五代（ごだい、907〜960年）は、唐の滅亡から宋の成立までの半世紀余り、華北で短命の王朝が相次いで交代した時代を指します。具体的には、後梁・後唐・後晋・後漢・後周の五王朝をまとめて「五代」と呼び、同時期に華南・西南の各地で並立した諸政権は「十国」と総称されます。武人勢力（節度使）の台頭、契丹（遼）との攻防、財政と軍制の再編、そして南方経済の勃興という、後世の中国史を左右する重要な流れがこの時期に凝縮していました。分裂と戦乱の印象が強い一方で、行政・軍事・財政の実務は着実に洗練され、宋代の「文治国家」への制度的な橋渡しが進みました。本稿では、時代の背景と成立、五つの王朝の特徴と対外関係、南方諸国と社会経済の変化、文化と制度の継承という四つの視点から、五代を立体的に解説します。
分裂の背景と時代の成立――節度使の自立と北方勢力の圧力
唐末の9世紀末、黄巣の乱などの大規模な反乱、宦官と藩鎮（節度使）の対立、財政の疲弊が重なって中央集権は崩壊しました。各地の節度使は軍事・財政・人事を自前で運用し、中央の任免を形式的に仰ぎつつも実質的に独立政権の様相を呈します。税制面では両税法の実行力が落ち、地方の塩鉄・関市の収入が軍費の糊塗に回され、国庫はやせ細りました。こうした中、907年に朱全忠（朱温）が唐の哀帝から禅譲を受けて後梁を建て、名実ともに唐は終わります。
華北の政治は、黄河流域の交通と糧道、洛陽・大梁（開封）・太原・鄴（邯鄲付近）といった要地の掌握を軸に動きました。兵力の基盤は、甲冑歩兵・騎兵と、節度使直轄の牙軍・親軍で、募兵と俘虜の編入が繰り返されます。人材は軍功で昇進する武官が中心ですが、文官も財政・文書・法令の実務で不可欠となり、のちの宋代に通じる官僚システムの再建が進みます。北方では、遼（契丹）が草原の機動力と城郭攻略の技術を備え、幽薊（燕雲十六州）をめぐる攻防は華北政権の命運を左右しました。
後梁・後唐・後晋・後漢・後周――五王朝の交代と対外関係の焦点
後梁（907〜923）は開封を都とし、朱全忠の集権策で宦官勢力の一掃・財政再建を図りましたが、苛烈な徴発と軍事負担への反発が強く、華北の有力軍閥や関中勢力の離反を招きました。建国の正統性も脆弱で、西からは李存勗（山西の沙陀系武人）の勢力が台頭します。
後唐（923〜936）は李存勗（荘宗）と李嗣源（明宗）を中心とする沙陀軍閥の王朝で、洛陽を都に掲げ、後梁を滅ぼして一時的に版図を広げました。しかし、軍功派と宦官・内廷勢力、関東・関西の軍団間の利害対立が深刻で、政変と叛乱が続発します。遼との国境防衛も負担となり、政権は短期で消耗しました。
後晋（936〜947）は石敬瑭（高祖）が建てた王朝で、建国の代償として遼に燕雲十六州（幽州・薊州一帯の戦略要地）を割譲しました。これにより華北政権は河北・山西の防衛線を大きく後退させ、遼の南下圧力に対して地理的に不利な状況に陥ります。割譲は国内世論の強い反発を招き、後晋自体の正統性を傷つける結果になりました。やがて後晋は遼の介入を受けて崩壊し、遼は一時「燕」を称して華北へ進出しますが、定着には失敗し退きます。
後漢（947〜951）は劉知遠（高祖）が太原で挙兵して開封に入って成立した沙陀系王朝です。短命で、地方軍閥の自立と宮廷内の混乱を抑えきれず、権臣の郭威（のちの後周太祖）がクーデタで政権を奪取しました。
後周（951〜960）は五代中で最も改革志向が強く、太祖郭威に続く世宗柴栄（在位954〜959）が財政・軍制の立て直しに手腕を発揮しました。世宗は殿前司・侍衛馬歩軍司など中央禁軍の再編強化、兵糧・軍器の官営化、貨幣の新鋳（周元通宝）、塩鉄・酒税など収入基盤の整備、戸籍・田税の再点検を進め、さらに南唐に対する淮南方面の攻勢で長江以北の広い地域を確保しました。遼・北漢に対しても圧力を強め、華北再統合の現実味を高めましたが、世宗の夭折で大計半ばにして停滞します。960年、禁軍の将であった趙匡胤が陳橋で推戴（いわゆる「陳橋の変」）され、宋を建国して五代は終わりました。
五代政権と遼（契丹）の関係は、軍事だけでなく外交・交易の面でも密接でした。遼は馬匹・皮革・金属製品を供給し、華北の政権は絹・穀物・銅銭を提供する互市を維持しつつ、国境の城寨と交通路で衝突を繰り返します。燕雲十六州の喪失は、後周・宋初が長く背負う戦略的負債となり、山海関以西の山脈・河川を軸にした防衛ドクトリンの再設計を余儀なくしました。
十国と社会経済――南方の繁栄、都市と手工業、仏教と在地社会
「五代十国」と呼ぶように、この時期の全体像は、華北の五王朝だけでは捉えきれません。江南・嶺南・西南では、呉・南唐・呉越・閩・南漢・楚・前蜀・後蜀・荊南（南平）・北漢（華北側だが十国に数えられることもある）などの諸政権が割拠しました。中でも呉越（銭鏐の一族）は杭州・蘇州を中心とする運河・海運ネットワークを整備し、堤防・寺院・市舶の整備で地域経済を活性化しました。南唐（李昪・李璟・李煜の三代）は江南の文化的繁栄を牽引し、金陵（建康・南京）を中心に詩・書・絵画・器物が栄えます。前蜀・後蜀は成都平原の豊かな穀倉と手工業を基盤とし、絹織物・漆器・紙墨・印刷の技術が洗練されました。
南方経済の躍進には、（1）長江・銭塘江・珠江・閩江流域の水利と輸送整備、（2）海上貿易（広州・泉州・明州〈寧波〉など）の復活、（3）稲作技術の向上と二期作の普及の端緒、（4）手工業（絹織・陶磁・造紙・印刷）の集積、が関わりました。政治的には分裂していても、交易と職人ネットワークはしなやかに連結し、貨幣経済の広がりと都市の機能分化（市・坊の枠を超えた夜市・商館の発達）が進みます。これらは宋代の「江南優位」の前提を形づくりました。
宗教・文化では、禅宗や浄土教の信仰が在地豪族・商人に支持され、寺院は金融・倉庫・教育の拠点ともなりました。仏教彫刻や石経、石塔・木塔の建造が各地で行われ、写経・版刻の技術が広まりました。呉越は仏教保護で知られ、海神・土地神など民間信仰との折衷も見られます。道教も各地で庇護を受け、道観の造営や医薬・暦法の知識が受容されました。国家規模のイデオロギー統合が弱まる一方、地方社会は多神教的で現実的な宗教文化を育み、宋代の多元的宗教景観へとつながっていきます。
戦乱に伴う人口移動は、北から南への移住をうながし、開墾と都市の拡大を伴いました。戸籍の掌握が弱い地域では、豪族・軍事勢力が租税の中継・徴発を担い、中央の財政に代わる準公共の仕組みが張りめぐらされました。貨幣は銅銭の流通が基本ですが、地域発行の私鋳銭や異銭の混入が見られ、等価交換のための相場慣行や重量選別が発達します。これらの「乱世の実務」は、宋代の国家が法と規格で再統合する対象となりました。
文化・制度の継承と宋への橋渡し――文治国家への助走
五代は短命王朝の連鎖でしたが、文化の生産は活発でした。画壇では、荊浩・関仝の北宗山水、董源・巨然の江南山水が現れ、山水画の理論と技法が大きく前進します。人物画では『韓熙載夜宴図』（南唐・顧閎中伝）が、宮廷文化と都市の享楽を写実的に描き、時代の気分を伝えます。詩は豪放から婉約まで幅広く、特に詞（詩歌の新形式）が江南で洗練され、李煜は亡国の君であると同時に一流の詞人として宋代の文芸に強い影響を与えました。書は薛稷以来の伝統に加え、米芾や蘇軾の前夜として筆意の自由を模索する動きが出ます。版刻印刷は前蜀・後蜀・呉越などで活発化し、典籍の普及と学問の裾野を広げました。
制度の面では、後周の改革が宋に直接引き継がれました。中央禁軍の再編と文武分業の明確化、財政の直轄化、科挙の整備と挙人層の拡大、州県の官僚統治の徹底などは、宋太祖・太宗の「強幹弱枝」（中央強化・地方抑制）政策と一致します。宋の陳橋兵変は武人の推戴ですが、その直後から武将の権限を制度的に制約し、文臣による行政運営を軸に据えたのは、五代の反省の上に立っていたからです。燕雲十六州の問題は未解決のまま持ち越されましたが、国境外交と商互市の技法、城寨線の運用、馬政の管理など、宋初が直面する課題の多くは五代で試行されていました。
法と行政の文書文化も進展しました。後周では詔令・式例の整備が行われ、地方行政のマニュアル化が進みます。訴訟と刑名の運用は、軍政下の即断的側面を残しつつ、官僚手続としての一貫性が模索され、宋代の成文法・判例集積へとつながりました。度量衡や貨幣の標準化は、分裂下の地域差を埋めるべき政策課題として可視化され、宋の均輸・市易・交子（後代の紙幣）の実験へと地ならしをします。
総じて五代は、戦争の技術と統治の技術が同時に鍛えられた時代でした。節度使の自立と武人政権の短命性は、中央権力が軍事力を抱え込みつつ、その軍を制度で制御する必要を明確に示しました。南方では、分裂にもかかわらず経済と文化が伸長し、宋代の都市・商業社会の前提が整います。分裂は混乱だけを意味せず、次の統合がより洗練されるための実験の場でもあったのです。五代を理解することは、宋の成立を「必然の帰結」としてではなく、多くの試みと失敗の果てに到達した歴史として捉える手掛かりになります。
