階級社会とは、人びとの生活機会や影響力が、経済力・教育・職業・人脈・文化資本などの差によって層状に分かれ、その差が世代をまたいで再生産されやすい社会のことを指します。法で身分が固定される「身分制」や、宗教規範と婚姻が厳しく区切る「カースト」と比べると、階級は移動可能性がある点で柔らかい構造ですが、それでも教育・雇用・資産・住居・言語習慣などの積み重ねが壁となり、上り下りの難易度は決して低くありません。歴史上、前近代の身分秩序が弱まり、近代の市場経済・国民国家・学校制度が広がるほど、法的身分の鎖は緩みましたが、かわりに「階級」という見えにくい境界線が前景化しました。階級社会を理解するうえで大切なのは、収入や職業の差だけでなく、税や社会保障、住宅や教育、軍役や選挙といった制度が、どのように差を固定したり緩めたりしてきたかを見ることです。本項では、用語の核心、歴史的な形成過程、理論とメカニズム、現代的な課題の四つの視点から、世界史の学習に役立つ形で整理します。
定義と射程—身分・カーストとの差、可視と不可視の境界
階級社会は、主として経済・教育・職業に基づく層化が社会の基本構造となっている状態を指します。ここでいう「層化」は、収入や資産の多寡だけではなく、権力へのアクセス、法的紛争での有利不利、病気や失業から身を守るセーフティネット、日常で用いる言語や礼儀といった文化的実践まで幅広く含みます。つまり階級は、財布の厚みだけではなく、生活世界の「選べる余地」の差として姿を現します。
法や宗教が定める身分制・カースト制は、原則として出自で位置が決められ、婚姻や職業の移動が構造的に制限されます。これに対し階級社会は、形式上は法の前の平等と職業選択の自由を前提にしますが、家庭で得られる学習環境、地域の学校や医療の格差、紹介や推薦のネットワーク、資産市場の変動など、見えにくい要因が移動機会を左右します。このため、階級社会は「開かれているのに、なぜか同じ家が有利を保ち続ける」という現象をしばしば生みます。
もう一つ重要なのは、階級の境界が「可視」と「不可視」のあいだを揺れることです。制服や肩章、戸籍で区切られた身分に比べ、階級は外からははっきり見えません。しかし、話し方、趣味、食生活、住む地域、読むメディア、通う学校、休暇の過ごし方といった日常の選択が、しばしば同階級の人びとを結びつけ、他の階級との見えない境界線を引きます。ここに、階級社会を理解する難しさと面白さが同居しています。
歴史的展開—身分制の解体から近代都市・帝国・福祉国家へ
世界史の長いスパンで見ると、前近代の社会は法的身分(聖職者・貴族・平民/士農工商など)を基礎に組み立てられていました。都市の発達と市場の拡大が進むと、同じ平民の内部にも、富裕な商人・金融業者・職人上層・日雇・小作などの経済的階層が広がり、身分秩序の内側に「階級的」差異が生まれました。黒死病後の人手不足や、大航海と長距離交易の利益、貨幣経済の浸透は、こうした差をさらに拡大させ、身分の固定性にほころびを生じさせます。
18〜19世紀、革命と産業化は、身分制の法的拘束を弱める一方、工場と都市を中心に新たな階級構造を生みました。生産手段を所有する少数者(地主・資本家)と、賃金で生活する多数者(労働者)という二極のあいだに、商人・専門職・公務員・自営層・熟練工・家内工などが重層的に連なり、都市の居住区は所得や職業で分化します。労働時間・安全・児童労働・女性労働をめぐる問題は政治化し、労働組合、相互扶助、社会主義政党、協同組合が、階級の利害を代表する器として登場しました。
帝国主義の時代、階級社会は植民地秩序とも結びつきます。宗主国では中間層の消費と教育が広がる一方、植民地ではプランテーションや鉱山が人種・民族の境界と低賃金労働を結びつけ、都市では居住と学校、職業の分離が制度化されました。ここでは、階級と人種・民族・宗教の線が重なり、差別が複合的に再生産されました。
20世紀前半の総力戦は、階級社会を別の方向から組み替えます。徴兵・配給・価格統制・女性の動員が国家と社会の距離を縮め、戦後には社会保険・教育の拡充・公営住宅といった福祉国家の制度が浸透しました。累進課税と再分配、労働法の強化、労使交渉の制度化は、多くの国で「大きな中間層」を形成し、階級間の距離を一時的に縮めました。しかし、この収斂も永続ではありませんでした。
20世紀末以降、グローバル化とデジタル化、金融化は、国内外の格差の地図を塗り替えます。製造業の国際分業は、先進国の中間技能職を圧迫し、地方の衰退と大都市の高所得サービス業の拡大が並行しました。資産市場の上昇は、持つ者と持たざる者の差を拡大し、住宅・教育・医療のコスト上昇は若年層の移動を難しくしました。多くの社会で、階級は再び見えやすく、かつ動きにくい構造へ傾きつつあります。
理論とメカニズム—再生産の仕組み、移動のハードル、政治との接点
階級社会を読み解く鍵は、「なぜ差が続くのか」という再生産のメカニズムにあります。第一に、資産と教育の相互強化です。資産があれば良質な住環境と学校にアクセスでき、学歴はよい職と賃金をもたらし、再び資産が増えるという循環が生まれます。ここに住宅ローンや奨学金、相続税制、保育・介護政策がどう効いてくるかで、循環の強さが変わります。
第二に、文化資本と社会関係資本です。家庭で身につく言語運用や礼儀、読書習慣、芸術・スポーツへの親しみは、学校や職場の評価と密接につながります。紹介や推薦、インターンの経験や課外活動の履歴は、採用や昇進で小さくない差を生みます。これらは成績表には現れにくい要素ですが、階級の「見えない壁」として機能します。
第三に、地域とインフラの効果です。交通アクセス、保育所や病院の数、治安、図書館や学習塾の密度、産業集積の有無は、同じ努力でも得られる成果を変えます。通勤時間は学習や休息の時間を削り、住宅価格は家計の選択肢を狭めます。地図の上の距離が、実際の移動の壁へと変換されるのです。
第四に、制度と政治です。税制・社会保障・最低賃金・雇用ルール・教育と医療への公的投資は、階級間の距離を縮めたり広げたりします。参政権と選挙制度、労働組合の組織率、公共サービスの質とアクセスの平等性は、階級の利害を政治に反映させる導管として機能します。逆に、情報の偏在や政治参加のコストが高いと、中位以下の層の声は吸い上げられにくくなります。
移動のハードルも多面的です。経済的なコストだけでなく、心理的・文化的な壁—自己検閲、場違い感、家族・地域の期待—が意思決定に影響します。移動に成功した人びとが元のコミュニティと新しい環境の双方で孤立を感じる現象は、階級社会の人間的側面を物語ります。支援政策やメンタリング、寮や奨学金などの具体策は、こうした「見えない費用」を下げることに意味があります。
現代の論点と比較視角—グローバル化、ジェンダー、人種・移民、デジタル化
今日の階級社会は、他の差別軸と交差して現れます。ジェンダーの観点では、賃金格差やケア負担の片寄り、出産・育児期のキャリア中断が女性の上昇移動を阻みます。企業内での昇進ルートや管理職の比率、保育・働き方の制度設計は、階級とジェンダーの交差点で効果を持ちます。家族政策や柔軟な働き方は、移動のドアを押し広げる装置になり得ます。
人種・エスニシティ・移民の問題では、言語・資格の承認、居住区の分離、学校の編成、治安と司法のバイアスなどが重なり、移動を難しくします。植民地支配の歴史や制度的差別の残滓は、労働市場と教育市場の評価に影を落とし、同じ学力や勤労でも得られる報酬が異なる現実を生みます。移民第二世代の教育達成や起業の活力は、適切な制度と社会的寛容があれば、階級社会を動かす重要な原動力になります。
デジタル化は、二つの相反する力を生みます。一方で、遠隔学習やオンライン採用は機会の裾野を広げ得ます。他方で、プラットフォーム経済は雇用の二極化を進め、アルゴリズムが採用や与信で既存の偏りを強化する危険もあります。データとプライバシー、プラットフォームの責任、リスキリングの公共投資といった政策選択は、階級社会をより硬直化させるのか、開かれたものにするのかの岐路です。
国際比較の視点も有効です。累進課税と社会保険が厚い北西ヨーロッパでは、所得格差は抑制されやすい一方、移民の統合や教育の選別で新たな課題が生まれます。家族と市場への依存が強い英米型では、起業と高収入のリターンが大きい反面、住宅・教育の費用が移動を妨げやすいです。東アジアでは、教育熱と長時間労働が移動の手段と負担の両面を生み、住宅価格と少子化が階級構造と絡みます。どの地域でも、階級社会のかたちは歴史・制度・文化の組み合わせで決まります。
最後に、階級社会を学ぶ姿勢として、個人努力と制度条件の両方を見ることが大切です。努力は確かに重要ですが、努力が報われやすい制度と、報われにくい制度があります。歴史の中で、税・教育・住宅・医療・労働の制度がどのように設計され、どのような効果を生んだのかに目を向けることで、階級社会という言葉は、単なるラベルから、社会を具体的に読み解く道具へと変わります。変わり続ける経済と人口、技術と地政の条件の下で、階級の線は絶えず描き直されます。その線がどこに引かれ、誰がまたぎやすく、誰がまたぎにくいのか—それを丁寧に確かめることが、階級社会を理解するいちばんの近道です。

