インド人民党(Bharatiya Janata Party, BJP)は、インドの主要全国政党の一つで、ヒンドゥー文化の価値を重視する思想潮流(しばしば「ヒンドゥトヴァ」と総称)を背景に、経済成長志向と国家主導の近代化、強い安全保障路線、行政効率の改善を掲げてきた勢力です。起源は1951年創設のインド人民同盟(ジャナ・サン)にさかのぼり、1977年のジャナタ党政権を経て、1980年に現在の党名で再出発しました。1998~2004年に初の長期与党を経験し、2014年以降はナレンドラ・モディの指導下で再び政権を担い、全国規模の選挙と州政治で大きな影響力を維持しています。支持基盤は都市中間層・起業家層・上位カーストに加え、近年は若年層や一部の後進階級、女性、有権者登録が進んだ新興都市周辺にも広がっています。以下では、思想的出自と形成、組織と選挙戦術、政権運営と政策、論争点と評価という観点で整理します。
出自と形成:ジャナ・サンからBJPへ、思想的背景と転回
インド人民党の系譜は、独立後の1951年にシャヤーマー・プラサード・ムカルジーが創設したインド人民同盟(バラティーヤ・ジャナ・サン)に始まります。ジャナ・サンは、英国統治期から社会運動として活動してきた民族義勇団(RSS)に近い思想的基盤を持ち、宗教・文化単位としてのヒンドゥー社会の結束と、中央集権的な安全保障を重視しました。独立直後の国政で主流だった国民会議派に対し、道徳秩序と規律、行政の効率化、対パキスタン強硬姿勢などを訴えましたが、長らくは野党の一角にとどまりました。
1975~77年の非常事態期に反対勢力が結集して誕生したジャナタ党内には、ジャナ・サン出身者と社会主義・農村政党の諸派が同居しました。政権運営の混乱と内部対立ののち、1980年にジャナ・サン系の政治家たちが離脱してBJPを結成し、アタル・ビハーリー・ヴァジペイー、L・K・アドヴァーニーらが指導部を固めます。結党当初は世俗的中道保守への接近を試みる局面もありましたが、1980年代末から1990年代にかけて、北インドを中心に宗教・アイデンティティ政治を背景とした動員(アヨーディヤー問題など)が広がり、野党第1党へと浮上していきます。
1998年、BJPは複数の地域政党と連立して国民民主連合(NDA)政権を樹立し、ヴァジペイー首相の下で経済自由化の継続、インフラ整備、対外関係の再編を進めました。この時期には核実験の実施、Kargil紛争への対応、道路建設「国家幹線プロジェクト」などが注目されました。2004年にいったん下野した後、2014年の総選挙でモディ率いるBJPは単独過半に近い大勝を収め、2019年選挙でも勢いを維持して政権を継続します。これにより、BJPは「連立の軸」から「単独主導の与党」へと性格を変え、党組織と政府の一体的運用が進みました。
組織・運動と選挙戦術:カダル(活動家)、選挙マシン、メディア戦略
BJPの組織は、全国・州・地区・支部の階層と、同盟組織(サング・パリワール)と呼ばれる関連団体群のネットワークで構成されます。労働・農民・学生・女性・中小企業・専門職などの大衆団体が政策課題と動員の回路を提供し、選挙時にはボランティアと職業的選挙スタッフ(データ・現場運営・物流)の混成チームが動きます。党本部と州本部は、常時の世論調査、有権者名簿の細分化、世帯レベルのアウトリーチ(戸別訪問・集会・宗教行事・地域祭礼への参加)を組み合わせ、選挙区の票読みと資源配分を継続的に更新します。
2010年代以降の特徴は、ITとデジタル・メディアの積極活用です。党や指導者の個人アカウント、地方語でのメッセージ拡散、ワッツアップ等メッセージング・アプリのグループ運用、マイクロ・ターゲティング広告、集会のライブ配信、オンライン献金の導入が常態化しました。対面の大規模集会(ラリー)や「チャイ・ペー・チャルチャー(お茶会談)」のような草の根イベントと、デジタルの拡散ルートが噛み合い、地方語圏まで浸透力を持ったことが、都市と農村の票の橋渡しに寄与しました。
支持基盤は、都市の中産・上位カースト・商工業者に強みを持ちながら、北・西インドでの後進階級(OBC)や指定カースト(SC)の一部への浸透、若年層・女性への訴求も強化されました。貧困層・農村部には、補助金・トイレ・住宅・電化・ガス配給・口座開設・デジタル給付などの具体的ベネフィットを前面に出す「ガバナンスの可視化(delivery politics)」が重視され、政策の成果を受益者名簿と結びつける「ターゲット型の福祉政治」が展開されました。
他方、BJPは州ごとの地域政党との協力・競合にも敏感です。連立(NDA)の枠を保ちながら、州選挙では候補者選定・派閥調整・地域課題の拾い上げをきめ細かく行い、異なる共同体(カースト・宗派・言語集団)間の連立を組み替えます。党内の規律・メッセージ統一は強い一方、地域指導者の登用や顔の刷新、政界再編(他党からの合流)も柔軟に用いられました。
政権運営と政策:経済・福祉・統治、社会・安全保障、対外関係
経済運営では、インフラ投資と製造業振興、デジタル化、統一市場づくりが柱となりました。道路・鉄道・空港・電力網の整備、港湾や物流回廊の拡充、投資手続きの簡素化、企業破綻処理制度の整備、間接税の全国統一(GST)の導入などが、成長と「ビジネス環境の改善」を狙う政策群です。地方・零細部門への信用供与、スタートアップ支援、衛生・飲料水・住宅といった基礎インフラの拡充も強調されました。2016年の高額紙幣廃止(デーモネタイゼーション)は、汚職・地下経済の抑制とキャッシュレス化を狙った強い一手で、短期的混乱と長期効果をめぐって評価が割れています。
福祉・包摂政策の面では、トイレ建設(公衆衛生)、LPG(調理用ガス)補助、電化、銀行口座の普及と直接給付(DBT)、健康保険の拡大、住宅支援、栄養改善プログラムなど、受益者を名寄せして配布ロスを減らす取り組みが進みました。アドハー(個人識別番号)とモバイル・銀行口座の結合は、給付の可視性を高め、女性や周縁層への訴求に活用されました。都市・中間層向けには所得税・住宅ローン、地方向けには農業所得支援、灌漑・市場アクセス改善などが組み合わされ、選挙戦術とも連動しています。
社会政策と制度改革では、刑法・商法・労働法の編成整理、倒産法の運用、汚職対策の強化、行政のデジタル化、公共サービスのオンライン化が進められました。一方、宗教・民族・地域のアイデンティティと直結する政策—たとえば旧ジャンムー・カシミール州の特別地位(インド憲法370条)に関する扱い、国籍法改正(CAA)、宗教遺産をめぐる紛争、改名・祝祭・教育カリキュラムなど—をめぐっては、支持と批判が鋭く対立しました。支持者は国家統合・法の支配・歴史的是正を強調し、批判者は世俗主義・少数者権利・表現の自由の観点から懸念を示しています。
安全保障と外交では、国境問題やテロ対策に強硬な姿勢を示し、越境テロへの報復的行動、国境インフラ整備、国産防衛産業の育成を推進しました。対外関係では、多角外交と戦略的自律を掲げ、米欧・日本・ロシア・中東・グローバル・サウスとの関係を同時並行で管理し、経済連結・半導体・デジタル公共財・気候・エネルギー移行などで協力枠組みを拡げています。ディアスポラの政治的・経済的ネットワークを外交資源として活用する手法も目立ち、海外での大規模集会や投資イベントが国内政治とつながる場面が多く見られます。
論争点・評価・課題:包摂の幅、制度の均衡、州政治との関係
BJPの評価は、大きく三つの軸で分かれます。第一はガバナンス能力の評価です。支持者は、インフラ整備、行政のデジタル化、給付の可視化、外交の能動化、治安の即応性を成果として挙げます。批判者は、デーモネタイゼーションや税制実施の混乱、雇用吸収の遅れ、中小企業の負担、官僚制の集権化を指摘します。第二は世俗主義と少数者権の評価です。支持者は「同一の市民法」「違法移民の整理」「テロ対策」「歴史的是正」を称揚し、批判者は「宗教多数派の優位」「表現・結社の萎縮」「監視とデータの濫用可能性」を懸念します。第三は連邦主義と州政治です。中央の主導による全国政策の統一と迅速性は長所ですが、州の自律・異文化・言語多様性への配慮、財政移転のバランス、州与野党間の協力の在り方が継続的な課題になります。
政党組織としてのBJPは、強い中央指導部と規律、IT・現場動員・資金調達の統合、同盟団体の幅広さを兼ね備え、選挙マシンとしての完成度が高い点が特徴です。その一方で、候補者公募と忠誠・実務能力の両立、党内での討議の多元性、政策決定過程の透明性、表現空間と反対運動に対する公権力の境界設定などは、インド民主主義の成熟と直結する論点です。メディア環境とSNSの分極化は、与野党双方にとってリスクと機会を併せ持ち、情報の信頼性と市民的合意形成の技法が問われています。
総じて、インド人民党は、独立後インドの政党史において「宗教・文化的保守を背景にしつつ、成長志向と行政改革を強調する全国政党」として独自の地位を占めます。ジャナ・サンから受け継いだ価値観と、デジタル時代の動員技法、福祉のターゲティング、インフラ重視の開発主義、強い国家像が組み合わさり、21世紀のインド政治を大きく形作っています。その実像を理解するには、理念・組織・選挙・政策の四層を同時に観察し、支持と批判の双方が示す論点を丁寧に読み解くことが有効です。BJPは、インドの多様性と連邦制の枠内で、国家統合と近代化をどう両立させるのかという問いに対する、ひとつの大規模な試みなのです。

