アシエンダ(大農園)制 – 世界史用語集

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アシエンダ制の成立背景

アシエンダ制とは、16世紀以降のラテンアメリカに広がった大規模農園経営制度を指し、植民地時代から近代にかけて社会・経済構造を規定する中核的存在となりました。スペインやポルトガルがアメリカ大陸を征服したのち、ヨーロッパの経済需要と植民地経済の再編が進む中で、鉱山経営や輸出作物栽培と並んで発展しました。

植民地征服直後には、コンキスタドール(征服者)やその子孫が土地を分与され、先住民を労働力として利用する「エンコミエンダ制」が主に行われていました。しかしエンコミエンダ制は先住民に対する酷使や人口減少を招き、17世紀以降は徐々に衰退していきました。その後、より恒久的で大規模な土地所有制度として登場したのがアシエンダ制でした。

アシエンダ制の仕組み

アシエンダとはスペイン語で「農園」「領地」を意味し、広大な土地を一人の地主(アシエンダ主、アシエンダド)が所有し、その土地に従属する農民や労働者を支配する制度です。アシエンダは単なる農業経営の単位ではなく、社会的ヒエラルキーと結びついた支配構造でもありました。

アシエンダの労働力は以下のように構成されました:

  • 先住民農民(インディオ):土地に縛り付けられ、地主に労働や地代を提供しました。
  • メスティーソ(混血層):中間層として労働力や管理に従事する場合が多くありました。
  • アフリカ系奴隷:特にカリブ海地域やブラジルではサトウキビ農園に大量導入されました。

アシエンダは食糧生産(トウモロコシ、小麦、牛・羊など)を中心に営まれ、都市や鉱山への供給源となりました。輸出作物を生産するプランテーションと異なり、アシエンダは地域経済や社会秩序の基盤を形成し、地主は単なる経済的権力者にとどまらず、地方支配者としての政治的・社会的地位をも保持しました。

プランテーションとの違い

アシエンダ制とよく比較されるのが「プランテーション」です。両者はともに大規模農業経営ですが、性格には明確な違いがあります。

  • アシエンダ制:主に内陸部に展開し、食糧生産や牧畜を基盤とする。地主と従属農民との封建的関係に基づき、地域社会の基盤を形成した。
  • プランテーション制:主に熱帯沿岸部で展開し、砂糖・コーヒー・綿花など輸出向け商品作物の大量生産を目的とした。労働力はアフリカ系奴隷や契約労働者に依存した。

つまり、アシエンダは「内需と地域支配を重視する封建的大農園」、プランテーションは「輸出向け商業農園」と整理できます。両者は併存しながらラテンアメリカ経済を支えましたが、社会的影響はアシエンダの方が長期に及びました。

社会への影響

アシエンダ制はラテンアメリカ社会に深い影響を及ぼしました。地主は経済的利益だけでなく、地方社会の権力者として農民を従属させました。農民は土地に縛られ、地主に借金や労役を負わされることが多く、事実上の農奴に近い立場でした。これを「ペオン制」と呼び、アシエンダにおける半強制的労働の特徴を示しています。

こうした制度は社会的格差を固定化し、少数の白人エリート地主と多数の先住民・混血農民との間に深い断絶を生み出しました。植民地時代を通じて、アシエンダは政治的安定の要素であると同時に、社会的不平等の根源でもあったのです。

独立以後の変容

19世紀初頭、ラテンアメリカ諸国がスペイン・ポルトガルから独立した後も、アシエンダ制は基本的に維持されました。独立によって政治権力は欧州宗主国から現地エリートへ移りましたが、農村における地主支配は続きました。むしろ独立後の混乱の中で地主の権力は強化され、中央政府よりもアシエンダ主の影響力が強い地域すら存在しました。

19世紀後半以降、鉄道の発達や国際市場の拡大により、アシエンダは商業的性格を強め、コーヒー、カカオ、牛肉など輸出向け商品作物の生産にも関与しました。しかしその根幹は依然として封建的支配にあり、農民の貧困や不満は蓄積していきました。

20世紀の土地改革とアシエンダの崩壊

20世紀に入ると、アシエンダ制に対する批判が高まり、各地で土地改革運動が展開されました。特にメキシコ革命(1910-1920)は、アシエンダ制を打倒し、小農民への土地分配を目指す画期的な運動でした。エミリアーノ・サパタの「土地と自由!」のスローガンは、アシエンダ制への農民の抵抗を象徴しています。

その後、ペルー、ボリビア、チリなどでも土地改革が進められ、20世紀半ばにはアシエンダ制は徐々に崩壊しました。しかしながら、地主と農民の経済格差や社会的不平等は容易に解消されず、アシエンダの影響は形を変えて現在まで残っています。

歴史的意義

アシエンダ制は、植民地時代から独立後までラテンアメリカの社会・経済を規定した制度でした。ヨーロッパ型封建制と新大陸の植民地経済が融合した独自の土地制度であり、その影響は数世紀にわたって続きました。

一方で、アシエンダ制は農業生産を支えると同時に、社会的不平等と格差を固定化する仕組みでもありました。そのため、ラテンアメリカにおける政治的不安定や革命運動の根本的要因ともなったのです。

したがってアシエンダ制は、ラテンアメリカの「伝統的社会構造の象徴」として歴史に刻まれ、その崩壊は近代化・民主化の大きな転換点と位置づけられています。