カースト制度とは、主として南アジアに見られる出生起点の社会編成を指す総称で、理念的区分の「ヴァルナ(四姓)」と、現実に生活を組織してきた細分的集団「ジャーティ(出自・職能・婚姻圏)」の二層で理解するのが基本です。制度といっても単一の成文法や統一的設計図があるわけではなく、地域・宗教・時代により姿を変える慣習と権力の組合せの集合体です。婚姻の内婚規則、食や水の授受に関する規範、職業の継承と相互扶助、村落の評議会による紛争解決といった仕組みが連動し、序列(純/不浄の観念)と分業(サービス交換)が重ね合わされてきました。近代以降は植民地統治による分類と固定化、独立後の平等原則と優遇措置(留保制度)を経て、都市化・教育・市場の拡大が実践を大きく変容させています。本稿では、用語の整理、歴史的形成、社会の運び方、近現代の転回、法制度と政治、地域差と宗教差、国際比較と用語上の注意を、できるだけ具体的に解説します。
用語と枠組み:ヴァルナとジャーティ、制度という語の幅
カースト制度を理解する第一歩は、〈観念の枠〉と〈社会の実体〉を区別することです。ヴァルナは古典文献に現れる四区分(ブラーフマナ/クシャトリヤ/ヴァイシャ/シュードラ)で、宗教儀礼と王権理念を支える大枠の秩序です。他方、ジャーティは村や都市で具体的に機能してきた婚姻圏・相互扶助・職能集団で、数千単位に細分され、地域ごとに構成と上下関係が異なります。日常生活を左右してきたのは後者で、誰と結婚できるか、誰の料理を食べられるか、どの仕事を継ぐのか、どの区域に住み寺社や井戸をどう使うのか—こうした規範の総体が〈制度〉として働きました。
「制度」という言葉は誤解も生みます。成文法や役所が定めた一枚岩のシステムではなく、慣習・宗教権威・土地所有・王権・市場の接点で形を変える〈可変的秩序〉です。ゆえに、時代や地域が違えば制度の強度・境界・運用も違います。さらに、南アジアのムスリム・シク・キリスト教徒社会にも、出自・職能・内婚圏にもとづく類似の編成が観察され、宗教とカーストの関係は単純な対立では語れません。
歴史的形成:古代の規範から中世の多元社会、植民地の分類へ
古代インドでは、祭式中心の社会の中でヴァルナ観念が育ち、後代の法典類が婚姻・食・相続・刑罰などを説きました。しかし、現実の社会はいつも流動的で、王朝交替や在地権力の伸長、仏教・ジャイナ教・ヒンドゥー信仰の多様化のなかで、ジャーティの境界は絶えず交渉されました。中世に入ると、奉仕と恵みを強調するバクティ運動が、出自を超えた信心の価値を歌い、差別批判の契機を提供します。ムスリム王朝・ムガル帝国期には、土地税制と都市経済の下で、ヒンドゥー・ムスリム双方の共同体に〈ジャーティ的〉な職能・内婚圏が並存しました。
近代の転回点は植民地統治です。ポルトガル語 casta から入った「カースト」という総称は、イギリス植民地政府のセンサスと行政文書の中で人口区分の主軸となり、多様で重なり合う共同体が単一ラベルに整理・固定化されました。役所の名簿は、実態の複雑さを削ぎ、境界を硬く見せ、集団間競争や政治動員を強める効果をもたらしました。とはいえ、近代学校・市場・交通は同時に境界を横断する新しい回路も生み、都市の職域や教育機会の拡大は〈出自=職業〉の結びつきを緩めました。
社会の運び方:婚姻・食・職業・空間—四つの実践
婚姻は内婚(同ジャーティ内)を原則とし、氏族系譜(ゴートラ)回避などの細則が重ねられてきました。地域により、高位と下位の間に限られた異階層婚が慣行化した例もありますが、近代以降は都市化・教育・雇用の拡大で異ジャーティ婚の増加が観察され、受容度は地域・宗教・階層により大きく異なります。
食と接触の規範では、誰の調理した食物を誰が食べられるか(共食圏)、水の授受、家屋への立ち入り、祭礼時の役割分担などが定められ、儀礼的純不浄の観念が日常の距離を規定しました。現代の学校給食・外食・移動労働はこの領域の境界を曖昧化しつつありますが、聖職や葬祭、台所の運営などで慣習が残る地域もあります。
職業は伝統的に特定ジャーティと結びつき、鍛冶・織布・陶工・理髪・行商・清掃・皮革・神職・芸能などの生業が〈相互サービス交換〉(ジャジマーニ)で結び合わされました。近代の工業化・教育・移民は職業選択の自由度を高めましたが、就業構造には歴史的偏りがなお残存し、差別や排除が賃金・雇用安定に影響する課題も存在します。
空間の側面では、村落の居住区分、寺社・井戸・市場の利用秩序が制度の一部として機能してきました。都市では混住が進む一方、住宅市場や非公式居住地における〈見えない選別〉が別様の壁を生むことがあります。海外ディアスポラでは、寺院・会館・結婚仲介のネットワークに、出自圏の互助が重なり、旧来の枠組みが変容しながら持ち越されています。
近現代の転回:憲法原則、差別違法化、留保制度と政治
インド独立後の憲法は、不可触の廃止、法の下の平等、機会均等を明記し、差別は違法とされました。歴史的不利の是正のために、指定カースト(SC)・指定部族(ST)・その他後進階層(OBC)に対する留保制度(教育・公務員・議席の一定割合)が導入され、範囲・比率・認定をめぐる政治的交渉が続いています。留保は社会統合の装置であると同時に、メリトクラシーとの緊張や、都市・私企業セクターの取り込みといった課題を伴います。
政治では、州レベルの政党がジャーティ連合にもとづく動員を展開し、選挙は出自・宗教・地域・階級の連立が鍵を握ります。社会運動では、ダリットの権利運動、女性運動、宗教改宗運動(アンベードカルの仏教改宗など)、労働運動、文学・映画・音楽による表現が、差別の可視化と規範変革の推進力になりました。教育拡大とIT・サービス経済の成長は、上昇移動の回路を多様化させていますが、農村や零細都市での暴力事件、恋愛婚・異階層婚に対する圧力、オンライン空間でのヘイトなど新旧の問題は併存します。
地域差・宗教差と比較:複数のカースト世界
北インド平原、デカン高原、タミル地方、マラバール海岸、ベンガル低地、ヒマラヤ山麓など、自然環境・統治伝統・宗教史の違いは、異なる〈カースト世界〉を生みました。例えば南インドでは、寺院経済と儀礼秩序が強く、土地制度と結びついたジャーティ関係が長く維持されました。東部では湿地農業と河川交易が職能の組み合わせを変え、西部では海商と移民が新たな階層を形成しました。ムスリム社会にも、アシュラーフ/アジュラーフなどの出自意識や職能集団が存在し、シクやキリスト教徒社会でも在地の出自・職能構造が持ち越される例があります。ただし、教義上の平等観や宗教法の位置づけは異なり、同一視はできません。
国際比較では、日本やヨーロッパ中世の身分制、アフリカや中東の在地出自集団との類似がしばしば論じられますが、婚姻・共食・職能・空間という四領域がこれほど精緻に連動する事例は稀で、南アジアの特異性は保たれます。「カースト的」という安易な一般化は、具体性を失わせるため注意が必要です。
資料・統計・語法:誤解を避けるための手がかり
カーストに関する統計は、センサス上の分類、州ごとのOBC名簿、調査票の設計、自己申告の政治性に左右されます。研究や報道では、用語の定義(ヴァルナ/ジャーティ/SC・ST・OBC)、時期・地域の明記、一次資料(判例・行政通達・政策文書)と現地調査の突き合わせが欠かせません。差別を扱うときは、当事者の自己呼称(ダリット等)を尊重し、外在的ラベルの乱用を避ける配慮が必要です。
また、「制度」を固定的に描く図式は理解の入口として便利ですが、都市周縁の住宅市場、IT企業の採用、私立教育、移民送出地の婚姻ネットワーク、SNS上の言説など〈新しい接点〉を取り込むことで、現在進行形の変化が見えてきます。歴史の層と現場の実践を往復することが、把握の精度を高めます。
総括:序列と分業の装置から、交渉と権利の舞台へ
カースト制度は、長い時間をかけて形成された序列と分業の装置でしたが、近現代の教育・市場・政治・法は、その中身を交渉と権利の舞台へと変えつつあります。理念としてのヴァルナ、実体としてのジャーティ、生活を律する慣習、都市とディアスポラの新回路、植民地期の固定化効果、独立後の平等原則と留保制度—それらが重なり合い、地域ごとに異なる速度で変化が進んでいます。単線的な「伝統→近代」図式では捉えきれない複雑さを前提に、用語を正しく使い、具体的な実践と法制度の接点に目を凝らすことが、この用語を理解する最短の道筋です。

