「重要産業の国有化」とは、国家が経済や国民生活にとって欠かせないとみなした産業を、民間の所有から切り離して国の所有・管理の下に置く政策のことです。鉄道・電力・石炭・鉄鋼・石油・通信・銀行など、社会の基盤となるインフラや基幹部門が対象となることが多く、単に「国の会社を作る」だけでなく、「もともと民間資本が持っていた企業を買い上げる・接収する」という形をとる場合もあります。世界史では、特に20世紀に、戦争や恐慌をきっかけとして多くの国で重要産業の国有化が進みました。
重要産業の国有化は、一方で「社会的に不可欠な分野を私企業の利益追求だけに任せない」「国民全体の利益のために公的に運営する」という理念から支持されました。他方で、「国営企業は効率が悪くなりやすい」「政治的な思惑や官僚主義が入り込みやすい」といった批判もつきまといます。そのため、国有化は単純に「善か悪か」という問題ではなく、「どの時代・どの国で、どの産業を、どのような目的で」国有化したのかを踏まえて理解する必要があります。世界史の文脈では、戦時体制、戦後の復興と福祉国家、社会主義体制、そして植民地から独立した新興国の経済政策などと結びつけて語られることが多いです。
重要産業の国有化とは何か:概念と基本的な考え方
重要産業の国有化という用語は、「国有化」という技術的な言葉と、「重要産業」という価値判断を含む言葉が組み合わさったものです。まず、「国有化(ナショナライゼーション)」とは、もともと私有だった資産・企業・土地などを、国家の所有に移すことを意味します。これには、法律にもとづく買収(補償つき国有化)もあれば、革命やクーデターの中で一方的に接収する場合も含まれます。
一方、「重要産業」とされる分野は、時代や国によって異なりますが、おおまかに次の三つのタイプに分けることができます。第一に、鉄道・道路・港湾・郵便・通信・電力・ガス・水道など、「社会基盤(インフラ)」にあたる分野です。これらは全国的なネットワークとして整備される必要があるため、国家が直接所有・運営する方が一体的な管理がしやすいと考えられました。第二に、石炭・鉄鋼・石油などの基礎資源・重工業分野です。これらは軍需や重工業の土台であり、「国家の安全保障」に直結するとみなされました。第三に、中央銀行や大手商業銀行など、金融システムの中枢です。通貨・信用の安定を図るため、国家が強く関与すべきとする発想です。
重要産業の国有化には、いくつかの代表的な論拠があります。一つは「自然独占の統制」です。鉄道や電力網のように、同じ地域に複数の企業が並行して線路や送電網を敷くのは非効率な産業では、どうしても少数の企業が支配的地位を占めやすくなります。こうした自然独占分野を民間独占に任せるのではなく、国が所有・運営することで、料金や投資計画を公共の観点から決めようという考えです。
もう一つは「国家安全保障」と「経済主権」の観点です。エネルギーや鉄鋼などの基幹産業が外国資本や一部の財閥に握られていると、戦争や国際的緊張の際に、国家の意思どおりに物資を動かせない危険があります。国有化は、「重要な産業は外国企業や少数の資本家のものではなく、国家・国民全体のものだ」と位置づけ直す試みでもありました。
さらに、「社会正義」や「所得再分配」の観点から、利益率の高い独占企業を国有化し、その収益を福祉や教育に回すべきだと主張する立場もあります。このように、重要産業の国有化は、「効率」「安全保障」「公平」という複数の目標を同時に追求しようとする政策であり、そこに常に緊張とジレンマが存在します。
20世紀前半の国有化:戦争・恐慌と国家介入の拡大
重要産業の国有化が世界史に大きく登場するのは、20世紀前半、とくに第一次世界大戦・世界恐慌という大事件を通じてです。19世紀の自由主義経済のもとでは、「国家はできるだけ経済に介入せず、市場の自由競争に任せるべきだ」という自由放任主義の考え方が有力でした。しかし、総力戦としての第一次世界大戦では、政府が兵器・鉄鋼・石炭・鉄道を統制し、国家全体の生産力を戦争目的に動員する必要がありました。
この結果、戦時体制下では多くの国で重要産業に対する国家の統制が強まり、一部では事実上の国有化に近い状態が生まれました。戦後に形式的には民間所有に戻された産業もありましたが、「国家が重要産業を直接コントロールしうる」という経験は、後の国有化政策の前提となります。とくに鉄道や郵便、電信などは、多くの国で20世紀初頭までにすでに国営化されており、戦争を通じてその役割が再認識されました。
1930年代の世界恐慌は、自由放任主義への信頼をさらに揺さぶりました。株価暴落と銀行倒産、大量失業が拡大すると、政府は金融システムの安定化や雇用対策のために、より積極的な経済介入を求められました。イギリスでは、鉄道会社の経営難を背景に、戦前から進んでいた鉄道の国有化・半国有化が加速し、銀行・造船などに対する国家支援も強まりました。
また、1930年代には、ソ連のように、そもそも経済のほぼ全体を国有化し、計画経済を敷く社会主義体制も姿をあらわします。ソ連では、レーニンやスターリンのもとで工業・商業・銀行が急速に国有化され、重要産業の国有化は「社会主義の前提」と位置づけられました。このモデルは、資本主義諸国が採用した部分的な国有化とは異なりますが、「重要産業を私企業から切り離して国家が握る」という点で、共通する部分もあります。
さらに、ファシズム体制下のイタリアやドイツでも、形式的には私有財産制を維持しつつ、国が重要産業の決定に深く介入し、半ば国有化に近い統制を行いました。たとえばナチス・ドイツでは、軍需産業を中心に国家が注文・資金・価格をコントロールし、企業は名目上は民間でありながら、実質的には国家の計画の一部として動かされました。このように、20世紀前半には、政治体制の違いをこえて、「重要産業への国家介入」が強まる流れがあり、そのなかに国有化政策も位置づけられます。
第二次世界大戦後の国有化:福祉国家と混合経済
重要産業の国有化が最も広範囲に実施されたのは、第二次世界大戦後の西欧諸国においてでした。戦争で破壊されたインフラや工業を復興させ、雇用を確保し、社会保障制度を整えるために、多くの政府が「福祉国家」「混合経済」という方向性を採用しました。ここで重要産業の国有化は、「私企業と公共部門を組み合わせて、安定的で公平な経済を作る」ための柱の一つとみなされました。
典型的な例が、イギリスの労働党政権(アトリー内閣)による戦後改革です。1945年に戦勝国としても深刻な経済難に直面していたイギリスでは、石炭産業・鉄道・電力・ガス・鉄鋼・民間航空などが次々と国有化されました。労働党は、これらを「国民全体の共有財産」と位置づけ、国有企業の利益を福祉・医療・教育などに還元することを目指しました。同時期に創設された国民保健サービス(NHS)や社会保障制度とあわせて、イギリスは「福祉国家」としての道を歩み始めます。
フランスでも、戦後のド・ゴール臨時政府や第四共和政のもとで、電力・ガス・石炭・鉄道・自動車の一部(ルノー)・大銀行が国有化されました。これは、占領期にナチスに協力した大企業を処罰する政治的意味合いと、戦後復興と計画経済的な産業政策を進める経済的意味合いの両方を持っていました。イタリア・オランダ・北欧諸国などでも、程度の差はあれ、インフラやエネルギー部門を中心とする国有化が進みました。
こうした戦後西欧のモデルは、「混合経済」と呼ばれます。すべてを国有化する社会主義とは異なり、消費財産業や中小企業は民間に委ねつつ、基幹部門を国が握ることで、景気変動の緩和・地域格差の是正・国民生活の最低限の保障を目指しました。ケインズ経済学の影響も受けながら、「市場の力」と「国家の調整」を組み合わせる路線が模索されたのです。
しかし、国有企業には課題も多くありました。政治的な配慮から赤字路線の維持や雇用の過剰保護が行われたり、官僚的な経営による非効率が批判されたりしました。1970年代のオイルショックやスタグフレーションを経て、1980年代にはサッチャー政権の新自由主義的政策に象徴されるように、「国有企業の民営化」が大きな流れとなります。このとき、戦後に国有化された重要産業の多くが再び民営化され、「国有化→民営化」のサイクル自体が世界史の一つのテーマとなりました。
社会主義国と新興独立国における重要産業の国有化
重要産業の国有化は、社会主義国や植民地から独立した国々においても重要な意味を持ちました。ソ連や東欧の社会主義国では、ほぼすべての産業が国有化されましたが、その中でも、重工業・エネルギー・軍需産業など「重要産業」は、計画経済の中枢として特別に重視されました。国家計画委員会が生産目標と資源配分を決め、企業はその指令に従って生産を行う仕組みが作られました。
このモデルは、第二次世界大戦後、多くの新興独立国にとっても一つの参照点となりました。植民地支配から解放された国々では、鉱山・石油・プランテーション・鉄道・港湾などの基幹産業が、長らく宗主国企業や外国資本に支配されていました。そこで、「政治的独立だけでなく、経済的独立を達成するためには、重要産業を国有化し、自国の手で開発を進めるべきだ」という主張が強くなります。
代表的な事例として、メキシコにおける石油産業の国有化(1938年)、イランのモサッデグ政権による石油国有化(1951年)、エジプトのナセルによるスエズ運河国有化(1956年)などが挙げられます。これらは単純な経済政策ではなく、「民族主義」「反帝国主義」の象徴的行為として国内外に大きな波紋を投げかけました。とくにスエズ運河国有化は、英仏との武力衝突(スエズ戦争)を招き、冷戦構造とも絡み合いながら第三世界の自立の象徴とみなされるようになります。
アジアやアフリカの多くの国々でも、独立後に重要産業の国有化が進められました。鉱山・鉄道・通信・銀行などの国有化は、「開発独裁」と呼ばれる体制の下で、国家主導の工業化を進める基盤とされました。国有企業は、単なる経済主体であるだけでなく、大量の雇用を提供し、地域開発を担う「国づくりの道具」として期待されたのです。
しかし、こうした国有化は、必ずしも成功ばかりではありませんでした。技術や資本・経営ノウハウの不足、腐敗や縁故主義、国際市場の変動などにより、多くの国有企業は非効率と赤字に悩まされるようになります。1980年代以降、国際通貨基金(IMF)や世界銀行による構造調整プログラムの一環として、「民営化」が条件とされることも増え、「重要産業を国有化したが、外圧の下で再び民営化する」という逆回転も起こりました。
重要産業の国有化をどう見るか:利点・問題点と歴史的意味
重要産業の国有化は、その是非をめぐって今なお議論の分かれるテーマです。利点としては、まず「公共性の確保」が挙げられます。電力・水道・交通などのインフラ分野では、利益よりも安定供給や安全性、環境配慮が優先されるべきだという考えがあります。国有化は、これらの分野を市場の短期的利益や株主の要求から切り離し、長期的・社会的な観点から運営できる可能性を開きます。
次に、「経済の安定化」と「危機対応」の面があります。重要産業が国有であれば、政府は不況期でも投資や雇用を維持しやすく、景気の自動安定装置として働くことがあります。また、戦争や自然災害、国際価格の急変などの際に、政府が直接指示を出して供給を確保できるため、危機管理上の利点も指摘されています。
一方で、問題点としては「効率性の低下」がよく挙げられます。国有企業は競争にさらされにくく、赤字であっても政府が補填するため、コスト削減や技術革新へのインセンティブが弱まる危険があります。また、政治家が選挙対策や利権配分のために国有企業を利用すると、過剰雇用や不採算投資が行われ、財政負担が増大することもあります。
さらに、「どこまでを重要産業とみなすか」という判断自体も政治的です。時代によって、石炭・鉄鋼が重要視された時代から、情報通信・半導体・デジタルインフラが重視される時代へと移り変わり、国有化の対象となるべき分野の議論も変化してきました。実際には、「完全な国有化」か「完全な民営化」かという二者択一ではなく、株式の一部を政府が保有する、規制と監督を強化する、公私混合の企業を設立するなど、多様な中間形態が存在します。
歴史的に見ると、重要産業の国有化は、「国家・市場・社会」がどのようなバランスで経済を運営しようとしてきたかを映し出す鏡でもあります。帝国主義の時代、戦争と恐慌の時代、福祉国家の時代、独立と開発の時代、新自由主義の時代──それぞれの局面で、国有化はあるときは「進歩的改革」として、あるときは「時代遅れの非効率」として評価されてきました。
世界史の学習で「重要産業の国有化」という用語に出会ったときには、単に「国が会社を取り上げた」という表面的なイメージではなく、「なぜその時代の人びとは、どの産業を重要と考え、国家に託そうとしたのか」「その選択は、国民生活や国際関係にどのような影響を与えたのか」を意識してみると理解が深まります。そのうえで、現代の私たちが直面しているエネルギー問題やインフラ整備、デジタル経済の課題にも、過去の国有化と民営化の経験から何を学びうるのかを考えてみると、歴史と現在がつながって見えてきます。

