む移牧ルートが政治境界や紛争で断たれると、季節移動ができずに局地的な過放牧が起こりやすくなります。乾期の薪炭材採取の増大、都市周辺での木材需要の増加も、林冠の薄化を招きました。
中国北部・内モンゴルでは、草原の開墾拡大、過放牧、地下水のくみ上げ、鉱山や道路建設に伴う土地被覆の変化が、風食の拡大と「砂嵐」の頻発に結びつきました。乾燥地農業の機械化は生産性を高める一方、耕起の繰り返しで土壌団粒構造を壊しやすく、風の強い季節に表土が飛びやすくなります。こうした課題に対し、退牧還草(放牧地の休ませ)や、農地を林・草地に戻す政策、縦横に防風林を配するネットワーク計画(いわゆる「緑の長城」)などが段階的に進められてきました。
中央アジア・アラル海流域では、綿花灌漑の拡大が大規模な水利用と塩害を引き起こし、湖の縮小とともに塩性の砂塵が風で広域に飛散しました。灌漑開発自体は収入をもたらしましたが、排水路や塩の洗い流し(リーチング)に投資が不足し、結果として土壌生産力が落ちました。塩害は一度進むと回復に長い時間と水が必要です。
地中海沿岸・西アジアでは、丘陵地の森林伐採と焼畑、放牧・耕作の繰り返しで土壌が薄くなり、岩だらけの不毛地が広がる例が古くから見られます。近年は観光・都市拡張で土地被覆が変わり、集中豪雨時の表層流による浸食が強まっています。オリーブやブドウの栽培は、段々畑や石垣などの土壌保全とセットで成立しており、その維持管理が弱ると、短期間で劣化が顕在化します。
オーストラリア・北米の乾燥地では、不適切な耕起・作付体系と干ばつが重なると、「ダストボウル」に似た風食が起きます。輪作に豆科や多年草を組み込まず、裸地の期間が長いと、風が土を運び去ってしまいます。これに対しては、保全耕起(不耕起・最小耕起)、カバークロップ、等高線農法などの土壌保全技術が有効です。
影響:食料・水・健康・経済・移動に及ぶ連鎖的リスク
砂漠化の最前線にあるのは、食料と生計です。牧草地の生産力が落ちると家畜頭数を減らさざるを得ず、乳・肉・皮の収入が直撃を受けます。農地では収量が下がり、種子・肥料・水への投資が報われにくくなります。土壌が固くなると短時間強雨で畑から土と肥料が流出し、次の作に必要な養分が失われます。
水資源への影響も深刻です。浸透が減って表面流出が増えると、地下水の涵養が減ります。土壌有機物が減ると保水力が落ち、乾きやすくなります。逆に排水が悪い地域では塩害が進み、土の毛細管作用で塩が上がってきます。塩分の高い土は作物の根に浸透圧ストレスを与え、水を吸いにくくします。
健康・保健面では、砂塵の飛散が呼吸器系に負担をかけ、目・皮膚への影響も増えます。栄養不足、飲料水の品質低下、家畜損失による家計の逼迫は、医療アクセスを悪化させ、教育機会にも連鎖します。とくに女性と子どもは水汲みの負担や燃料採取の遠距離化で労働時間が伸び、身体的リスクが高まります。
経済・社会への波及では、家畜の移動や農地放棄が増え、都市周辺への流入、紛争のリスク上昇、土地・水をめぐる対立の激化が生じやすくなります。気候変動と地政学的緊張が重なる地域では、砂漠化は安全保障の論点とも結びつきます。文化面でも、移牧や雨乞いの祭礼など土地と結びついた慣習が継承しにくくなり、地域のアイデンティティにも影響します。
防止・回復の実践:土地を休ませ、覆い、つなぎ、水を回す
砂漠化は不可逆ではありません。鍵は、植生の回復、土壌有機物の増加、水の滞留時間の延長です。実践は地域の気候・土壌・生計に合わせて組み合わせます。
草地・牧畜管理では、放牧地の区画を分けて順番に使う輪換放牧、雨季・乾季の移動ルート確保、家畜種の混合(ヤギ偏重の回避)、補助飼料の導入、群れの適正規模の合意形成が基本です。移動の自由が政治的に制約されると過放牧になりやすいため、牧民と行政の協議の仕組みが重要です。
農地管理では、保全耕起・不耕起の導入、カバークロップ、作物残渣のすき込み、等高線耕作、土壌表面のマルチ(藁・枝)、防風垣や生垣、農道の草生化、輪作への多年草導入などが効果的です。これらは雨滴の衝撃を弱め、浸透を高め、風速を下げ、有機物を増やします。畑の端や谷部では、小さな土堤・半月型の堤(半円堤)・石のライン(ストーンボンド)を設けて流出を弱めます。
林業・アグロフォレストリーでは、在来樹種の混植と「点から線、線から面」への段階的拡大が原則です。薪炭材として早生樹(アカシア類など)を管理植栽し、天然林の圧力を下げます。畑に木を組み込む風景—シアバター、モリンガ、ナツメヤシ、ガムアラビックのアカシア—は、木陰と落葉で土を守り、果実や樹液が現金収入にもなります。防砂林は単一樹種の直線列より、風向に交差する帯状・斜格子状の組合せが効果的です。
水管理は、小規模分散型が要です。雨水貯留(ルーフタンク、地表の浅い貯水池)、砂ダム・チェックダム(小堰)、ワディ(涸れ川)での堆積促進、微地形の活用(半月堤・ジアイ)、畦の改良で、降った水を一度「つかまえて」ゆっくり浸み込ませます。灌漑では、用水と排水をセットにし、塩の洗脱を計画的に行います。地下水の持続的取水量を超えないポンプ規制や、太陽光ポンプの導入とセットで水量計測を徹底することも大切です。
土壌の回復には、有機物の投入(堆肥、グリーンマニュア、バイオ炭)、微生物の働きを助ける被覆、家畜糞の適正散布、塩害地では石膏の施用や客土、排水改良が用いられます。バイオ炭は炭素を土に留め、水と養分を保持するスポンジとして働きますが、原料調達と土壌適性の見極めが必要です。
社会的仕組みとしては、共同体の合意形成(放牧カレンダー、伐採ルール、井戸の割当)、土地権利の明確化、女性の参加、学校と普及員による教育、携帯・衛星を使った早期警戒(降水予報、草地の成長状況)などが、技術と同じくらい重要です。補助金や炭素クレジットの設計は、地域の慣行と矛盾しないインセンティブにする必要があります。
国際枠組みでは、砂漠化対処条約(UNCCD)が各国の行動計画と資金・知見を結び、土地劣化の中立性(LDN)という目標の下、劣化を食い止めつつ回復を上回らせる発想が共有されています。気候変動の緩和・適応(UNFCCC)や生物多様性(CBD)とも連携し、土壌炭素の増加、自然再生(リストアレーション)といった横断テーマで協働が進んでいます。
最後に、対策の成否は「現場で使えるか」に尽きます。遠くの大規模植林より、村の畑の畦に立つ小さな生垣、家畜を一日休ませる合意、雨をためる半月堤の一列、といった積み重ねが、五年・十年の景色を確実に変えます。砂漠化は人の手で進む部分があるからこそ、人の手で止め、戻せる余地もまた大きいのです。

