学寮(がくりょう、college/コレッジ)とは、大学に付属して学生や教員が共同生活を営みつつ学修・指導が行われる居住・教育の単位を指します。中世ヨーロッパの大学に起源をもち、寄付(基金)を財源に設立された自律的な法人が、寮と食堂、講義室、礼拝堂、図書室などを備えて学生と教員(フェロー)が生活と学問をともにする仕組みです。大学という大枠の中で、学寮は学生の選抜・生活指導・少人数教育の場を担い、学術的な自治と共同体意識を育てました。現代では、オックスフォードやケンブリッジのように学寮が大学組織の骨格を成す例から、アメリカの「レジデンシャル・カレッジ」制度、日本・東アジアの学生寮型の学寮まで、形は多様ですが、〈住むことと学ぶことを結びつける〉理念が共通しています。
コレッジは「大学(ユニバーシティ)」とは同義ではありません。大学が学位授与と全体運営の権限を持つのに対し、学寮は学生の所属単位・生活共同体・初年次教育の中核として機能し、チュートリアルやスーパービジョンと呼ばれる少人数指導を担当します。歴史的には、都市の雑踏や生活不安から学生を守り、学問に専心させる「囲い」が必要とされたこと、また寄付者が宗教的・教育的理念を具体化する器として学寮を選んだことが背景にあります。本稿では、学寮の起源と発達、組織と日常、教育機能と自治、世界各地の展開と今日的意義を、できるだけ分かりやすく紹介します。
起源と発達:中世大学の共同生活から近世の基金経営へ
学寮の起点は、12〜13世紀の西欧大学にさかのぼります。パリやオックスフォード、ボローニャといった都市の大学では、地方から集まる若者の住まいと生活管理が大きな課題でした。そこで、敬虔な聖職者や富裕な寄進者が、貧しい学生のための寄宿舎を設け、食事や祈り、勉学の規律を整える試みが始まります。これがやがて恒常的な基金(エンダウメント)で運営される常設組織となり、教育と生活を一体化した学寮へと発展しました。
イングランドでは13世紀後半に制度化が進み、ケンブリッジのピーターハウス(1284設立)やオックスフォードのユニバーシティ・カレッジ、ベリオール、マートン(特にマートン・カレッジは学寮規則と財産管理の模範を整えたことで知られます)などが初期の中核を担いました。これらの学寮は、寄付で土地や地代、農地収入を獲得し、その収益で奨学金や教員俸給を賄いました。礼拝堂では共同祈祷が行われ、図書室や講義室が併設され、日課と規律が学生生活を構造化しました。修道院に似た規律性と都市の学問活動の自由さを併せ持つ空間だったのです。
近世に入っても学寮は拡張を続け、宗教改革や王権との関係再編の中で、教義や政治に応じた人材の養成機能を担いました。16〜17世紀には人文学・数学・自然哲学の発展とともにカリキュラムが刷新され、学寮は講義だけでなく、討論・読書会・実験・観測の拠点となります。18〜19世紀には、産業社会化と帝国の拡大の中でエリート教育の場としての性格を濃くしつつも、近代科学の研究基盤が整備され、フェローの選抜・終身在職・学問の自由が理念として明確化されました。
中世起源の学寮は、建築としても象徴性を帯びています。四角い中庭(クアドラングル)を囲む寮棟、礼拝堂、ホール(食堂)、門楼、図書室がひとまとまりの単位をなし、石造のアーチや尖塔、ステンドグラスは共同体の歴史と記憶を可視化しました。こうした空間設計は、集団生活の統制と儀礼の演出、来訪者への威信の表明に寄与します。
組織と日常:フェロー、チューター、ホール—小宇宙としての学寮
学寮は、多くの場合、大学とは別個の法人格を持ち、理事会(ガバニング・ボディ)が運営を司ります。理事会の構成員であるフェロー(専任教員・研究者)は、教育と研究の両輪を担い、寮の規則や人事、財産管理に関与します。学寮長(マスター、ワーデン、プロヴォーストなど名称は様々)は、対外代表と内部調整の要で、儀礼・財務・学生支援を統括します。寄付者の意図は「建学の精神」として規則に刻まれ、奨学金の条件や受け入れ人数、宗教・地域・学科バランスなどに影響を与えます。
学生の日常は、寮室・自習室・図書室・食堂(ホール)を核に回ります。夕刻のホールでは教員と学生が同席して食卓を囲む「フォーマル・ホール」が催され、ドレスコードやラテン語の祈りなど、伝統を受け継ぐ儀礼が今日まで残る学寮もあります。こうした儀礼は形式的に見えますが、学年や専門を越えた交流、同窓意識の形成、寄付者との連携(年次行事でのネットワーキング)に実利をもたらします。礼拝堂は、宗教的意味を超えて音楽・合唱・追悼の場として共同体の心をまとめる役割を果たします。
教育面で特徴的なのが、少人数の個別指導です。オックスフォードのチュートリアル、ケンブリッジのスーパービジョンは、1〜3名の学生と教員が週次で議論・作文の添削・問題演習を行い、講義で得た知識を自らの言葉に落とし込む訓練を行います。学寮はこの指導のアロケーション(誰が誰をどの回数で指導するか)と学業成績のフォローを担い、生活面の相談(ウェルビーイング)や経済支援(奨学金・ハードシップ・ファンド)と結びつけています。
自治と規律のバランスも、学寮の重要な顔です。住居規則、試験規則、図書の貸出、深夜の来客・飲酒の扱い、宗教行事やスポーツ・サークル活動の支援など、日常の細部が安全と自由の境界を形づくります。学生は代表(JCR/MCRなどのカレッジ評議会)を通じて意見を表明し、教職と協議して改善を重ねます。細やかな自治は、学寮を単なる宿泊施設ではなく、人格形成の舞台に変えるポイントです。
教育機能と社会的役割:選抜・支援・ネットワーク—「住学一体」の効用と課題
学寮は、教育成果の向上に寄与する複合効果を持ちます。第一に、生活と学習の距離が近く、時間資源の損失が少ないこと。寮室から図書室・チュートリアル室が徒歩数分という地の利は、集中と継続を支えます。第二に、同僚性(ピア効果)です。異なる学科・学年の学生が混住することで、多様な学習スタイルや進学情報が自然に共有され、相互刺激が起こります。第三に、きめ細かな支援と早期介入です。学寮は成績・出席・生活リズムの変化を敏感に察知し、チューター・ナース・カウンセラー・財務担当が連携して支えます。第四に、同窓ネットワーク(オールド・メンバー)の存在です。寄付とMentoringの文化は、インターンシップや就職、研究資金の獲得に実力以上のチャンスをもたらすことがあります。
一方で、課題も無視できません。歴史の長い学寮ほど、入学選抜の競争が激化し、社会経済的に恵まれた層に有利に働く傾向が生じます。授業料と居住費の総額、礼儀作法や伝統への適応、文化資本の差は、見えない参入障壁になりえます。20世紀後半以降、女子学生の受け入れや人種・宗教の多様性確保、障害を持つ学生へのアクセシビリティ向上が進みましたが、格差を埋めるための奨学金拡充と入試改革、学生支援の拡張は今も続く課題です。また、学寮間の「格」と就職市場でのブランド化が、大学全体の一体性と緊張関係を生むこともあります。
学寮の文化は、ときに閉鎖性や保守性を生みます。伝統的な儀礼や同窓会文化は連帯を育む半面、外部の批判に鈍感になるリスクがあり、性差別・ハラスメント・飲酒文化の見直しが繰り返し問われています。これに対し、多くの学寮は規則の更新、研修、相談窓口の整備、第三者調査の導入などで応答し、透明性の確保に努めています。共同体の温かさと公正・安全の両立は、学寮が常に取り組むべき核心課題です。
世界への展開と多様なモデル:英語圏からアジア、そして現代の再編
学寮型の大学は、英語圏で特に強く発達しました。オックスフォードとケンブリッジ(総称してオクスブリッジ)は、学寮が学部教育の単位であり、大学は試験・学位・研究施設の統合体という二層構造を持ちます。ダラムやヨーク、ランカスターなど英国の「カレッジ制大学」も、規模は違えど同様の理念を受け継ぎました。スコットランドやアイルランドにも学寮文化の変種があり、居住型学習共同体としての性格が保たれています。
アメリカでは、19世紀末から20世紀にかけて、ハーバードやエールが「ハウス制/カレッジ制」を導入し、大規模大学の無機質さを和らげるために学寮を再発明しました。教授が住み込み、食堂・談話室・シニア・コモンルームを中心に文化活動が展開され、一般教養教育の質を高める仕掛けとして機能しました。大規模州立大学でも、オナー・カレッジやテーマ別学習共同体(学寮)を設け、初年次教育の充実とコミュニティ形成を図っています。
アジアでは、日本の「学寮」は古代から制度史上の用語としても現れ(国学の寄宿舎など)、近代以降は欧米型の学生寮・カレッジに相当する制度が各大学で整備されました。近年は、国際寮や書院カレッジ(書院制)と呼ばれる教育寮が中国・香港・台湾・日本・韓国で広がり、少人数ゼミ、共通教養、地域貢献活動を柱に「住学一体」を掲げる動きが活発です。イスラーム世界や南アジアにも、宗教学校の寄宿制と近代大学の寮制度が重層的に存在し、文化・宗教規範と現代教育を調停するコレッジが多数生まれています。
現代の再編では、オンライン授業の拡大や多様なライフコースに対応し、学寮は「短期滞在・通学者支援・地域連携拠点」へと機能を拡げています。キャンパス外の地域社会と結び、サービスラーニングや市民科学、地元企業との協働を日常化する学寮も増えました。環境配慮(グリーン寮)、メンタルヘルス重視、育児や介護と学業の両立支援など、新しい学生像に合わせた運営が求められています。
総じて、学寮(コレッジ)は、〈住む・学ぶ・つながる〉を一つの器に束ねる制度です。中世に生まれたその枠組みは、近代以降、基金と自治に支えられて高度教育の核であり続け、同時に社会の変化に合わせて姿を変えてきました。華やかな古建築や伝統儀礼だけでなく、チュートリアルの密度、支援のきめ細かさ、開かれた自治の質にこそ、学寮の価値があります。今日の大学が直面する孤立と格差、肥大化と無機質化という課題に対して、学寮は人の顔の見える学びの場として、依然として有力な解の一つであり続けるのです。

