演繹法(えんえきほう、deduction)は、一般的な原理・法則・前提から、必然的に成り立つ結論を導く推論の方法です。前提が真で、推論の形式が正しければ、結論は必ず真になるという「真理保存的」な性質を持つのが特徴です。たとえば「すべての人間は死すべき存在である/ソクラテスは人間である」から「ソクラテスは死すべき存在である」を導くような三段論法が典型例です。日常会話から数学・法学・計算機科学まで幅広く用いられ、言葉の意味を厳密に扱うことで、思考を誤りから守る「安全装置」として機能します。まず基本の考え方を押さえ、そのうえで推論形式、証明法、応用と落とし穴を順に見ていきます。
定義・性質・他の推論との違い
演繹法は「一般→個別(特殊)」の方向に推論が進むことが多いですが、本質は方向ではなく、形式の妥当性にあります。演繹推論の核心は、前提が真で、推論規則が正しければ、結論の偽は不可能だという点にあります。これを論理学では「妥当性(validity)」と呼び、命題論理・述語論理では多くの妥当推論が定式化されています。
近縁の推論として、帰納法(具体例の蓄積から一般法則を推測)と仮説推論=アブダクション(最良説明への推測)があります。帰納は将来の観察により覆り得る確率的な推論で、「白いカモメをたくさん見た→カモメは白いだろう」といった一般化を与えます。一方、演繹は「もし前提が真ならば結論は必ず真」という関係を保証します。アブダクションは「この現象が起きる最ももっともらしい原因は何か」を探る推測で、科学の仮説形成で重要です。三者は対立するよりも相補的で、科学や実務では、アブダクションで仮説を立て、帰納で支えを増やし、演繹で内部整合性を確認するという循環が繰り返されます。
演繹の「妥当性」と、前提が事実として正しいかどうかを示す「健全性(soundness)」は区別します。妥当だが健全でない推論(形式は正しいが前提が偽)もあり得ます。逆に、たまたま真の結論に達しても、形式が誤っていれば演繹的には妥当でないとされます。したがって、良い演繹は「妥当性(形式の正しさ)×前提の真偽チェック(実質的正しさ)」の両輪で評価します。
基本の推論形式――三段論法から現代論理へ
古典例はアリストテレス以来の三段論法(syllogism)です。これは「すべてのSはP」「aはS」で「aはP」を導く第一格Barbara型など、多数の型に分類されます。三段論法は量化(すべて/ある)を含むため、現代の述語論理で自然に表現できます。
現代論理で頻出の推論規則には次のようなものがあります。①モーダス・ポネンス(肯定式):
前提1「もしAならばB」(A→B)、前提2「A」、結論「ゆえにB」。たとえば「雨なら道が濡れる/雨だ→道が濡れる」です。②モーダス・トレンス(否定式):前提1「A→B」、前提2「¬B(Bでない)」、結論「ゆえに¬A」。③仮言三段論法(連鎖律):A→B、B→CからA→C。④選言三段論法:A∨B、A→C、B→CからC。⑤縮約・分配・二重否定などの等価変形も重要です。
命題論理では命題を原子的単位として扱い、真理値(真・偽)に基づき妥当性を評価します。述語論理(第一階述語論理)では、対象(個体)と性質・関係を表す述語、そして量化子(∀「すべて」、∃「ある」)を用いて、より豊かな表現と推論が可能です。たとえば「すべての素数pに対して、pが2でないならpは奇数である」は、∀p(Prime(p)∧p≠2→Odd(p))の形で表せます。述語論理は数学・計算機科学の基礎として標準的に使われます。
形式体系における演繹は、推論規則の列(証明)として与えられます。よく使われる証明スタイルとして、(a)自然演繹(導入規則と除去規則を使い、仮定の導入・解除で結論に至る)。(b)公理体系(ヒルベルト型。少数の公理スキーマとモーダス・ポネンスで証明を積む)。(c)セマンティクスに寄り添うシークエント計算(ゲンツェン型。左辺=前提、右辺=結論の“並び”に規則を適用)があります。自然演繹は人間の直観に近く、シークエントは証明検索や自動化に向き、公理体系は簡潔で理論的検討に適します。
証明技法としては、直接証明(前提から規則を前向きに適用)、背理法(結論の否定を仮定して矛盾を導く)、対偶証明(A→Bを¬B→¬Aで示す)、場合分け(選言除去)、数学的帰納法(自然数の構造に対する演繹的証明)などが標準です。数学的帰納法は名前に「帰納」とありますが、厳密には自然数の公理に基づく演繹的手続きです。
応用――数学・法学・計算機・日常推論での働き
数学では、定義・公理・既知定理から新定理を導く全過程が演繹法に当たります。たとえばユークリッド幾何は公理系から平行線の性質などを演繹的に導きます。解析学の極限・連続の定義も、形式化された前提(ε–δ定義)に則って演繹的に議論されます。演繹の強みは、推論の一歩一歩を検証可能にし、誤りがあればどこで生じたかを特定できる透明性にあります。
法学では、制定法や判例のルール(大前提)と、事実認定(小前提)から、結論(当てはめ)を導くIRAC型の構造が演繹的思考に対応します。論点はしばしば「大前提の適切な定式化」「小前提となる事実の確定」「曖昧語の解釈」にあります。演繹は判決の予測可能性と公平性を高めますが、前提に含まれる価値判断や概念の曖昧さが結論を左右しうる点には注意が必要です。
計算機科学では、形式検証(model checking, theorem proving)、型理論、プログラム意味論が演繹に依拠します。仕様(前提)からプログラムの性質(結論)を証明するホーア論理、関数型言語の型推論、SAT/SMTを用いた自動証明は、推論規則を機械が適用する典型例です。カリー=ハワード同型により「証明≒プログラム」「命題≒型」という対応が知られ、証明の構成がそのまま計算手続きに写像されます。
日常推論でも、演繹は有効です。たとえば安全規則「アルコールを摂取した運転は違法である」(A→違法)と「私は今アルコールを摂取した」(A)から「いま運転すべきでない」(違法→すべきでない)と結論づける際、形式はモーダス・ポネンスです。家計管理でも「可処分所得がX以下なら大型出費は不可/現在の所得はX以下→大型出費は不可」という演繹を使えます。重要なのは、前提の明確化と語の定義です。曖昧な用語のまま演繹すると、形式は正しくても結論が現実と噛み合わないことがあります。
落とし穴と実践のコツ――誤謬、語の揺れ、前提の検証
演繹自体は真理保存的ですが、人間が運用する際には典型的な誤謬が入り込みます。代表的なものを挙げます。①前件否定の誤謬:「A→B」「¬A」だからといって「¬B」としてしまう誤り。正しいのはモーダス・トレンスであり、「A→B」「¬B」なら「¬A」です。②後件肯定の誤謬:「A→B」「B」だから「A」としてしまう誤り。BはA以外でも成り立つ可能性があります。③両義語の誤用(語義のすり替え):前提で使った語と結論での語の意味が不一致。定義の固定が重要です。④合成の誤謬・分割の誤謬:部分の性質を全体に、全体の性質を部分に不当に移すこと。⑤循環論法:結論を前提に含めてしまうこと。
前提の検証が弱いと、妥当だが健全でない推論になります。「すべての白い鳥はハトである」「この鳥は白い→この鳥はハトだ」は形式的には妥当でも前提が偽です。実務では、演繹の前に前提の事実性・妥当性を帰納やデータで支えることが欠かせません。
自然言語の曖昧さにも注意が必要です。日常言語の「もし〜なら」は、論理学の材料条件(AならB、Aが偽でも文は真)と直感が一致しないことが多いです。実務での「もし〜なら」は「通常〜なら」「〜である限り」「〜でなければならない」といった強度・法的義務・因果を含むことがあります。形式化の段階で、条件の範囲や例外、暗黙の前提(ceteris paribus)を明示することが、健全な演繹に直結します。
実践のコツとして、(1)前提を箇条書きにして定義語に下線を引く。(2)推論規則を明示(MP/MT/対偶/分配など)。(3)途中で得た中間結論を番号付けし、どの規則から得たかを記録。(4)反例を想像して形式の誤りをチェック。(5)結論の否定を仮定する背理法で補強。(6)専門用語は独自定義(stipulative)か既存定義かを明記、の6点が役立ちます。こうした「見える化」によって、議論が感情や印象に流れず、再現性のある思考が可能になります。
最後に、演繹法は「硬い思考」だけの道具ではありません。創造的な場面でも、生成したアイデアの整合性を検査し、矛盾を排除し、条件を洗い出す段階で大いに力を発揮します。新しい理論や企画は、アブダクションと発想で生まれますが、それを社会や学問に載せるには、演繹による整合化・透明化のプロセスが不可欠です。演繹法を身につけることは、単に「正しさ」を守るだけでなく、他者と共有可能な形で考えを組み立て、検証と批判に耐える知を作ることに他なりません。

